2013年02月24日

蘇生

■共通諸注意
この物語は千歳本筋RPです
本筋RPは全体の流れとして非人道的(具体的には近親間の婚姻、カニバリズム等)な描写、設定が含まれる場合があります(アップする際に冒頭注意として上げていきます)
背後様が在学中の方はご遠慮願います
性描写はありません
道徳の分別、現実と創作の区別のつく方、上記の非人道的描写をエンターテイメントと割り切れる方のみ、御覧になってください

尚、作品中のゲストキャラクター様には、既に確認と了解を得てアップしている事を明記しておきます


千歳本筋RP 第三部:弐話
2013年2月24日筆

嘔吐とグロテスクな描写があります
御注意ください

OP 天門
『想い出は遠くの日々』


..
何時もと変わりない塵の浮いた冬の日差しが部屋を白く染める。
カーテンを仕立て直すために手を動かし続ける午後。
薄い紅茶の香りが充満した私室に青年はいた。
清浄な毎日、正常な毎日。
代わり映えのない事は、平穏無事であるという何よりの証拠だ。
これ以上もない庇護と至福に彩られている。
しかしその中でもう殆ど思い出す事も無かった記憶を、寒さから耐え忍ぶ手慰みに反芻していて気がついた。
恐らく気がついてしまった。
アイスクリームカラーの糸が垂れ下がった針が布の中に埋もれる。

祈るように繰り返された、愛しているの言葉。
愛を与えた、愛を受けた。
それら記憶の全てというものは優しさにはなりえない。
いつか霧の谷を歩くような悲しみの道を往く時も、ずっとあなたの支えになるようにという、それ。
ミルク色の夢ばかりを唱え続けた願い。
それは未来永劫の執着だ。

渇いた風のすすり泣きが脳のてっぺんから急激に侵入してきたようだった。
臓腑の奥からせりあがってきたモノを堪える。
口元を手で覆い立ち上がる。
その術を知らず、ぶちまけられたらどんなに楽だったか。
しかし此処は駄目なのだ。
此処はこんなにも正常で清浄で、何より彼女のテリトリーなのだから。
だから、せめてと、口元を片手で覆いよろけたまま、備え付けのバスルームに駆け出す。
もつれた足の歯車がきしんで転げるようにバスタブにすがりつく。
跪いたまま衝動の箍を緩めれば、ぱしゃりと、床が白く染まった。

その正体を私は知っている。

押し寄せるえずきに逆らうことなく、2、3度と吐き出す。
切望するような呼吸を挟んで、それでも止まる事の無い吐瀉は青年の過去の蓄積だった。
床が白く染まる。
食事だったものではない。
食材だったものでもない。
飲料だったものですらない。
胃液でもない。
血液でもない。
それは血肉になるはずだったもの。
赦しを乞うことすら許されぬであろう、しかし昔日の記憶のヒトツ。

恋をしていたんだ。
足の先から頭のてっぺんまで焦がしつくすような恋をしていた、ずっと昔に。
まだ青々とした果実でしかなかった頃。
確執という言葉さえ程遠く、それ故に触れることの叶わぬ疎外感を覚えていた頃。




私はそして初めて識る。
永遠となった愛は途切れないという事を。
永遠となった呪は終わらないという事を。



彼女の生きていた時代は、一巡りの世界が終わりを告げる秋だった。
当時はまだどうにか人々に活気があって、大陸に感情というものが存在していた。
開放初期よりは確かに衰えただろう。
それでも諦めが蔓延した最後の夏とは全く違う、幼子が飛び跳ねるような愛憎と混沌が入り混じった時代。

鮮烈な恋をした。
好意を注ぐという生易しいあり方ではない。
それまで封印していた、誰かを好きになるという事の激しさを思い出させてくれた。
卑怯な恋をした。
叶うよすがなどありはしないという免罪符ばかりを大切にした。

「あなたの名前は飛翔なんかじゃない」
目の前に女がいる。
黒緑の長い髪、金の瞳を隠す大きな帽子、まろみのある肉体、硬質な翡翠。
金木犀の薫り。
マナの根流に迷い込んだ青年を案内した女だった。
青年と同じ血が流れているであろう。
『そう』
つまらなそうな相槌。
いや、感極まっていたのかもしれない。

