2013年04月02日

遅咲きの桜

異土=里来より転載 2005年5月30日筆


..
ふと歩んだ先の家では遅咲き過ぎる桜がはらはらと鳴いていた。
いわゆるムロマチ風の庭にひらけた部屋に、女の人が独り。
ただ、独り。
頬と袖を濡らしていた。
近寄ってみて解かったのが、其れは涙だったという事。
眉間にしわを寄せ、顔を伏せ。
誰も居ないという事に安堵しきって、ただ独り。
ほろほろと、滴に乗せて想いを落としていた。
仔が見ていたとも気付かずに。

普段、人と会う事を極端に嫌がるが故の、久々の散歩の時。
何故だか泣いている女性が目に入った。
はだけ気味の服に、少し赤面するも。
何処となく感じる違和感と。
微塵も・・・恐れを感じることが無かったことから。
それと、遅咲き過ぎる桜に惹かれて。
つい、声をかけてしまった。

「・・・どうしたの?」

「手に入らないから欲しくなるのかもしれないね。
でも消えてしまうことを思うと、とても・・・悲しい」

絵の中のような場面で、文の中のような事を嘆く。
仔は一切の表情を変えず、ただ、違和感をじっと感じていた。

仔の捨てた過去を全て巡り。
それでも、彼女がこんなあからさまに女性が仔に弱音を吐く場面など、少しも無かった。
年上の自覚が強かったのだろうか、仔を弟のように思っていたのだろうか。
何時だって笑顔で、気丈な女性であった。
仔の感じた違和感は其れだったのだ。

桜は哂うように其の赤みを増し。
まるで熟しきった果実の滴のように、音も無く地に落ちていく。
なれば幹は果実なのだろうか。
そして、女性は熟れきった果実なのだろうか。
否、そうではあるまい。
彼女は今だ瑞々しく若い花。
彼女自身が思うよりも、美しく、若い花。

「手に入ることだなんて、それは有りえないのだし。
また、手に入らないことも、無いのだと思うよ。」
距離を縮める。
怯えさせないように、そっと。
そして椿油の黒髪に手を伸ばす。
「所有なんて、ただ、ちっぽけな事だよ。
そんなの小さな概念に過ぎないのだし。」
奇麗に纏められた髪をほどく。
女性を飾り立てる幾つもの飾りすらも、そっと外し。
「死体と成って変化した体が大地に埋まって。
それは、確かに其処に在るのだけど。
でも、俺たちからしてみれば、消えていくことすらも必然で・・・。」

こつんと、額と額をあわせた。
涙で滲んだ化粧すら、可愛いと思った。

「人はそうやって、ずっと泣いているから、可愛い生き物なんだね。」

この言葉が慰めにならない事は知っている。
それでも、ただ一瞬、彼女の気が紛れれば良いと思った。


彼女は、俺なんかの手を借りなくても答えを探って往ける人だと感じたから。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 火の鳥の手紙、又は手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/354487470
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック