2008年01月19日

白妙の姫 弐






白妙姫は愛情の獣だ。
何代も前から夏山の家に仕えてくれた。
彼女が触れたものはどんな傷だろうと、たちまちに癒えた。
例え四肢を切断しようとも、臓器を破壊されようとも。
傷跡ひとつ残さず元通りになった。
冗談みたいな力だ。
その術を奇跡と呼ばずして何と呼ぶべきだろうか。
夏山家の最秘奥のひとつ。

どんな条件下であろうと主の身を守りぬく老鯨。
銀夜王。
未来視と砂嵐を司る沈黙の巨鳥。
黄塵兵。
激しい気性と呪われた生誕に相応しい、業火を操る人面の狐。
真紅僧。
そして治癒の術と腐敗の術を持った対の霊獣。
白妙姫と黒曜姫。
薄暗く湿った山の中に眠る霊獣達。
夏山家の最秘奥達。

ただし、彼らの力の代償は決して小さくない。
術の対象者だけならまだしも、主を、そして彼ら自身が大きく消耗する事も少なくなかった。
戦場で形振り構わなくなった夏山の人間に近づいてはいけない。
彼らがその身に宿す精霊達の力を全て解き放てば。
更にそれが最秘奥であるならば。
辺り一面、死の海となるだろう。
人間だけではない、動物が、蟲が、草木が、大地が枯渇されるだろう。
思えばそれこそが狐の案じていた「禁忌」だったのだ。

白妙姫は愛情の獣だ。
柔らく豊かな純白の毛並み。
透き通った瞳も、体液も金色で。
真珠のような輝きを持った一角。
荘厳にして清廉、霊獣の名に相応しい獣。
そして彼女は優しい。
あんまりな程に、自分以外の者を優先する。
彼女は計算をしない、何故なら彼女は獣だから。
目の前で傷つき苦しんでいる生き物が居れば、例え敵であっても見過ごす事は出来なかった。
愛情の獣、その身を構成するのもの殆どはマナであり、まなだった。

「ですから千歳には、マナもまなも同等の意を持つのですよ」
自分の中では道理なのだが、目の前の狐には理解しがたい事らしい。
ふむ、と納得したんだかしてないんだか。
相変わらずの返事をされて、青年の心が少し膨れる。
それも日常、小さくため息をついて立ち上がった。
紙の束を抱えなおす。
「冷えますからね、あんまり長居してはいけませんよ」
小さくお節介を呟いてから、その場を後にした。
青年にしては珍しく早足で。
膨張した心を抑えながら、何処か遠くを眺めながら。
posted by 夏山千歳 at 17:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック