2013年09月03日

光の中(overture)

■共通諸注意
この物語は千歳本筋RPです
本筋RPは全体の流れとして非人道的(具体的には近親間の婚姻、カニバリズム等)な描写、設定が含まれる場合があります(アップする際に冒頭注意として上げていきます)
背後様が在学中の方はご遠慮願います
性描写はありません
道徳の分別、現実と創作の区別のつく方、上記の非人道的描写をエンターテイメントと割り切れる方のみ、御覧になってください

尚、作品中のゲストキャラクター様には、既に確認と了解を得てアップしている事を明記しておきます


千歳本筋RP 第四部:オープニング
2013年9月3日筆



夢を見ていた。


..


夏の終わりの嵐が起こる。
目標の船まで、そう距離があるわけではないと羽虫の精霊が伝えている。
それでも、この暗雲と雷鳴、そして暴風と豪雨の中では、とうてい辿り付ける予感はしなかった。
荒れ狂う波間はコールタールのような黒の中で白い牙を剥く。
花の竜は何時間もただひたすら飛び続けたが、自我と成長を得たばかりの身では耐え切れるようなものでは、到底無かった。
真横を閃光が駆け抜ける。
衝撃にぐらりと傾き、海面に叩き付けられる。
護るようにその口に銜えていた青年が、あっけなく海中に投げ出された。

雨でずぶぬれになり冷え切った身体の中心には剣が刺さっていた。
白い南東和風の衣が、何処までも続く真っ暗な海中では唯一の灯りのように、ぼうと浮かび上がる。
しかしそれも儚い泡沫。
白い衣が、白い手足が、白い刀身が、光の届かない奥底へと侵されていく。

目を開く。
光を宿すことを忘れたオリーブ色の瞳孔が、遠い遠い理想郷を見つめる。
我が物顔でがなり立てる海面は最早遠い。
肺の奥からなぞり上げる空気が、口内から失われる。
泡の行く先を見つめる、見届ける、見失う。
何時かこんなことがあった、その時、私はどうして生き伸びてしまったのだろう。
どうして生きねばならなかったのだろう。
途方もないほどの幸福感の中で大陸の生を過ごしてきた。
降り積もる。
ただ生きているだけで、そこかしこに寂しさが降り積もった。
この生は苦痛に満ちていた。

沢山の優しい言葉をいただいた。
だけれど本当に欲しいものじゃなかったから目を背け続けた。
結局は自分の罪深さに帰依する、それがどれだけ不毛で浅ましいものかと知りながら。
だから、瞼を閉じる。

深海に沈みゆく。
もし次の生があるならば、次こそは自分のために生きたいと思った、活きたいと思った。
歌を歌って欲しかった、愛の歌を。
魔法をかけて欲しかった、愛の魔法を。
誰よりも私は自分自身に、その歌を歌うべきだった、魔法をかけるべきだった。
誰よりも私は自分自身に、愛を捧げるべきだった。
夢を見る。
もっと自由に、喜びも悲しみも、もっと自由に感じて生きる夏山千歳の姿。
だけれど、願いは、叶わない。
そう思い知らされた。
だから、せめて、夢を見る。
薄れ行く意識の中で、叶うよすがのない願いを夢想する。
ユーフオリアに包まれながら、これが最後であればいいと願った感情さえ手放せるなら。

無責任で、享楽的で、破綻者として生きることを誇れるような。


そんな夢を。






そうして流転する。





その青年は北へ、ひたすら北へ旅を続けてきた。
幼馴染だと『記憶する』傭兵の男と最後に会って話をしたのは、もう何年前のことだろうか。
此方の居場所が不定なため時折、思い出したように一方的な葉書を送る他は、一切の連絡を取らなかった。
全てのしがらみを脱ぎ捨てて歩き続けた、飛び続けた。
旅をするために旅をして、狩人としての腕一本で渡っていく。
どこまでも自由だと思った。
それでもふとした瞬間に、振り向くことが怖くなる。
自分を必要とするものはあの小さな国家にしか存在せず、永久不滅に縛られ続けるのではないかという焦燥感に駆られることもあった。
人が、怖かった。