そうあることが叶わないのなら、せめて心の葬式を。
ピリオドを打つ行為には、確かにそれまでそこに存在したという証が含まれていた。
だからそっと土をかけた。
今はまだ疼く膿んだ心臓を、とっておきの十字架の元で、沢山の花を散りばめて、眠らせた。
この痛みは私だけのものだから。
流れる時間に意味があったことを証明する、私だけの愛しい痛みなのだから。
そう微笑んで眠りについた、彼女の小さな恋の歌。

「あなたは飛んでなんかいない、飛べてなんか、いない」
何時か視線の端に横たわっていた鈍い光。
縫い付けられた絶望と開放の中で、まことの意味のリリウムを知った。
彼女の眠る土の上で、椿の護る傍らで。
それを拾い上げる。
右手はトリガーに指をかけ、左手は鉛の重さから逃げ出さないように添える。
銃口を彼女に向ける。
「千歳はもうあなたの名前を知っている」
彼女は夏山千歳の親族ではない。
彼女は夏山千歳の祖先ではない。
彼女は夏山千歳以外の人間ではない。

夢幻だとうたえば許される気がした、最も赦していないのは自分自身であるというのに。
それは若い恋だった。
それでも確かに恋だった。

『やっと思い出したのね』
彼女は笑う。
まだ青々とした果実だった頃、胸の奥に秘めた願望。
埋葬して尚、有象無象の世界を彷徨い続けた、行き場を失った不道徳。
かつての夏山千歳の叶わなかった恋。
夏山千歳のアニマそのもの。

「あの時」
あの夢の中、正しくは夢を介して偶発的にたどり着いた無の極地。
そこで彼女と出会った、彼女の名を知った。
「肉の器は既に存在しないと仰った理由は、あなたが故人だったからではなく、私の一人格に相当するからだったのはわかりました。
しかし、あなたは私でありながら、私の未来を知らないと仰った」
自分に名前という呪を望むなら飛翔と呼べと言った。
『そもさん』
間髪いれずに突き放される。
あの時もそうだった、彼女は青年に答えを与えようとしなかった。
そして青年の出した答えが正しいか否かすら、教えようとしなかった。
彼女はたったヒトツを除いて、青年に与える事を拒んでいる。
「あなたは私ではあるけれども、一時期までの私でしかない・・・」
震える唇が紬だす不都合な真実。
「5年前の冬に、あなたは死んだんだ」
生き延びるために蓋をした、パンドラの箱のヒトツ。
「私を生かす、ただそれだけのために。
失われた大陸に生きる夏山千歳という男性を生かすためだけに、あなたは葬られたんだ」

宇宙が生まれてから死ぬまでの中で塵にもならぬような、あの冬の日の数十分。
「あなたの名前は、遺愛・・・あなたは、私が捨て去った、恋だったのですね」
バルコニーで踊った、金木犀の女。

思い出すということは、それまで死んでいたということだ。
しかし死んでいた事と忘れていた事は決してイコールにならない。
死者は悼める、だが忘れていたものを思い出すことは決して無い。
死者を思い出すという行為には理由があった。
ヒトツはまだ生きている誰かを慰めるため。
そして、もうヒトツ、理由がある。
『飛び立ちたかったの。
誰かを好きになるって事は、時には別の誰かの気持ちを踏みにじって、時には全く知らぬ誰かの泣き顔の上に成り立つものだって思いたくなかったの』
翡翠の法衣の下に隠した豊満な肉体。
反して華奢な指先が、自身の細い肩を抱く。
『誰も彼もが幸せに生きられる世の中なら良かったのにね。
何一ついさかいなど無く、手を取り合って平坦な笑みの中で生きていけるなら良かった。
私はそんな世界に飛び立ちたかったの、恋ってそういうものだって、思いたかった』
その絹の下に潜む白い肌を思う。
厚い布越しの柔らかな胸。
拳銃を構えたまま、しかし青年は彼女の髪に顔を埋める。
皮膚の薄い喉元に銃口が埋まる。
あやすように青年の背を撫でる160センチメートルの小さな女。
青年も、そうありたいと願っていた。
やわらかい心にふさわしい、やわらかな体が、欲しかった。

殺してしまえばよかったと今でも思う。
腹を突き刺した、あの感触がいまだ手の内から消えてくれない。
殺してしまえばよかったと今では思う。
視線の端で訴えかける拳銃に手を伸ばす選択肢を放棄した。
安全装置を外す。
今こそ悲願は達成されるべきだと、その時が来たのだと二人とも知っていた。

「千歳も」
そう、もうヒトツ、理由がある。
「恋って、とても美しいものだと思っておりました」
優しさの裏側にある錆付いた打算が自分の中にあるのを知った。
醜いだけではない醜いものを沢山見てきた。
理屈や常識を超えて尚、欲しいと思える欲望の形を覚えた。
それら全てを愛そうと、思った。
『仕方ないのよ』

そんな恋をしていた。
そんな恋を、もう、忘れてしまわねばならない時がきた。

『言ったでしょう、罪が赦される為には弔うしかないのだと』
偽りの忘却によって永遠に縛られた鎖のヒトツを、今こそ捨て去るしか生きる術は無い。
時にそれは余人には理解できぬものだろう。
しかし青年は理解している。
肉体のありどころや存続などに意味は無い、意義はない、異議さえも。
決定事項を覆せるものなど、この世に何ヒトツだって存在しない。
心に決めたものこそが何よりも、尊い。

だから彼女は笑う。

歩き出そう、自分自身が決定付けた未来へ向かって。
青年はようやく蘇生する。
古傷をかき混ぜられた痛みに縋って生きている事を、誰かを好きになれる可能性を実感するのは、もう終わりにしなければならない。
忘れられない墓標は永遠の弔いだから、死んでしまっただけの恋は誰も彼もを苛む永遠の呪いだから。
終わらせなければならない。

さようなら、と彼女は囁く。
さようなら、と青年は返す。
誰にも祝福されない恋だったから、今こそこの手で祝福しよう。
彼女は今日、ようやくまことの意味で死ねる。
この葬儀はようやく終わる。
もっとも大切な事を、もう知っている、選び取れる。
それは。

『あなたが夏山千歳であるためならば』

鉛球が遺愛の喉を貫いた。
ごとり、と。
布地と長い髪に包まれた頭は、大きな音を立てて落下した。



こぽり、と。
食道を這い上がるささやかな抵抗に青年は爪を立てる。
吐いたものが床に叩きつけられる。
喉の奥から最後に生まれた液体郡は、鮮やかな赤色をしていた。

酸素を求めるために荒げる呼吸は酷使された肉体を休ませる。
のた打ち回るように嘔吐を続け、床一面に広がった白い、交じり合う赤い液体の中に横たわる。
雨が降る。
深い緑色の瞳から雨が降る。
ひゅーひゅーと鳴きだす空気の通り道が、これで青年の何もかもを洗い尽くしたとばかりに、武勲を誇る。
消え入りそうな咳は、もう何もかもを落としきったかのように渇いていた。
きしむ肉体とは裏腹に、最早、心は何も感知しなかった。
シャワーのコックをひねる。
肌をさすような冷水から熱いお湯へ、急激な変化が青年を包む。
床中に散りばめた過去の思い出を、あっという間に流し去る。

恋していたんです、恋していたんです、恋をしていたんです。
許されざる恋でした、誰よりも一番赦していなかったのは自分でした。
沢山、心臓を傷めました、沢山、涙を流しました。
過ちだと何度も嘆いた過去だったけれど今はこれだけに包まれて眠っていたい。
そう思い続けた恋でした。
その全てを今、その何もかもの思い出を、あたたかく優しくみじめで寂しいその全てを、吐き出してしまいました。
もうこの身体に、懐かしい恋の形跡は何一つだって残っていやしない。
温水は赤と白を巻き込んで排水溝へと流れ去る。
今こそ長い旅に出る。


幸せでした、ありがとうございました。
もうこれで忘れられます。


滲む視界、誰もいないバスルームの中。
もういない筈の遺愛は、そう笑って、ゆっくりと頭を下げる。
花が倒れるような動作だった。
青年も少しだけ笑い返して目を瞑る。
どんなに慈しんでも、全てはとうに自分の手ではままならぬ忘却の彼方。

横たわった青年の視界に白い足首が見える。
向かって右側には緑色の宝石のついた金の足環が光っていた。
『千歳』
知っていた、少年がどうしてそこに居るのか、少年がどうしてここに留まるのか。
「井、戸・・・」
少年はもう選択をした、そして決別をした。
空蝉宮乃井戸。
たったヒトツの恋に縛られて、その生涯を閉じた少年は、かつて恋をしたあの人と話をするために存在していた。
もう一度だけ、あの人と話したい、ううん、一目見るだけでいい。
あの人に逢いたい。
その願いのためだけに存在し続け、夏山千歳に庇護を乞い、ティル・ラー・ポットに存在を繋ぎとめるための金輪を預け、親友を裏切り親友を見殺しにし、それでも生き延びてきた。
そうして・・・そうしてやっと、その願いを叶えるに至った。

