2013年04月03日

由乃

異土=里来より転載 2005年6月30日筆


..
「おい、あんた」

よく通る声、誰よりも空気と同化する声。
先日、再会した(彼的には出会った)ばかりの仔鳥の声。
少し心が浮き足立つ、嬉しい声。
相変わらず不機嫌そうではあるのだけれども。

「あんただよ、あんた」
再度、自分の名を呼ぶ声にキョロキョロと辺りを見回す。
暫くして其れが頭上から発せられたものだと気付いた。
背後には先程、自分が降りてきたばかりの階段。
夏苔に色取られ、少しむせるようなにおい。
その手すりに彼は身体を預けていた。
何時の間に居たのだろう。

「サトライ・・・!」
つい習慣的に様を付けそうになる。
そんな事をすれば、彼の眉間の皺が深くなるのは容易に想像できる。
逆光の中、彼は小さく手を振った。
こつん。
「痛っ?」
汗ばんだ額に何かが当たる。
どうやら彼は自分に手を振ったわけでなく。
何かを投げただけだったらしい。
足元を見てみると茶色の小粒。
拾い上げてた其れは、乾燥しきった木の実だった。
問いの瞳で見つめてみると、彼は少しだけ笑いながら答えた。
「あんたらの好きな小鳥の遺品
そういう、ガキっぽいもんを集めるのも好きだったらしい」
部屋にごろごろしているよ、と付け加える。
その眩しさに目を細めた。
つい数週間前までは少しも笑いかけられる事など無かった。
最初に家を尋ねたっきり、後はずっと例の不機嫌な顔だけ。
いや、そもそも会う機会が殆ど無かったような気がする。
もしかしたら避けられていたのか!?

こちらの思考などお構いなしに、彼は少しだけ機嫌が良さそうに笑った。
・・・少年らしさを伴って。
嗚呼、此れが彼本来の笑い方なのだろうな。
皮肉気なものじゃなくて、自嘲のものでもなく。
あんなにも消えそうな微笑じゃなくて。
太陽と夏空を背負って、からからと陽気に笑う。
話にだけ聞いたことのある笑い方。
多分、自分が見た事は此れが初めてだろう。

「何、ぼーっとしてるの?
投げるよ、受け止め損ねて壊れたって知らないからね」
また以前の調子に戻った声に、思考が引き戻される。
急いで見あげると、彼は既に何かを投げていた。
世界を焦土に帰す熱線の中、鋭く光る其れ。
七色を発するシルエットは、確かに押し付けた鉱石ラジオ。
「うわ、うわわわわ!」
慌てて受け止める。
落とさなくて良かった。
「それ、いらない、返す」
こちらが息を整えている間に、用件は終わったとでも言いたげに彼は背を向けていた。
掠れるだけで声にならない吐息は、彼を引き止めるには不十分だった。
もしくは聞こえない振りをしていたのか。
さっさと白い翼を揺らしながら、その姿は見えなくなってしまった。
名残惜しく彼が居た場所を見つめる。
何故だか、少しだけ悲しかった。
そんな感傷に浸っている間に、指がラジオの再生ボタンに触れてしまったらしい。
砂埃のような雑音がラジオから洩れ、それにまたビックリする。

『ザー・・・ザザ・・・・シノ・・』

彼の声だ。
砂埃の中の一点の光のような彼の声だ。
『名前を付けてあげるよ
俺とあんただけにわかる名前だ
ヨシノ、ラジオの中に紙がある』
名を呼ぶイントネーションが僅かに変わる。
言われた通りにラジオの中を探ると、小さな紙切れが出てきた。
其処には慣れたような字で由乃と書かれていた。
『由乃』
生前の彼を彷彿とさせる優しい声。
こんな道端だって言うのに、涙が零れそうになった。

『由乃、結婚、おめでとうな』

きっと彼は自分を憎んでいる。
私自身が自分ではわからない部分を憎んでいる。
それでも、こんな、こんなにも優しい声で。
祝福してくれるんだ。
顔を合わせれば憎まれ口ばかりを叩いて。
表情も硬く、決して触れ合おうとしない。
きっと未だに人と会うのが怖いのだと思う。
彼の家の家主に、発見した時には随分と酷い状態だったと聞いた。
目を合わせることさえ、ままならなくて。



だから、きっと此れは。
自分と彼を繋ぐ一筋の光。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 火の鳥の手紙、又は手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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