信じたいと思った人だけを信じなさい。
自分にとって親であり兄であり友であり何よりも同一存在でもある魂から、そう説かれた。
その瞬間、全てを信じなくてはならないという思い込み故の義務感と不信感・・・重圧から開放された。
信じる人は選択しても良いのだと、許されたような気がした。
しかし逆を言えば、それまでは自分はこの世の中の全ての他人にとって不要であるという断定の価値観は、他人にとって自分が信じるに値する存在とは限らないという選択式に取って代わる。
初めて不安が生まれた。
『イェリルル・ドレニアだった自分』を知らない人にとって、自分は価値が無いんじゃないかと思った。
明るく元気で人懐っこく心優しい少年。
その記号のどれをも持たぬ今の自分に価値など見出せなかった。
その少年が生きていた小さな国家以外の場所では、虚無として生きるしかないのではと怯えた。

雨の日は嫌いだった。
誰も祝福してくれない誕生を望まれたから。
節々がぎしぎしと鳴って身体中が痛かった、何よりも心が痛みを訴えていた。
生まれる瞬間、赤ん坊が大声で泣き喚いているのは、痛みを感じるからだと聞いた。
それは途方も無い虚無感ではないのだろうか。
母親の体内という世界で一番安全な場所から、排出されて一人きりになってしまう孤独。
燃えるような悲しみの中で、一人になることと引き換えに光というものを知るのではないかと夢想する。

内心の恐怖を怒りに変えながら、ただひたすら旅をするために旅をして生きてきた。
麦穂色の短髪、蒼穹の瞳、純白の翼、ぼろぼろになった深緑の布を首周りに巻いている。
青年の名前はイド=サトライといった。


「ふは・・・こっちもまだ暑いな・・・」
「兄ちゃん、そいつは違うね。
ここマッカ連邦は通年大体、こんな気候だ」

長い長い航路を終えて、終着した港街は力強い活気を見せていた。
船上からちょっと一瞥しただけでも見慣れない動植物、鉱石、魚介、それらを元に作られた加工品が右へ左へと運ばれている。
新大陸への興奮から、甲板に出て街を眺めていたサトライへ水夫と思しき男が声をかけた。
その気さくな態度にさえ思わず肩を強張らせる。

「つってもここはマッカ内でも西部だから、ちょっと港から離れりゃ荒地続きってわけよ。
沿岸部や東部や中央ならそれなりって所だがぁ悲惨なのは間だね、間。
雨は降らねぇ、植物は育たねぇ、だから地面に水なんかとどまりゃしねぇし、それじゃあ植物が育つわけもねぇ。
あそこにあるようなちょっと見ないものはあっても、全連邦民がたらふく食えるような量でもねぇ。
ないない尽くしのマッカと言やぁ、交易商の間じゃ有名だぜ」

硬直した様子にも気付いていないのか、絶好調で喋りたおす。
旅人であるならばコミュニケーション能力の高さは必須条件とも言える中で、対人恐怖の気を・・・特にいかにも男性らしい男性に対して・・・持つサトライにとっては、こうした輩が何よりもの恐怖だった。
しかし突っぱねても良いことは無いというのもわかりきっている。
それまで培ってきた旅をする上で知識や技術だけで乗り越えてきたことも多かったが、やはり見知らぬ土地で最も頼りになるのは、その土地で生きる人間だということを、嫌になるほど知っていた。

「そんなんだから輸入に頼りっきりになるし、じゃあ輸出できるのは何かって、人だよ、人。
赤の王によってようやく内紛が治まったっつーのに、今度は外に戦争をけしかけなきゃならんってこった。
つまりだ、同胞を生かすために、どっかで同胞と殺りあってるってぇわけよ、これが。
たっはぁ、まるで三文芝居だねぇ!
と、そろそろ入港だ、どうせ兄ちゃんもオーラム辺りにでも行くんだろ?
それが賢明だと思うぜぇ」
けらけらと笑い飛ばしながら去っていく。
随分な酷評だったが、そこに悪意は無かった、つまりおそらく真実なのだろう。
マッカ連邦王国。
大陸の南方に位置する貿易国家であり、さみしいほどに荒野ばかりが広がる多民族国家でもあった。
そこから東へ行けばイズレーン皇国、北はヴァルトリエ帝国、西はセフィド神聖王国。
そして中央で全ての街道を取り仕切るオーラム共和国。