かつて少年は言った。
『風が往く先は、きっと黒曜の居る世界だから。
千歳なら俺の魂を介して探る事も出来るよね』
願いを叶えるその日まで、存在を保つ協力を乞う代わりに、自分の魂の死を利用しろと言った。
この時、少年はまだ具現化の力を得てはいなかった。
そういった魔法があることすら知らなかった。
少年と青年はヒトツの策を組み立てていた、最上の結果は誰も何も失わずにすむ方法だった。
誰もが夢見た世界、めでたしめでたしで終わる物語。

しかし言葉は言霊となりて魔法に成る。

少年がそう言った時から、おそらく少年の未来は既に決定してしまっていたのだ。
少年はどうあっても青年のために消滅しなければならない。
『良いんだね?』
青年はどうあっても少年を生かしておくことはできない。
「はい」
それはパズルによく似ている。
『こんなことに所詮、意味など無いんだよ』
ピースをはめ込む。
「それでも、良いのです」
終わりゆく世界へ歌を歌う。
完成と終わりは同意語だった、どんなに血糊に塗れようとも出来上がったものが美しければ、それまでの過程に意味など無い。
意義も無い、異議さえも。
その絵が完成する時に、本当に大切なものだけが手の内にあればいい。

少年は、横たわったままの青年に手をかざす。
「―――――ッ!!」
ごきん、と鈍い音が響き渡った。
青年は小さく丸まり、腹を抱えて悶絶する。
絶叫する。
吐血する。
少年が反対の手をかざせば、もう一度、ごきんと青年の腹の中で音が鳴った。
舌の代わりに袖口を噛み締める、溢れる涙はとめどない。
鳩尾の少し上、身体の中心から背中を伝い、脳のてっぺんから足先まで痺れるような痛みの信号が駆け抜け続ける。
冷え性の青年にとっては、降り注ぐシャワーの温度を越える毒のような熱は官能的であり残酷だった。
皮膚はどこをとっても表面が焼き切れそうなのに、内臓は氷のように急速に冷えていった。
血管から流出するのがわかる、鳩尾の少し上から。

少年の両手には、それぞれ一本ずつ、置かれていた。
白く細くまろみを帯びた半月型。
規則正しい法則性の従った造形は、その薄さも相まって繊細な美を生み出している。
滴り落ちる赤い雫が、確かに直前まで青年の身体の中に納まっていたことを示していた。
右の手には右の肋骨、左の手には左の肋骨。

『これが望んだものだよ、千歳』
痛ましげに見下ろす青年を包み込む白い獣。
白妙姫が現出する。
冷え切った身体を打ち付ける水音の合間で、次第に青年の呼吸が穏やかなものになっていく。
手順を踏まない摘出は大きな負担をかけただろう。
失った血液は日々の中で生成するしかないし、失った肋骨が再生する日は二度と無い。
それでも白妙姫がいれば青年は死なずに済む。
治癒の術を行使するためには血液がいるが、吐血した分量だけで足りたのだろう。
劇的な回復の中で、青年の意識は闇に足をかける。
『これが千歳の最後の―――だよ』
一対の肋骨は少年の手の上で塵となる。
握られた白い両手の中には、一本ずつの鍵が握られていた。
右手には深いオレンジ色の宝石、左手には澄んだ青色の宝石が、鍵の頭にはめ込まれている。
『これでいいんだね・・・もう、これだけで、いいんだね』
少年は寂しそうに微笑みかける。
青年は、うん、と小さく頷く。

愛が。
終わらない愛だけが、あればいい。

青年はようやく選択した。
日の目を見ることの無いただ一人の完結の中で、それまで胸に秘めていた恋に別れを告げた。
歌が聞こえる。
その全てが青年を祝福する鎮魂歌。
何かを切り捨てて、何かに純化していく、そういった生き方を選んでしまった青年へのファンファーレ。
歩けるようになる頃には、世界はきっと春になる。
目を瞑る。
雨音に良く似た子守歌の中で、少しばかりの眠りにつく。

閉じた歴史の裏で一対の永遠は続く。




(了)
posted by 夏山千歳 at 19:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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