2013年04月04日

名残

異土=里来より転載 2005年7月1日筆


..
■sideウィルフェア

大きな農場が建ち並ぶツェンバーの一角。
そのうちの一つ、アイミスエル氏を家主とする家屋の前に今僕は立っていた。
初夏の風が吹き抜けて、畑の草をサァサァと揺らしていく。
1つ長い息を吐き出して、扉に手をかけた。

■sideサトライ

誰かの気配がするのを感じていた。
酷くぴりぴりとした空気。
こういう場合は大抵、自分に用があるのだと知っている。
風が少し困ったように笑いながら、呟いた。
―彼は内気な所があるから。
ならばあんたが出れば良いのにと毒づくと、それこそ困ったような笑顔を見せた。
そしてそれっきり黙った。
「卑怯者」
大きく、そして的確に彼の心を抉っておく。

気配はもう、すぐ傍まで来ていた。
扉の目の前。
だのに躊躇している。
煮え切らない性格をしているのだなぁ、と思った。
俺が苛立たなければ良いのだけど。
そうなった時に、相手を傷つけないように、だなんて器用な真似は出来ない。
・・・俺自身はどうでもいい。
だが、俺にまとわり付く奴が悲しそうな顔をするのだ。
困った顔なら幾らだってさせてやるが、あの顔だけはいただけない。
というか、まるっきり俺が悪者じゃないか。
いや実際に悪者ではあるのだろうけど、幸い他の奴らはあいつの存在は・・・。

・・・やめた、考えていたって仕方の無い事だ。
ドアを大きく開けた。
そして目の前で呆けていた青年に、上目遣いで睨みながら言ってやった。

「俺に何か用?」

■sideウィルフェア

開けようとしたドアがひとりでに開いた。
意表をつかれて、少し退く。
大きく開かれたそこに少年の顔。
会いたかった顔。
(ウーちゃんv)
子供のように笑いかけて、抱きついてくる姿を期待した。
いつも困らされはしたけれど、確かに嬉しかったんだ。
僕はそれを君に伝えていなかったでしょ?
だから次の機会には、やっぱり照れくさいけど…抱きしめ返さなきゃ。
そう思ってたんだ。
しかし、彼は不機嫌そうにこちらを睨みつけ、憮然と言い放った。
「俺に何か用?」
・・・なるほど、別人ね。
ヨシノさんから聞いていなければ、きっと戸惑ったことだろう。
騒ぐ心は、まだ平気。
開いたままの口を一度つぐんで唾を飲む。
彼との距離はドアの大きさ分。
「こんばんは、イド・・・サトライ君」
口に出した言葉はかねてから練習していたものだ。
「ようこそツェンバーへ。
先日も挨拶があったと思うけど…赤髪の時だったかな?金髪の時だったかな?
アラビアーンな女性が来たと思うけど、僕も彼女と同じ省に属していてね。
挨拶に来たんだよ。」
日頃誠実とのお褒めいただく僕の笑顔。
今日はそれに自信が持てない。
こうなったら勢いで押してやるさ。
「案内は色々聞かされたってことで・・・わからないことがあったら、気軽に聞きに来てね。
僕の家もドルッシュなんだ。」
そうして自分の家の方へ視線をやる。
今は子供たちがお留守番中。
君も会えなくて寂しいかい?
大丈夫、またいつか。
いつか・・・。

挨拶という用は済んだ。
「じゃ、今日はこの辺で。
アイムさんにもよろしくね。」
一息。
その場を去る前にポケットに忍ばせていたものを取り出す。
掌に容易に納まる、青い指輪。
「アリガトウ」と共に返された光。
輝く石を見つめたまま、立ちつくしていた。

■sideサトライ

「・・・ああ、そう。
でも俺、もうすぐ国を出るから」
わざわざ訪ねて来たところ悪いけど、と付け加え、気付かないフリをする。
青年の希望は手に取るようにわかった。
ドアを開けた瞬間、うすら期待をした瞳が見えたから。
漠然とした不安をも織り交ぜた眼は、本来なら純粋・・・と呼ばれるものなのだろう。
だが俺には捌かれる前の魚の眼に見えた。
何もかもを映し出す陰影。
それも全て俺の一言で、それこそただの魚になった。
今にも涙を落としそうな死んだやつのね。