絶える事の無かった小競り合いが、明確な紛争として表面化しつつある昨今。
黄金の門と呼ばれる神がかった力・・・おそらく巨大かつ無差別な『時空転移及び召還装置と思われるもの』により、それまでの紛争は『英雄』の出現というイレギュラーが起こった。
紛争は戦争へと姿を変える。
きな臭い情勢を抱えた五つの国家で成り立つ、その大陸はブリアティルトと言った。


黄金の門。
有象無象を問うこと無く『呼び寄せる』その遺跡へと足を運ぶ。
年中無休の観光の足並みは途絶えず、また年中無休の異邦人の召還も絶えることが無かったせいだろう。
その地は踏み固められ、清められ、洞窟と呼ぶには整っており、遺跡と呼ぶには開放的に過ぎた。

一言で表すなら、ただの興味以上でも以下でも無い。
知らないものを知りたい、というのが原初にある旅の欲求なら、その矛先には素直に従うべきだと思う。
マッカを旅立って数週間、サトライはのんびりとオーラムの中央へ向かっていた。
セフィドを経由しての入国は、そのままイズレーンまで向かい最終的にはヴァルトリエを突っ切り、更に北の大陸を目指す予定を立てていた。
目の前に広がる明るい岩肌は確かに黄金色と呼ぶのに相応しい。
ある程度までの深さなら観光地化されているらしい、ロープで区切られた道を進む。
「召還装置ねぇ・・・」
一度、横穴から現れたボロボロになった人影らしきものが衛兵に救助される光景を見た。
あれがそうなのだと思う。
そうしょっちゅう起こることではないけれど、滅多に無いことでもないらしい。
そしてその全てが無事に救助されるわけでもない、らしい。
どちらにせよサトライは、自分には全くもって無関係な話だと思い込んでいた。
その時点までは夢物語にも等しい他人事でしかなかった。

観光地としての最深部に辿りつく。
巨大な洞穴でもある広場にはオーラムの歴史が記されたプレートが掲げられていた。
多くの観光客が触れて、すっかり滑らかになった岩肌を見る。
節くれだった男の手ひとつでは何をどうしたって変動させることの叶わない大岩。
かつていた大陸にも、そして恐らくこの大陸にも、こんなものとばかりに破壊することの可能な人間はきっと数多くいた。
その選択肢のひとつ、魔法。
サトライもかつてはその力の一端に触れていた。

サトライの魔力回路は混線していた。
内臓がかき回されるように、既存の記憶を破壊された衝撃で、魔力回路そのものが破壊された。
断絶し繋ぎ直され、絡まり、解け、伸び、縮み。
元より、そう得意でなかった魔法を使用することがほぼ不可能となった。
ぐちゃぐちゃに壊れきった魔力回路の影響は身体にも大きく、サトライの自我が生まれて数年間、その成長を許さなかった。
急激な再成長を始めた身体は、まだまだ伸びしろがあったらしい。
食事を取れば、今度はちゃんと身体への栄養になってくれた。
運動をすれば、それに比例するように着実に男の身体へと変貌していった。
背も伸びた、胸や腹に厚みが出来た、手足が伸びた、少年から青年になった。
心だけを置いてけぼりにして、世界に適応していった。

魔法、自分の身の回りでもその力に長けていた人物は二人居た。
一人は傭兵を生業にする幼馴染、ティル・ラー・ポット。
極限まで短縮された精霊魔法を行使する中で、特に火の魔法への適正があったのか、何時でも苛烈な炎と共に生きてきた。
人よりも多少突出した程度の才能ではあったが、努力と研究を続けることで実力を磨いてきた人物だった。
もう一人は独特の召還魔法を使う一族の最後の生き残り。
その名前は。

