2014年10月29日

きをうえる

..
きをうえる。

木を植える。

たくさんの きをうえる。

とても沢山の実がなった、ももはいちねんでみがとれた。なしはいまや一大農園の様だった。
花が咲いたら甘いにおいがした。甘い匂いがするだけ実る誘惑は甘くなった気がした。
なつにはしゃりしゃりとした実を甘く茹でてジャムにする。それを日差しを遮る青々とした枝葉の下でパンに塗る。
誰かが訪れたときには紅茶をふるまって、寒くなってきたらそこにブランデーをひとたらしすることもある。
春の小川のせせらぎに足を浸して休息を得る。冬のやまない雪の襲来はひとつひとつ手で払ってやる。
いちねんじゅうが秋だった。いちねんじゅうが ほうじょうだった。
わたくしはそれを じっとみつめる。

ここは幸福の屍が横たわって大地を埋めている。隙間無く敷き詰められた柔らかいそれが、ここを幸福であるのだと主張する。

わたくしは幸福の体現。

ねむらず しょくさず のまず やすまず きをうえる。
だけど日が昇ったら いえにかえっておはようをいった。だけど日が沈んだら家に帰っておやすみと言った。

わたくしはしあわせにならなければならない。

わたくしはしあわせにならなければならない。

わたくしが見た夢の先で わたくしの心は汚染されていた。
わたくしが見た夢では わたくしは とてもすずしい木のいえにすんでいた。
こうちゃを淹れるのがとても上手なせいねんがおこったり わらったりすると あたたかい気持ちになった。そのせいねんが だれかとはなしていると ああ もうだいじょうぶだとおもった。
じしんまんまんなしょうじょが むりなんだいをおしつけて じゆうきままにわらっていると ああ とてもゆかいなきもちだと おもった。あまりよくしらなかった ひとだけど ときどき 子猫のように 泣き出しそうな 我儘を言うときは そっとせなかをなでてやった。
あかげのせいねんは すきなひとができて すきなひととたびだった。
いちばんちっちゃなしょうじょは しらないせかいへ ひとりでたびだった。みんな これも きっと かぞくだった。
ともだちもいた。おさけよりもお茶をのむのがすきなおともだち。ぶっきらぼうなのにやさしいともだち。しんぱいしょうでまっすぐなともだち。しりあった人もいた。豊穣を てにした あたえた 荒野に蕎麦の畑が 一面になびいていた。
それだけしあわせなのに わたくしのこころは おせんされていた。

きっとその夢は 私を殺しにやってくる。わたくしがなつやまちとせのこうふくであるかぎり きっとその夢は私を許しはしない。許しはしない。だから わたくしは まけては ならない。

だから わたくしは きをうえる。
posted by 夏山千歳 at 21:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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