2013年04月01日

本音

異土=里来より転載 2005年5月8日筆


..
軽やかにノックされた扉を開くと。
其処には月のような色をした髪の女が居た。

ぶっきらぼうな口調と丁寧語が混じった奇妙な話し方。
それが出す雰囲気は、何故だか少し温かい。
月を背後にしたために生じた影に怯えながらも。
仔は、そぅと扉に身体を隠しながらも。
耳を傾ける。

「説明は以上だ。
イドさま・・・で、いいか?」

何を問おうとしているのか、最初はわからなかった。
自分にとって『イド』の名は忌まわしい場面での記憶しかなく。
自分を知っていた人達が呟く『イド』の名には。
今の自分が持っていないものを期待する響きがあり。

何を、期待しているの。
俺はサトライなのに、と。

反抗心が生まれる。
・・・拒絶でもあり、愛執でもあるのだろう。
ともかく、彼の中での『イド』の名は、サトライ以上に意味を持つものではなかった。

「・・・貴方が俺に様付けをするなら、俺も貴方をヨシノサマと呼ぶよ。」
『イド』の名に誰よりも縋りついているのが自分だと知りながら。
「ツェンバー・・・だっけ?の、内務官様。」

皮肉気に答え、軽く睨みつける。



ちがうの。

ほんとうはこわくてこわくてこわくてこわくてこわくて。
だっておれは、あなたのしっているおれじゃない。

あなたのしらない、おれだから。

やさしくほほえみながら、あいにきてくれたのに。
むかしの俺じゃないからって、去っていく後ろ姿が。

怖くて怖くて怖くて怖くて怖くて。

さみしい・・・さみしいの。

だからわざと傷つけるような言葉しか言えない。
ブランケットに包むような優しさで遠ざけるような器用さなんて、持っていないから。

イドの名の効力に誰よりも縋りついているのは、俺だって知っている。

だから、その名前でよばないで。
きたいなんかしないで。
どんなにいどとよんでも、おれはむかしのいどにはなれないから。

むかしのいどなんて、しらないから!

だから。



理屈の通っていない反論で睨みつける小鳥。
その小鳥を見た女性は・・・

「あなたと、ともだちになりたいんだ」

苦笑していたかと思えば、唐突に口から出てきた一言。
まるで物語の主人公のような純粋さを持って。
仔は其れに少しだけ瞳を丸くする。

「あ、いや、あの、そうじゃなくって、えっと・・・?」

諭そうとしていたのに、いきなり慌てたり。
忙しい人だ。
多分、昔のイドなら其の様子すら面白いとか思うのだろう、と。
ここ数日会った人々から感じ取った、昔のイドの思考。
嫌気がさした、まるで自分は余裕を持った人だと見せ付けるようで。
見境無く人に擦り寄って、べたべたと馴れ合うような。

目の前の女性も、それと似た『におい』がする。



めのまえのおんなのひとは、そぉと、こころのどあにふれてきた。
きんのかみがさらさらとかぜにゆれて、きれい。

「あなたと、ともだちになりたいんだ。」

・・・ともだち?



おどけた仕草で、じっと見つめられる。
何だろう、この瞳に動揺している自分の心は。
全て見透かされそうで。

「何と呼んだらいいかな?」

薄く微笑みながら問いかけられ。
それでも目を伏せる事が出来なかったのは。
多分、少し挑発的な意味合いを含んだ仕草と、意地のせい。
睨むようにして、視線を交じらせる。
と、それに合わせたかのように、女は笑顔の種類を変えた。

「そう・・・
私には渾名を付ける才能がないし、ひとを呼び捨てにも出来ない小心者なのだよ。」

苦笑とも違う、自虐の笑み。
どことなく苛立ちを感じる。
ただ、其の苛立ちは、彼女へのものではなく・・・。



よくわらうひとだ。
さいしょはやさしそうに、はなのように。
でも、だんだんとくらい影が落ちてくる。

自分の事を小心者だと言った。
だけど敬称程度はそんなに意味は持たないものだろうと思う。
そう、そんな些細な事など気にしなくて良いのだ。

だから、そんな顔で笑わないで。



苛立ちがハッキリと顔に出ていたのだろう。
逸らされるように下げられた視線に、胸が痛む。

貴方の事で苛立っていたわけでは無いのに。
ただ、不甲斐ない自分に、腹立てていただけなのに。

視線の束縛も解けて、目を伏せる。
しかられた子供のように。
すると視界の端で、彼女の手が動いている事に気付いた。
身体が凍る。
誰かに触れられる事は、未だに抵抗を感じるのだ。
動かない身体に心の中で舌打ちしながら。
覚悟を決めたように、ぎゅっと目を瞑る。

触れられた手は温かかった。
そして柔らかくて、握り返したら壊れてしまいそうだった。

「とりあえず、お近づきのしるしって奴だ」

頭に血が上る。
ごちゃごちゃの感情が理解に追いつかない。
其の中で確かなのは温度だけで。
俯いたまま、ただ、単純なモノに縋りそうになる自分を抑えて。
シンプルな答えと、今更ながらに込み上げてきた羞恥心に、どこか小さく敗北感を覚えた。
それを分散させるかのような、大げさにため息。

「仕方ないなぁ。」
演技めいた言葉を口にし、それでも先程とは色の違う不機嫌そうな顔を作った。
「呼び名くらい、一週間で考えて来たら?
茶菓子くらいは出してあげるよ。」
驚いたような顔でこちらを見る女。
「あなたが言ったんでしょ、茶でも飲まないかって。」
暫く、信じられないとでも言いたそうに口を開けていたが、やがて大きく頷いた。
「・・・ああ、また来るぞ!
絶対来るぞっ!」
掴んだ手をぶんぶんと振りながら、来た時以上に満面の笑みを浮かべる。

その顔を見て、ああ、やっぱりそっちの方が似合うな、とほくそえんだ。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 火の鳥の手紙、又は手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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