「・・・?」

立ち入り禁止の札が掲げられたロープの先、小穴へ続く道。
たいまつの明りが設置された遊歩道とは違って、何の整備もされていない筈の道は相対的に暗い。
が、一般的な洞窟そのものの暗さを思えば見通しは効くようにも思える。
自然光が取り入られているのだろうか。
そもそもここは遺跡だから巨大な建築物だった可能性もある、明り取りがあるのは必然かもしれない。
衛兵の目を盗んで、ロープを乗り越える。

背負っていたボウガンを降ろし、何時でも使えるように構える。
強靭な翼を使用した高軌道の狩猟を得意とするサトライにとって、満足に翼も広げられない狭い地形は大敵だった。
先ほどの広間程の空間が確保できれば、あるいは。
強い緊張感の中、ゆっくりと歩を進める。
基本的に洞窟の中は寒くて湿っている。
だから想像するよりも水の匂いが強く、そして潮の香りがする訳が無い。
「誰か・・・居るのか」
遠目でもわかる白い身体が、横たわっている。
近づけば近づくほど、その潮の香りは濃度を増していった。
そして奇異に気付く。
「・・・・・」
息を呑む。
血の気を失った白い腕、ボロボロの白い衣服、乾きかけた髪は薄闇の中でも認識できる曖昧な色味。
随分と背の高い人物のようだ、ただし体格は良くないように見える。
大陸風に言うならばイズレーンを想起させる装飾の数々、しかし目を奪ったのはそれらではなかった。

剣が。
その人物の左胸を貫通していた。

「死ん、で」
声が震える。
字面に流血の跡は無い、既に失血しきった状態で召還されたと考えるのが道理だ。
それはこの人物がとうの昔に事切れていることを明確に表している。
ならば今更、慌てて衛兵を呼びに行く必要は無いだろう。
身分確認が出来るものを、損傷の度合いを、死臭を嗅ぎつけたモンスターの気配の有無を。
旅の合間に死体を見たことが無いわけでは無い・・・思考放棄にも似た義務感だけで近寄る。
ハンカチ越しに、その冷たくなった肩を掴む。
顔を確認しようと力を込めた瞬間。
「ぅん」
小さなうめき声。
全く予想だにしていなかった『反応の存在』に乾いた悲鳴があがる。
細く薄い身体、しかし決して華奢ではなく二十歳の半ばを過ぎた青年らしさ。
乾きかけの髪は緑がかった黒、イズレーン人・・・この大陸に来る以前は、そう、倭人と呼ばれた種族・・・特有の艶やかさ。
起伏の少ない平たい顔、総じて子供のような顔つきにしか見えず、その中でも特に覇気が無い。
ボロボロになった南東和風の装束は生乾きのまま肌に張り付き、周囲を見回すも手荷物らしい手荷物は見当たらない。
イド=サトライはこの人物が『誰』なのかを知っている。

「夏山・・・千歳」

八年前。
かつてイェリルル・ドレニア・・・『イド』と呼ばれた少年が生きていた頃。
自らの目的達成のため、取引の末に傷つき病んだ仔鳥を保護した男がいた。
ゆったりとした自殺にも等しい暴力の世界に身を沈めていた仔鳥を、それでも癒そうとしていた男がいた。
ただ一時の慰めで良いと言われていたのに、癒えない傷は無いという自分自身の思想と、その生真面目さから真っ向から向き合ってくれた。
やたら背が高く、その割りに顔立ちも身体つきも頼りなく、誰よりも冷たいくせに、誰よりも柔らかい心を持った、そんな男が。


いらっしゃい、海を越えてやってきた異人さん。

空気を介さず思考に直接響く、舌足らずの子供のような声。
浮遊感は無い。
骨ばった身体のそこかしこに当たる硬い感触。
直接、釘を差し込まれたような頭の痛みと、岩肌に無防備に寝そべる鈍い痛み。
口の中では潮と砂の味が入り混じっていた。
ここは海上では無かった、勿論、海底でも無かった。
指一本動かすのも億劫な身体の重みが、ここが地上であることを証明していた。
瞼を開く。
ぼやけた視界は一面の黄金色だった。
寝そべっている字面だけではなく、空気までもひんやりと冷たい、砂と潮と獣と水の匂いがする。
ぱたん、ぱたん。
どこか遠くから水滴が落下する音が規則正しく鳴り響いた。

