2008年03月26日

東征 了




..
目が覚めればそこはオレンジの世界だった。

傍らにあった気配がごそごそと動き出す。
はっきりしない視界のまま、ただただ目を焼くオレンジに明瞭を求める。
指先を動かすことも叶わなかったけれど。
口を開き声帯を震わせることも難しかったけれど。
生きている、死んではいないと言った方が正しいかもしれないが。
ぐるぐると身体の中を駆け巡る熱が気だるくて再度、目を瞑る。
「吐きそ・・・」
血は止まっている、らしい。
傷も塞がっている、らしい。
否応無しに意識は薄れてゆくが、そうはさせるかとばかりに頬に冷たいものが押し付けられた。
黄と黒の交互のラインが目の端に入る。
近すぎて焦点はまだ合わないが、先に連れ帰ったばかりの獣だと気付いた。
「東、征」
「おう」
左腕から生えた蔦が獣の首に絡みつき、殆どそれの支えに任せ上半身を起こす。
そのまま獣にもたれかかった。
ようやく合い始めた焦点が辺りの状況を伝える。
生え始めた柔らかな雑草は乾き始めの血のせいで変色していた。
身体を動かすたびにぱりぱりと小さな音がする。
想像よりは少ない、が、決して見過ごしてはならない量の血液が流れ出たらしい。
気を失ってから白妙が応急処置として傷を塞いでくれたのだろう。
疲弊と両脚に残る痛みから思うと完治させたとは言いがたいが十二分に有難いことだ。
きっと完治させるには体力が消耗しすぎている事も見抜かれている。
「右に指示を出させますから、それに従って」
青年の影から何匹かの羽虫が現れる。
一匹は城の最上階へ家主を呼びに、もう数匹は既に気を失っていた青年の周囲で瞬いていた。
不意に、背後にざわめくものを感じて振り返ると。
そこにある筈の血痕は、城を取り巻く蔦に覆われて見えなくなっている。
「喰われるだけの坊ちゃん、か」
背に感じる重みに何の感慨も得ない。
何時かその感情にも変化が現れるのだろうか。
ないしはただの食物を大事に大事に守り続けるだけなのだろうか。
虚ろに思考を彷徨わせながら、飽きたように首を振った。
蔦の動きに呼応するように青年を背に乗せて獣は歩き出す。
暮れなずむ城、点りだした灯りに向かって。
オレンジと黒のシルエットへ向かって。

この青年が何を期待しているのか知らないが。
これは取引なのだと言った。
両脚を失うリスクを抱えて、ただの獣だったものを霊獣扱いして。
そこまでして得たものが青年にとって吉と出るか凶と出るか。
分の悪い賭けだろうに、それを取引といった。
「何を期待しておるのやら」
自分の身の他に代償となる価値を知らぬのかもしれない。
もしくは自分の身の他を代償と出来ぬのかもしれない。
それは・・・一体、どういった感情なのだろう。

かくも脆く儚き生き物に獣は初めて興味を抱き始めていた。



(了)
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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