2008年02月06日

白妙の姫 了





..
「困ったわねぇ」
手を握りなおし、白狐はため息をついた。
「狐の術と違うのはね、元の形がなくなる事なの。
あなたの元の形が失われている。
だから狐みたいに元の姿には戻れない」
思案するように言葉を途切れさせながら続ける。
「とりあえずお腹はね、マナで壁を作れば大丈夫。
それで多少は楽になりましょうけれど」
ねじれた腹を指差して、こぼれるマナを掬い取る。
「錬金術の効果はずうっと続く・・・だから薬じゃ戻らない」
霊獣は一言一句に頷き続ける。
ひたむきに、痛いくらいにひたむきに。
「ん・・・」
あんまり真っ直ぐ見つめるものだから。
白狐は目を逸らしてヒトツの賭けを提案した。
「禁呪と安全の、ギリギリラインな事だけれどね・・・」
気乗りしない様子だが、白狐が口を開く。
「あなたの元の姿を憶えている人が、あなたを創造すれば、治るかもしれない」
最構築。
それは同時に白妙という個を失うに等しい事柄だった。
一定の時期までリセットし、やり直す。
何処まで自我が、記憶が飛ぶかわからない、そういった方法だった。
それでも平坦な顔を崩さない霊獣からは真意を測ることは出来ない。
恐れも喜びも憂いも。
ただ、ただ光指す希望を逃すまいと、確かに呟く。
『黒曜姫』
「黒曜、姫?」

『私の半身』
手を握り直してイメージを直接、脳内に流す。
そこには健常な姿の霊獣があった。
しなやかな身体の線を持った、美しい二匹の獣。
無数の細かい泡が天上へ駆け足で向かう最中。
背から流れ出る金色の体液が羽となって飛び回る、白と黒の二対の獣。
出生など、あまりに遥か遠く。
自分達がどういった生き物なのか。
ましてや生き物でさえあるのか。
全て忘れるほど長い時を超え、ずっと寄り添ってきた。
愛しの半身、気まぐれでひとつの血に仕えてからも離れる事なく供にあった。
その彼女が。
『ずっと、意識が、途絶えていて』
目を伏せる。
もとより現世に縛られる事の無い存在が、どうして見つけられぬというのだ。
対の霊獣に何かあったか、対の霊獣が何かしたか。
探知能力に長けている使役獣の一匹に頼むにも、彼はまだまだ若い。
自分の能力を主人に馴染ませる事で精一杯だった。
「・・・陽ちゃん、ね」
こうして外部から接触してくれた。
ありがたい事だ。
自分だけでは何も出来ない身体になってしまった。
『ごめん、なさい』
青白い指先が掌から零れて。
少女は波に攫われるように、元の獣の姿へと変化する。
波は大海へ還る常。
音を立てること無く、霊獣はその身を塵に変えて空中へと霧散していった。
白狐はその光景をじっと見守っていたが、やがて彼女も獣の姿へと身を変え。
溶けるようにその場から消えていった。

後日、霊獣から治癒の手立てを伝え聞いた青年が深い眠りに身を任せるようになったのは、その一ヵ月後の話。
雪がうずたかく積もり世界は音を遮断する。
城壁の崩れる音も、呪竜の咆哮も、誰かが涙を落とす音も。
なにもかも。
なにもかも。

それはある夜の出来事。
獣と獣の、邂逅の話。

ひっそりと残された禁忌の話・・・。




(了)
posted by 夏山千歳 at 23:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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