触覚がある、味覚がある、視覚、嗅覚、聴覚もある。
生き延びてしまった。
絶望にも等しい感慨を持って認識する、恐らく現状は変えられない。
剣を持って心臓を一突きしたのだ。
今度は脳を叩き割らなければならないのだろうか、首を切れと、身体を分断せよと。
私は、そんなに強くない。
死んでしまいたいと思いながら生き延びた理由には、死が、痛みが恐ろしいという即物的な理由もあった。
麻薬に犯されたような絶望の恍惚の中で、ようやく自死を試みることが出来た。
正気に戻れば、あんなにも恐ろしいものはない。

震える。
生きることを手放した筈なのに生き延びてしまった。
そしてその現状を手放すための勇気も、最早すりつぶしてしまった。
残ったものは絶望感だけ。
昨日が、今日が、明日が怖かった。
そして今も怖い。
生き延びてしまった。
もう一度あれを繰り返さなければならないのだろうか。
もしくはあれを超える絶望を味わわなければならないのだろうか。

どうしてそんなに震えているの?

寝覚めを促した幻想が形を持って声になる。
声になったということは、そこに何らかの存在が立証される。
上と思われる方向に視線を動かす。
視界の端に虹の色が見えた。

なにがそんなに恐ろしいんだい?

擦れた声を無知が打ちのめす。
焦点の合わない視界へ緋色が覆いかぶさる。
美しい鳥だった。
燃えるような羽根は赤々と黄金を振りまいていた。
その瞳は濡れた黒曜石、その尾は尽きることの無い七色。
美しい鳥だった、果てもなく無邪気に見えた。
「・・・願いは、叶わないの」
苦しくなくなるための苦しい方法を教えてあげるよ。
あの手を振り払ったことは、そんなにも罰せられるべき悪徳だったのだろうか。
生きなければ成らないという道徳観念の中で、生きなければならなかったのだろうか。
幸せにならねば成らないという強迫観念の中で、当たり前の営みを追い求めても叶わなくって、何度だって追い求めたのに。
幸福を追求したかった、他人の手を借りた幸福は成り立たないと思い知った。
ならば、この苦しいばかりの生から解き放たれることは、限りない程の幸福ではないだろうか。
一番、大切な思い出だけを抱きしめて眠りにつくのは幸福とは呼べないのだろうかと。
そう、思った。
「必要として、欲しかったの」
なのに。
それさえ叶わない、自分一人の生死さえ自由にならない、この世界では。
不自由の中で雁字搦めの幸福を追い求めて、皆あえぎながら死んでいく。
希望は叶わない間は遠く輝く星になる。
それはつまり決して届かないことに気付いてしまった瞬間、絶望に転じる砂漠の一滴。
私は、当たり前の人間だから。
必要とされないという当たり前の悲しみにだって打ちのめされてしまう。

そっか、じゃあ外に出ようか。

至極、当たり前のように続けられたイントネーションに顔を上げる。
「・・・何を仰っているの」
まじまじと見つめる。
理由もなく理屈もなく至極、当たり前のような顔をしていた。
きっとこの鳥は知らないのだ。
そう思うと理不尽な絶望が沸いてくる。
「千歳のことなんか何もご存知じゃないくせに」
要らないと言われることが、どんなに身を切られるかを。
愛と両立しない誠実さが、どんなに心臓をすり潰すかを。
その全てが自業自得でしかない灼熱の地獄。
裏切られたことなんか無いくせに、置いていかれたことなんか無いくせに。
八つ当たりでしかない感情は、しかしどこまでも本音だった。

僕は外に連れて行ってもらったから、今度は僕が君を連れて行く番なんだ。

涼やかな声が静かに否定する。
疑心暗鬼に染まった思考回路は、恥ずべき言葉を押さえる術を失っていた。
「ならばあなたは、夏山千歳の何が欲しいと仰るの」
いつか、信じることが出来るだけの勇気を貰ったというのに、それさえも忘れて尋ねるような愚行。
引き換えでなければ与えられるとは思えなくなっていた。
どうして?
・・・何時から?
記憶が混濁する、奔流の中で、だってあの人が言っていた。
信じるだけの理由がどこにあるって。
だから。

僕は何もいらない。

「嘘」
その言葉は真実としては到底受け入れられなかった。
きっとどこかに落とし穴がある。
まだ信じてはならない、そう検証する自分の心にこそ吐き気がする。

僕は何もいらない。

「嘘」
だから拒絶だけが重ねられる。
もうこれ以上、傷つきたくなかった、傷つくのが怖かった。
感情を掬い上げても理屈を追い求めても結局、何も残らなかった。
虚しいばかりの生は、ただ呼吸をするだけで磨り減っていく。

僕は、何もいらない。

「嘘よ・・・!!」
助けて欲しいと願いながら、助けていただくだけの価値など自分には無いと思っている。
助けて欲しいと願いながら、対価として何かを支払えるだけの余裕など無くなってしまったと知っている。
交換条件、理屈による検証、無条件の信頼。
もう何を信じればいいのだろうか。

僕と友達になってほしい。

顔を上げる。
黒曜石の表面に夏山千歳の輪郭が浮かび上がる。
目は大きく開いて、唇が震えていた。
布きれを掴んだ指は白く血の気が無かった。
そんな願いが存在するのだろうか。
そんな願いが存在することが許されるのだろうか。
「・・・ともだちに」
二つ目の瞼の裏側に過ぎる大陸の思い出、共に組んだチーム、潮の香り、花束、チケット。
些細なことに一喜一憂しあえる仲間がそこにいた。
かすむような眩い光景、今の自分が手を伸ばしても許されるのか、投げ捨てたくせに。
戸惑うほどに眩い。
だけど。

もう一度、生きてみたい、活きてみたい。
沢山、笑ってみたい。
沢山、泣いてみたい。
誰かと、幸せに、なりたい。
誰かと、一緒に、居たい。

だから外へ行こう。

夢を見る。
善性に縛られてしか生きられなかった夏山千歳では無い夏山千歳を。
もっと自由に生きたかった、もっと我侭に生きたかった。
その願いが破滅をもたらすものだとしても、その願いを諦めて善人の顔をして生きるのは、悲しかった。
私はずっと私を殺してきた。
これからも、そう生きねばならないことにこそ絶望をしてきた。
だから、夢を見た。

「・・・良いの?」
無責任で、享楽的で、破綻者として生きることを誇れるような夏山千歳になりたい。
「千歳は、いいの?」

あたたかいものが頬を伝う。
まだこの身体に体温は残されている。
きっとここが分岐点だ。
ここで選ばなかったら、夏山千歳はもう二度と立ち上がることも叶わない。
私は私に見捨てられてしまう。
そうならないための最後の一押しが欲しくて、怯えた子供の視線で見上げる。

うん。

鳳凰が頷いた。
ああ、これで私は立ち上がることが出来る。
行動も選択も決定も全ては私の手中でしか叶わない。
だけれど寄り添ってくれる存在があることの幸いを思い出す。
それを尊ぶ自分の心のあり方を思い出す。
何時でも力をくれるのは、誰かの好意だったことを思い出す。

息を吸った。
夏山千歳の夢として、夢のまま。


その身体は冷たかったが、それでも硬くは無かった。
肌の奥には血潮が走り、間接には柔らかさがあった。
白い刀身に心臓を貫かれながら生きているという矛盾。
「おい、あんた、しっかりしろ・・・おい」
非現実的な光景と目の前の事象がどうしても結びつかないが、それでも助かる見込みのある命を見捨てられるほどサトライは非情では無かった。
出血の様子は無いが、どんな魔術的・・・あるいは呪術的作用があるかもわからない剣そのものに、うかつに触れる勇気はない。
呼吸の確認をしながら頬を軽く叩く。
まつげが震えて開かれた。
かつて闇の中で見た暗く清涼なオリーブ色は、射抜くようなエメラルドグリーンに変貌していた。

「・・・ことりさん・・・?」
「違う」
こわばった両手を握り締めながらサトライは首を振る。
記憶が混濁していたのだろうか。
それでも麦穂色の短髪、蒼穹の瞳、白い翼、日に焼けた肌、かつて世話をした少年が成長し、立派な青年に変貌している様に目を細めた。
「俺はもう、あんたの小鳥じゃない」
柳のような長身を抱き起こす。
何時からこんなにも弱々しい声を出すようになってしまったのだろう。
何時からこんなにも途方に暮れた顔をするようになってしまったのだろう。
サトライが『イド』として最後に夏山千歳に会ってから、もう五年はゆうに過ぎていた。
人は、変わる。
ならば五年も経てばその生死さえあやふやなものになるとも考えられる。
こんな世の中なのだから。
「・・・そう、そうね」
目を伏せたまま笑う。
夏山千歳は、何時もそうやって体裁を繕って笑う。
そうか、あんたは、その生真面目さに殺されたんだな。
サトライの胸中を過ぎった一文を、そっと握りつぶし抱え上げた。
「今は、なんてお名前、ですか?」
「イド=サトライ」
「どんな字を書くの?」
「・・・異なる土地に、郷里を探して来る」
千歳の掌に書かれた異土里来、倭国の文字。
遠い昔に『記憶する』中にだけ存在した男に褒められた、流暢なムロマチ発音だと。
今のサトライが書ける倭国の文字は、そう多くない、きっとこれだけ。
「そう、いい名前ね・・・どうしてここに?」
息が詰まる。
暫く視線を彷徨わせてから、ため息のように答える。
「・・・呼ばれた気がした」
「今時、ナンパの台詞だって、もっと気が利いているもの・・・ですよ」

記憶が塗り替えられる。
気丈に振舞っていた兄のような夏山千歳は、もういない。
優しいだけの甘いだけの、しかしかけがえのない宝のような夏山千歳も、もういない。
イド=サトライの背が伸びて、身体つきも大人のものになって、髪も短くなったように。
夏山千歳も変わってしまった。
そこに一抹の寂しさを感じながら、肩を貸した。
「少しは歩けるか?
外に衛兵がいるから、病院まで送ってくれる、きっと・・・胸のそれも、きっと」
治してもらえる、とは続けられなかった。
どうして刺さっていたかのおおよその見当がついてしまった今、かけられる言葉は無かった。


それから暫くして。
北上する予定だったサトライは説得され、マッカの地で部隊を結成した。
千歳の旧知とも再開し、劇団と呼ばれる集団に所属したり、新たな友を得たりと賑やかな日々を過ごした。
サトライにとって兄のような存在でもある傭兵の男からの連絡もあり、次回の時の巡りでは行動を共にした。
イズレーンの地は静謐だったが、どこか寂しい印象を覚えた。
そうしてまた一巡する。
新たな時の巡りが発生する。

「そっか、じゃあティーラは二人で旅を続けるんだな」
「あぁ・・・もう暫くは現場で働きたいし、フットワークが軽い方が性にあっているみたいだ」
「折角ご一緒できましたのに残念ですねぇ」
「元々、お前さん達が二人で始めたものだろう、大丈夫だよ」
傭兵の男、ティーラは穏やかな笑みを浮かべる。
サトライの知る限り・・・『記憶』を辿った限りでも殆ど見た覚えの無い表情をするようになっていた。
妻を娶って、喪い、子を得て、失い、そうしてまた新たな伴侶を得た男。
喪失ばかりが続いた人生の中で、これが最後ならば良いとサトライは思った。
最後まで共に歩み続けられる二人であれば良いと祈った。

引継ぎの話をするティーラと千歳へ新しいお茶を出すために席を立つ。
薬缶を火にかけて目を瞑る。
何時か見た幾つもの光景、ほんの少し前の事なのに、いつの間にか疎遠になってしまった記憶。
瞼の裏に焼きついた夏の光が染める、染め上げる、追憶を。

そこはとても美しい、赤く荒れた浄土に見えた。




(了)
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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