2008年01月15日

白妙の姫

それはある夜の出来事。
獣と獣の、邂逅の話。

片や九臥の始祖たる麗艶なる四尾の妖狐。
片や奇跡の治癒術を持つ夏山家の最秘奥。
愛する子供達にその身を任せた、霊獣の話。



.「風月堂様ーっ」
幾束もの古い紙を抱えて、今日も青年は狐に駆け寄る。
縁側で書き物をしていたらしい屋敷の主人は、快活な呼び声に顔を上げた。
のろのろと、呆れたような顔付きで。
「・・・千歳か、駄目だと言っただろう」
「まだ何も申し上げておりませんのにっ!?」
「諦めろ」
ぶっきらぼうな仕草で追い払うも、些細な事を気にする割に、妙な所で遠慮の無い青年は構わず隣に座り込んだ。
本当に妙な所で遠慮が無い。
そのくせ、書き物の内容は決して覗こうとしない。
痛む頭を抑える狐。

戯れのつもりだったのだ、とは今更、言い訳にしかならない。
目の前の青年がどうしてこの大陸に来たのか、その経緯が頭に残っていて。
錬金の術をぽつりと漏らした事が、そもそもの失敗だった。
「禁呪だ」
思い出したように理の根源・・・マナの名を呟く青年を見るたびに、不安になる。
お前はその身に今以上の業を背負うのだろうか、と。
自分の従者のように、何に代えても青年の身内を救おうとするのだろうか、と。

いっそ金が欲しいのであれば、まだ良かった。
青年の望みは富や名誉では無い。
あまりに大掛かりな肉体の改変・・・解呪の術を。
死者を蘇生させる事に近いほどの、大掛かりな解呪の術を求めていた。

「まな」
「お前は、またそうやって直ぐにはぐらかそうと・・・」
「まなはね」
じっとこちらを見つめられる。
青年の方が格段に背は高いというのに、どうしてこうも見上げられる印象が拭えないのだろうか。
「愛娘とか、呼びましょう」
「は?」
きょとんとした顔を見つめていたら、段々と要領を得てきた。
ああ、そうか、彼の呟くマナの意にずっと違和感があったが。
「根本の意味からして間違えているだろう」
手元の紙に愛の字と魔の字。
ぽつりと落ちた墨が滲む。
「私が言ってるのは魔の意の方だ。
世界の根源で流れる力、生命の源、様々な名で呼ばれているが・・・そのものは変わるまい」
くるりと魔の字を円で囲む。
「で、だ。
世界の根源に触れるという事は、世界の法則そのものに触れるという事だ」
墨のように、瓶から流せば地に落ちる。
紙に落ちれば黒は広がる。
これを世界の法則と呼ぶのなら。
「上から下に落ちるものを捻じ曲げるか?
広がり行くものを収縮させるか?
それにかかる力は・・労力は規模に比例して大きくなるだろう」
ありえない事柄の実現。
種明かしをしてしまえば、それは本質を曲げるという事にしか過ぎない。
「錬金術も言霊も同じだ。
本質の変化とは、世界の法則を無理矢理捻じ曲げた末の実現であって、本来、人が手出しすべきでは」
「愛情も?」
顔を近づけ、じっと見つめてくる青年。
深い色の瞳は迷い無く、無邪気で、濁っている。
本当に・・・どうしてこうも見上げられる印象が拭えないのだろう。
暫く言葉に詰まった後、胸を押して身体を離した。
「お前は、また、そうやってはぐらかそうとする」

あの瞳が時折、恐ろしいなどと。
どうして言葉に出来ようか。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック