2013年03月08日

君の帰る場所




..
「ティーラさん、ティーラさん、何してるんですか?」

昼休憩の最中、手篭傍らに何かの作業に従事している青年が一人。
昼食を終えて珍しくその足で事務所まで上がってきた少女が顔を覗き込んだ。
年齢よりも幼げな容姿を裏切ることなく、普段なら小さな天使とじゃれあったり、アパートの住人に何かと可愛がられている時間帯だったろう。
ここ数日の、青年の顕著な変化に気を使っているのかもしれない。

「クロスか、どうぞ」
「はゆ?
・・・わあぁ、なにこれなにこれ、かわいー!」
隠し立てる事もなく差し出した手篭の中には、鈎針で編まれた幾つものレース刺繍。
今は同じ小花を作り続けているのだろう、純白の中に時折、色あせたような朱や滲むような紺、草木で染めたようなからし色が見て取れる。
「ティーラさん、こーゆーこともできたんですね!」
「元々、故郷の方じゃこういう仕事も少なくは無かったんだよ。
大人の男だったら畑仕事なり狩猟なりに駆り出されるんだが、それより早く出奔したから実はこういう方が馴染み深い。
小物で良ければ、そのうち何か教えてやるか」
「ほんとですか!?
きゃああ、やったぁ!」

ぴょんぴょんと跳ねて全身で喜びを表現するあけどない様に、青年の方も思わず笑みがこぼれる。
ひょんな経緯から面倒を見ている子供だったが、その無邪気さは決して嫌いになれるものではなかった。
元より庇護欲の強い青年にとっては新しい妹のように思えただろう。
しかし戦場では少女自身の身長に匹敵するような大剣を、まるで熟練の戦士を思わせるような剣捌きで易々と扱う。
日常での子供の顔と、戦場での大人の顔。
・・・少年傭兵ならば珍しい話ではないとは言え、それらの持つような『擦れた』様子は一切感じられなかった。
青年の恋人のような、あそこまで極端に子供のまま大人になってしまった存在でさえ見せていた『モノ』が一切感じられない。
そんな摩訶不思議なアンバランスさを内包した少女だった。

「あ、でも何で急にお仕事してるですか?」
内職ですかと首を傾げる様に、違うよ、と笑い返す。
「将来、必要になるかもしれないんだ・・・一生使われないで終わるかもしれない。
それでも俺は作りたいと思ったんだ」
それが俺のシュレディンガーだからね、としめくった青年の言葉には、益々疑問が積もるだけだったのだろう。
特に青年特有の煙に巻くような話し方は、本人からしたら難しいものではないつもりでも、理解され難いことが多かった。
「はゆ・・・?しゅれ?」
「使うって決まったら、そのうち教えてあげるよ」
兄の顔をして笑われると、いつでも少女は青年の言葉に疑問を持たなくなってしまう。
青年が少女の事を大事に思っているように、少女もまた青年の事が好きだった。
そこに恋愛めいた感情は無く、まことの兄妹のような心温まる関係性だった。


青年の故郷は切り立った崖に点在する有翼人種の部族だった。
土地面積の狭さゆえに、数家族単位で転々とした集落を作りながら一固体の文化と思想を持った集団。
厳しい土地柄だったため決して裕福な暮らしではなかったし、外界とはほぼ隔絶された環境だったため強い仲間意識とは引き換えに息苦しさを感じるような時もあった。
しかし環境からくる好奇心の強さ、人柄の温かさは、その部族へ嫁いだ何人かの異人種の女性が証明している。

青年はかつての妻と二回、結婚式を挙げた。
一度目は、彼女の生まれ育った暖かい農村で。
友人や仕事仲間も駆けつけてくれて、村全体を超えた賑やかな一時となった。
二度目は、青年の生まれ育った温かい故郷で。
成人としての儀式を受ける前に出奔した青年にとっては、彼女を連れて帰る事こそが大人に成ったなによりもの証明だった。
その際に残された物が、実はある。
彼女と過ごした農村は、盗賊の襲撃により壊滅させられてしまったため無論、何も残ってはいなかった。
しかし青年の村には彼女が身につけた花嫁衣裳が仕舞われている。

アリアネス・ビンズ・ポット。
アルと呼ばれていた青年の母が身につけていたものだった。

青年の部族には独特の風習が少なくない。
花嫁衣装は全て花嫁が仕立て上げるのも、その一種だった。
女の子として生まれた瞬間、機織から作り上げるその作業を幼少期から始めることが決定付けられる。
一針、一針、紡ぎ上げた糸を染めて刺繍を編んでいく。
一織、一織、紡ぎ上げた糸を通して生地を仕立てていく。
そうして出来た花嫁衣裳を身にまとい、少女達は妻へ、そして母へと身を変えていった。
幾つかの決まりごとの中でも、ウェディングヴェールに関しては、特に異質だったと言える。
花嫁の母が作り上げたヴェールの一部を切り取り、新たな装飾品として作り変える事が慣わしだった。

だから、せめて、そう。
「結婚式、って、・・・したい?」
無邪気に聞かれた、恋に浮かれた顔のまま、無理だろうなって予防線を引いた目元で。
青年がすぐに亡き妻へ思い至る事も、断られる事も承知の上で。
返事に詰まった様子を見て、聞いてみただけと、少し寂しそうな顔をしながら。

まだまだ青年に数えられるけれど、互いにもう若いとは言い切れない年齢になってきて。
有翼人種の青年は、徐々に前線の仕事を減らしていった。
青年の持ち家がある温泉街で受けた自警団の教官という役職も、その一環だった。
そうやって徐々にスライドしていく中で、ずっと親友でもあり恋人でもある半妖の男の行方を気にかけていた。
ブリアティルト大陸で活動するにあたって、暮蒔・・・いや、九支納一族が丸ごと借り受けたアパートメントに誘われて、青年は部隊を組んだ少女と共に拠点を構えた。
三階の大きな窓のある一室を青年、ティーラに。
三階奥の鐘楼へ続く屋根裏のある一室を少女、クロスに。
そして同じ階のリビングを、部隊『マテリアルワールド』の実質的な事務所として借り受けた。
どうしたって近い距離で過ごすようになった。
間の数ヶ月、半妖の男は頭領に付き添って遠い出張に出ていた事もあったが、それでも見えてくるものがあった。

この男は、八珠堂威紺という存在は、九支納の一族からは決して歓迎されていない。
元より保守的かつ排他的な気質の強いムロマチ人種・・・ブリアティルト大陸ではイズレーン人種・・・の中でも、長年の呪縛により輪をかけて異文化との交流を避けていたような一族だ。
十二の歳に出奔し、期間限定とは言え奔放に生きてきたような男は、そのような思想は、一族と言う思想の中では奇異にしか映らなかった。
長年の呪縛からの、長く住み慣れた土地からの開放感は、それでも一族の刺を丸くした。
どうあっても青年や少女のような他人でしかない存在へは、恐る恐るながらも優しく接してくれた。
そうして新たな世界に馴染んでいくのだろう、何代も血を重ねて、何代も血を交えて。

しかし今そこにある八珠堂威紺という異なる思想を持ってしまった身内は、異端でしかなかった。
そのかすかな温度差を青年は感じ取って、しまった。

半妖一族の頭領たる少年、九支納希鈴。
彼もまた異人の血が流れる一族にとっては異端の存在だったと聞く。
姉には見向きもされず、兄には置いていかれ、そんな中で他と違う自分という存在はどんな心細さを生んだだろう。
素直になれないペルソナをかぶっている少年ではあったが、それでもまっすぐに育ってくれた方だと青年は思っている。
その少年に尋ねた事もあった。
まだまだ人間的に未熟な面も目立つが、それでも正論を身上にする性格だったため、青年は倫理的な面に関しては高い信用を置いていた。
返事は、大方予想していたものと差異は無かった。

かつて実姉に何もかもを押し付けて逃げ出した、その罪滅ぼしのように男は一族に身を捧げている。
その様が、青年には少し歯痒かった。
両者の溝が埋まる未来を想像するには、歳を重ねすぎていた。
元より・・・年々、精霊質のマナが強まる少年を見ていて感じていたのだ、この少年と自分たちは違う次元の生き物だと。
夏の盛りの中でしか生きる事の出来なかった一族の末裔を思い出した。
人間のまま生きて死んで行くのだと思っていた存在は、その胸に大きな風穴をあけて異端の階段を駆けあがって行った。
ああいった存在に『成ってしまった』生き物とは、分かり合えないと青年は信じている。
青年自身にそういった素養は無かったが、青年の頭部から生える一対の羽根だけは、その領域の存在だった。
この世の全ての元素となりうるマナを強く感知するアンテナ。
その精霊質が具現化した姿が、歪とも言える頭部の翼だった。

九支納の頭領も、夏山の当主も、別のステージで凡夫には理解できない歌を奏でる存在だった。
青年には受信することしかできない。
だから共感することはできる、しかし理解することはできない。
ましてや半妖の男にそれを求めるのは無駄とさえ言えた。

青年は搦め手を駆使して男の後任育成を約束させた。
この男はどうしたって九支納希鈴を置いて逝く。
その一点に絞って、男が追い求め続けた幻想に終止符を打った。
何よりも願われた、叶えたいと心底から思った、一言がある。
青年はその人生において、何度も手にしては失い続けてきた。


クラナドを。


青年は小さく笑う。
恐らくこの光景を目にした所で何をしているかの察しはつかないだろう。
青年と同郷の人々にしか気付きはしない、気付かれまい。
『たら』や『れば』は胸を痛めるだけの言葉だった。
亡き妻と愛し子との温かくも平凡な未来を思うためだけの言葉だった。
今は、もう、違う。
もし糸を紡いだ先に青年の姿が無くたって、それを継いでくれる魂がある。
一度も故郷に連れて行ってやれなかった娘。
この血が生まれて死ぬ筈だった、厳しくも暖かい土地で生まれた、母が子に分け与えた思い出と言う名の風習を。

託したいと思った。
あの小さなてのひらに受け取ってほしいと思えるものが、初めてこの手の中に、産まれた。
posted by 夏山千歳 at 00:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 火の鳥の手紙、又は手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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