立ったままほうけている青年。
その手には小さな青い光。
あまり良い予感がしなかったので、そっと釘をさしておく。
「あんたの探しているイドは此処にはいないよ」
気抜けした体はバネのようにはねあがった。
顔を見合わせる状態。
「だから、あんたの探してるイドに会いたいのに、俺に会う必要なんか無い」
無駄に傷付く意味なんか。
「・・・俺なんかに構う意味は無い」

体の陰でさわわと音がした。
湿った風は、まるで梅雨空のようだった。

■sideウィルフェア

「そうか、それは残念だなぁ。」
国を出る、その言葉にうなだれる。
そこに追い打ち。
「あんたの探しているイドは此処にはいないよ」
・・・わかってる。

「だから、あんたの探してるイドに会いたいのに、俺に会う必要なんか無い」

「・・・俺なんかに構う意味は無い」
行動は思考に伴ったとはいえ、ひどく衝動的だった。
反省。
しかし嘘ではない。
指輪を握りしめた拳が空を切り、寸先のイド=サトライの前髪を揺らした。
さすがに驚いたか、大きな蒼い瞳が見開かれた。
「・・・変わらないね。」
全てがDELETEされても、人の魂の本質というものは変わらないということを知った。
別人でなどあるものか。
いいや、別人であってもよかったのだ。
僕の思考は矛盾している。
「君にとっては無意味かい?」
拳を下げた、その向こうの瞳を見つめながら続ける。
「生憎、僕にとっては無意味じゃない。
サトライ、君に会いに来たんだから。」
開いた拳の中の、蒼い指輪を差し出した。
「僕が贈ったものを、君が・・・以前の君に返された。
アリガトウのオマケつきで。
何で返されたのかわからない。
何がアリガトウなのかわからない。
そんなこと言われる資格はないし、笑顔を願う気持ちを突き返されるくらいなら、いっそ
捨ててしまえばよかったんだ。」
やはり矛盾していると気付いた。
瞳の向こうに確かに彼を探している。
「・・・初対面に愚痴られても言葉の出しようもないよね。
悪かった。」
詫びに頭を垂れる。
再度蒼い石の光が目に留まる。
僕に…もう一言分の勇気を。
「以前の君じゃない、今の君に会いに来たのは本当だよ。
だけど自分でこれを持っているのは、思い出して辛いんだ。
だったら、一応は第三者の君が持っててくれないかと思った。」
差し出す掌はそのまま。
「イド=サトライ、僕らはもう一度…友達になれるかい?」

■sideサトライ
青年の荒れた拳が目の前にある。
微かに感じる風が頬を撫でる。
一発、顔面に入れられるのかと思ったけれど。
流石に当てる気は無かったらしく、そのまま腕を下げた。
何時の間にか風は凪いでいた。

無意味かい、と問う真っ直ぐな声。
一瞬だけ目を閉じて考える。
無意味なんかじゃない。

青年は長く、長く、必死な様子で喋っていた。
彼にとって、どれだけ以前のイドが大切な友人だったのか。
突然の蒸発で残された悲しみと憤りを、ぶつけているように感じられた。
きっと今まで泣いた事が無いのだろう。
海底に積もった火山灰のような謙虚さと、強がりと。
そして彼の不器用さからの、泣き声のように感じた。
「・・・」
もう一度友達に、と言われた。
指輪を差し出したまま。

「・・・それで、あんたは忘れるんだ?」
最初、目の前の顔はきょとんとしていた。
だけど段々と、俺の言葉の意味を思い当たったようだ。
複雑そうな瞳でこっちを見つめる。
「前のイドのことを、嫌いだったのか?
だから忘れたいのか?」
言葉に赤い色が混ざる。
刃物で傷つけられた相手の血液と、鉄の流した錆の色。
涙の色、本当に泣きやしないけど。
「思い出したくないって事だよね、それって忘れる事だよね。
飲み込んでくれやしないのか、そんだけ嫌いだったのか!?」

