2008年03月23日

東征 参

グロテスクな表現有、閲覧注意


..
顎を取る。
頭蓋を抱きしめる。
柔らかい毛に顔を埋め、数度の抱擁。
「口を開いて」
片手で剥き出しになった牙の位置を確かめ。
荒い呼吸を腹に感じながら、指先で促す。
地に膝ついた両脚の上へ。

頭の中で早鐘が鳴る。
これが四度目の契約、これが四度目の経験。
無防備に自身を曝け出して、殺されぬ保障などありはしない。
押し潰され腹を食い破る事など一瞬だ。
信頼に値する相手か。
利と益を計算してくれる相手か。
命を奪われるかもしれないリスクを負ってまで『契約』をする価値のある相手か。
・・・あると思った。
この血肉に込められたものを欲する眼に。
それでいて即座に飛び掛らぬ慎重さに。
においと同等にほとばしる本能に。
何よりも。
花を手折る事を恐れるその心に、価値を見出した。
むしろこの機を逃せば、次に何時リスクを払ってまで傍に置きたいと思えるような相手に出会えるかわからなかったのも、ある。

タオルは既に口に含んであった。
恐れを越えて痛みの先へ。
契約とは魂を混ぜる行為。
此方を主とし其方を従とす。
そんなのは所詮、建前でしかない。
混ぜてしまえば其処に主も従もあろうものか。
それでも、それがどうしようもなく必要だった。
最も容易に人を超えた力を手にする方法だったから。
生き延びるために必要だったから。

そうしていった結果、背負った業の連鎖を断ち切るために、今また此処で業を結ぼうとしている。





牙が肉に沈んでいく。
膚を破って、筋を裂いて、肉に沈んでいく。
痛みも恐れも全て混ぜた熱が脳を突き抜けた。
声は喉の奥で塞がれて形を成さない。
成せない。
浅いようで深く深いようで浅く牙が内を抉っていく感触が続く。
感触、そんな生優しい名だろうか。
硬い毛並みを強く掴みながら。
溢れ出る血液を舐める舌に意識を掬われながら。
すがるように漏れた咆哮が虚空に溶けることは無かった。

瞼を開ければ、其処は青竹の世界だった。
鈍く照り返す竹の一本に触れると、瑞々しさを湛えた冷たい触り心地がする。
胸一杯に深呼吸。
青くささを伴った爽快な空気に、微かに甘さが隠れている。
彼は此処で産まれたのだろう。
春も暫し後、次第に気温も上がり暑くなってゆく皐月の直前に。

終わりの見えぬ葉の屋根が次第に色を薄くして。
青々とした色は金色に、ふっくりとした若さはかるくかたい乾きに。
淡い黄色の柔らかい仔虎も同様の変化を得ていく。
ころころとした愛らしさは消え、のびやかなしなやかな肢体に。
まだまだ若さの抜けぬ表情の虎だった。
透明な瞳孔の奥には迷いなど何一つ無かった。

万華鏡のようにくるくると、季節は何度も廻り変わる。
地中から姿を現した竹の子は天を目指しやがれ枯れてゆく。
何度だって何度だって。
虎はその変わらぬ世界を愛しながら、同時に退屈していた。
魔の肉を口にする、その瞬間までは。

posted by 夏山千歳 at 03:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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