2008年03月20日

東征 壱

夢を見た。
梔子の花薫る御婦人が手紙を届けてくれる、夢。
一瞬、東の文字が目に入り。
胸の内が期待と恐れに膨らみ膨らんで手紙を直視する事も叶わず。
そうしている内に、カーテン越しの日差しに揺り起こされる。

そういった、夢。



..


遠く以前に見かけた獣。
中つ国の文献でしかその姿を知らなかった、金色の毛並みを持った巨大な猫。
それを含めた何匹もの獣が檻の中で唸り声を上げていた。
「どの仔もまた我が強く、手懐けるには相当の覚悟が必要かと」
色付いた形の良い唇を動かしながら婦人は歩む。
「聖獣、魔獣、夢魔にグリプス」
どんな伝手を辿ったら、こんなにも多種多様な獣達を集められるのだろうか。
むせ返るような獣のにおいと、彼らの存在感に圧倒されながら思い出す。
菓子から小物から遺跡に埋まっていた代物まで。
そういえばこの方は以前から、不思議な品をさらりと店頭に並べていた。
なんでもない事のように。
これもまたその一環なのかもしれない。
彼女にとっては。
「そしてこの仔が、最後の一頭ですわ」
闇色の檻の中、何度も爪を立てた跡が残る鉄の棒の隙間から覗く瞳。
「屈せず、疑わず、不羈たる孤高の魂であれ」
それがこの獣の求める事なのだろうか。
だとしたら・・・自身ほど相応しくない者はいない。
「美しい仔ですね」
「えぇ、気性が荒いのが難点ですけれども」
暗闇の中、じっと見つめる眼は黒金のように光っている。
その視線から逃げる事も出来ず、さりとて近づくことさえ儘ならず。
婦人が声をかけるまで青年はその場に立ち尽くしていた。

ただの獣だ。
永劫の命を持たず、傷があれば病があれば時があれば。
いずれ長き眠りにつくただの獣だ。
しかし、ただの獣であればこそ、あの意思は何なのだろうか。
思い返す眼光は湿り気を帯びていた。





あれから幾日。
穏やかに流れていく変わらぬ日常の中で。
暗闇を見れば思い出す。
物欲しげな、あるいは品定めするような、あの視線。

ずっと考えていたのだ、身体の脆さを。
身を守る術はある。
これから先を生き延びられるだけの術は持っている。
しかしそれは安穏と暮らしていく場合に限り。
高い確率で、そうじゃない場所に行かねばならなくなるだろうと思っていた。
否、知っていた。
白妙の一件から、いずれ必要になると知っていた。

なるべく気性の激しい仔を。
使役されたくらいで我を失うような存在であっては困る。
なるべく好戦的な仔を。
いかなる存在だろうと臆さず立ち向かう本能を膚の下に。
そしてなるべく夏山の血肉に反応する仔を。
好まぬ餌を与えたとて、望まぬ餌を与えたとて、誰が喜ぶというのだ。

だからこそ、だからこそだ。
檻の奥からじっと見つめる眼に感じた意思を忘れられなかった。
血肉に反応するのであれば『出来る』かもしれない。
夏山千歳の望むものを叶える事が。

なぁ、お前には・・・何をやろうか。


posted by 夏山千歳 at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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