俺は知っている。
昔のイドが隠していた幾つかの本音。
それは。

「嫌いなら今すぐ捨てろよ!!
そんな指輪、捨てちまえ!」

『本当は』忘れ去られたく無かったって事。
良い子の面をして、好きな奴が何もかも捨てちまうのを黙って見ていたく無かったって事。
寂しがりやのクセをして。

「その指輪を捨てた時から、俺はお前と二度と会う気はない!
・・・だけど、理由はどうであれ」
一呼吸置き、不安そうな顔をした青年ともう一度、目を合わせる。
「昔のイドを好きなら・・それとも、こんな俺に会いたいと言うのなら。
その指輪はあんたが持っているんだ。
どんな理由だっていいさ・・・。

そうしたら、また、会ってもいい。
そのくらいの事、飲み込んでくれたなら、会ってやってもいい」

■sideウィルフェア

少年が叫んでいた。
色々なことの苛立ちをぶつけるように。
誤解が不安になり、鼓動がうるさいほどに鳴っていた。
最後に彼の瞳が僕を見た。
反らさず見つめ返す。
異心同体の彼らに返す言葉は同じく。
ひとつひとつ、叫びに応えるように。
「・・・嫌いだったら待つもんか。
いつまでも、宙ぶらりんにするもんか。」
思いの狭間で行き場をなくした贈り物。
「思い出したくないのは彼のことじゃない。
あの時の・・・理解も出来ず、受け容れようともしなかった、僕自身だ」
こんな奴に何の礼を言う必要があるんだ。
「忘れられるもんか。
もう何が出来るのかわからない、だけど忘れて楽にはなれないことは確かなんだ。」
どうして忘れられる。
そして思い当たり掌を見る。
「忘れられたくないから、置いて行ったのか・・・?」
そこに納まる小さな光が、君の心のかけらに思える。
「気付くのが遅れたね、ごめんね」
不安にさせたかい?風に乗せて石へと放った。
「うん、大事にする」
掌に包んで、こぼれた微笑みは少年に向けて。
「指輪も、イド君も、君も」
伝わりますように。
「大切に思ってるんだよ」

指輪は元の場所に納めた。
帰宅したらどこに置いておこう。
これからは責めて悔やむ対象ではなくなる。
今度会いに来る時には最近おえかきに夢中な坊やが描いた絵を持ってこようか。
白い翼が上手に描けているよ。

なんて考えながらの帰り道。

■sideイド

小さな仔鳥は青年の言葉に面食らったように目を大きくさせていた。
こぼれ落ちそうなガラス玉の空色は、一瞬、泣き出しそうに歪んだけれど。
一言二言、口の中で罵ると、気まずそうに青年を見上げてから扉を閉めてしまった。
その頬に少しの赤みが差していた事、彼は気付けたのだろうか。
小さくため息をつき、青年は帰路につく。
二人とも、荒げた喉は痛めてないと良いのだけど。

指輪を納めた胸元を、そつと指が撫でる。
夕の日の光が青年諸共、青々とした畑をも包み込む。
収穫の時を迎えた麦畑を連想させたか。
むしろ、紫に染まった草々や木々の葉は、少女の赤髪を彩るリボンに思えた。

―ごめんね。

風が青年の耳元でそよぐ。
小さな声を含ませて。
青年は驚いた様子で立ち止まり、辺りを見回し誰も居ない事を確認する。
だが勿論、誰かが居るわけでもなく・・・空耳と判断したのだろう、再度歩み始める。

―ごめんね。

風が赤髪をなびかせる。
連鎖するざわめきと共に聞こえた其れは、間違いなく。
間違えようがなく、仔鳥の声だった。
だけど先の棘を剥き出しにしたイントネーションではなくて。
懐かしい、優しい、響き。

「サトライ・・・?」

はっきりと声に出して名前を呼んでいた。
もしかしたら先の仔鳥が追いかけてきたのかもしれないと思って。
もしかしたら・・・かつての彼のような気性を持って。
それでも、辺りには木々と草々と青年の影以外は無く。

―ウーちゃん。

「・・イド君!?」
酷く懐かしい響き。
彼の声で、彼の呼び名で。
もう二度と聞くことが無いだろうと、思ったばかりなのに。

だけど、それっきり。
何度呼びかけようと、何度探そうとも。
返事はただの一言も無く。

梅雨空を間近にした湿った空気の中で。
風は天空に還っていった。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 火の鳥の手紙、又は手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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