2012年08月31日

終章 夢のような日々の中

OP Kalafina
『君が光に変えて行く』


..
活きたいと。
生きたいと。
これまでどうにか足掻いてきた。
ずっと死んだように生きてきた中で、生きることの意を問うてきた。

国家という枠組みにあって、そこに身を投じることこそ充足と定めた人も居た。
己の目指すものへ愚直なまでのまっすぐさで突き進む人も居た。
日々のありふれたようで何一つとして同じものが無い時間の流れを愛する人も居た。
恋を以って愛を知ることにより誰かを護りたいと思う人も居た。
一瞬のきらめきを掬い取り一年に一度の大魔法を成就させるべく奔走する人も居た。

美しいものがそこかしこに散りばめられて、胎動に耳を傾ければ相応以上の力強い産声に、何度も立ち会った。
何度もその恩恵を受けた。
暖められたような気が、した。

冷たい水底から見上げるきらきらに満ちた美しい謳歌。
どうしようもなく遠いそれに憧れた、私もそう活きたかった、生きたかった。

行きたかった。
とめどないほどの光の中に、行きたかった。
暗い暗い水底に沈んでいくのは怖かった、冷たく柔らかいものだけが私を包み込んでいく。
この心には欠けた部分があって。
そのせいで光に満ち溢れた大地に行けないんじゃないかって、完成された心こそがその扉を開く鍵じゃないかって。
まるでお使いに出かけた子供が道に迷ってしまったような絶望感と心もとなさ、寂しさの中で、途方にくれた。
何度か壊れてその度にかき集めた心を、組み立てなおして体裁を整えた。
つつけばまたぱらぱらと欠片が落ちる、そのひとかけらひとかけらを拾い集めて、丁寧に戻して、たまに癇癪をおこして自らの手で叩きつけるように壊して。
そうして、また、拾う。
けれど、何をどうしたって、パーツは揃わなくって。

もう。
楽になって良いだろうか。
沢山の人が愛してくれた、途方も無い程に大事にしてくれた、この心を。
こうして粉々になるまで叩き壊した、この、罪深き魂を。
眠らせて、良い、だろうか。


ねぇ、君。
届かなかった――さえ天啓なのだとしたら。


手には一振りの剣。
各所に百合を模した純白のそれを、一回転させて持ち変える。
細く長いそれの柄を掴むには、いくら成長に恵まれた身とは言え、この腕では足りない。
だから刃を掴んだ、切っ先を心臓に向ける。
目を瞑る。
世界が終わる音がする。

「・・・馬鹿」
風に溶けるような声が、肺の奥から絞り出される。
「馬鹿、馬鹿、馬鹿ぁ・・・、・・・・・馬鹿、ぁ・・・」
強く握った手から純白へ伝った血が、長く着慣れた白い南東和風の服に染み込む。
私の血は、こんなにも赤い。
「あの時、私が、書いたのは・・・ッ」
こんなにも温かい。
「わたくしが、・・・っ・・・・・!」

何も他の人間と変わらない。
当たり前の肉、当たり前の血、当たり前の心臓。
当たり前の心を持った、私は、ありふれた当たり前の人間じゃないか。

「馬鹿・・・ばか・・・・・」

当たり前の。
叶わなかった願いに泣いてしまうような、あまりにありふれた、あまりに当たり前の、儚い人間じゃないか。
漏れ出す嗚咽は次第に大気に張り上げられて、声無き慟哭が響き渡る。

悲しかった。
どうして一人だなんて思い込んでしまったのだろう。
悲しかった。
どうして差し伸べられた手を振り払ってしまったのだろう。
悲しかった。
どうして死ななきゃならないと、思い込んでしまったのだろう。
悲しかった。
どうして光の世界に住む人とは違う、光の世界に住む人とは解り合えないと、信じ込んでしまったのだろう。

いつも最善だと思える選択をしてきた。
転がり落ちる闇の中で、それでもその中で手を伸ばせる光に最も近い選択肢を、選んできた。
その結果がこれなのだから果てしなく自業自得でしかない中で、同時に、勘違いをした。
私はそうあるべき人々とは違うから、そのステージに立てないのだと。
光の中にある人々と同じように生きることは出来ないのだと、努力を放棄した。

悲しかった。
もっと我侭を言えば、良かった。

ならばもう片手の甲で顔を拭う。
それでも、たったヒトツの明確な後悔を残しても。
これが夏山千歳の人生だったんだと、私は、私に納得する。
私は、私を誇りに思う。
今まで出会った全ての有象無象へ、愛のままに、愛を込めて、生きてきた。
だからこれからは、たった一人のファンファーレを、捧げよう。
私は初めて、私のためだけに祝福を贈る。

剣が、心臓を、貫いた。






竜が目覚める。
その口元は薫り高い血に濡れていた。
地面に横たわるのは、あのオレンジ色の光の中で自分を抱きしめてくれた人間だった。
すうとした爽やかさとどこか秘密を含んだ香り・・・ラヴェンダー・・・の柔らかい身体から、この脳髄を蕩かせ夢中になってしまうような危険な薫り・・・金木犀・・・の薄く大きな身体に、自分は手渡された。
うたた寝をしていたのだろうか、そこからの記憶は無い。
辺りはいつの間にか夜だった。
それでも、しかし何とも不思議に思う。
とても大きな身体だった筈なのに、今、目の前に横たわる人間はとても小さい。

『・・・馬鹿だ』

大気を震わすこと無く発せられた声の方に顔を向ける。
麦穂色の長い髪、蒼穹の瞳、純白の羽、足首には金の飾り。
空色の着物を身に着け、やせ細った少年が、羽ばたくことも無く宙に浮いている。

『生きたいって、願ったくせに、約束を、した・・・くせに、馬鹿だ・・・』

平然としているような見た目に反して、その声はノイズが強い。
きっと肉体を持った存在だったら汗みずくで、息切れをし、立つこともままならないほどに憔悴しているのだろうと解った。
この少年・・・いいや、この精霊こそが、空蝉宮乃井戸。
全ての有象無象に許しを与えることにより、世界線への現出・・・具現化・・・を成す魔法を得た、存在だった。

『君が、青匂師、だね』

視線が合う。
頷く。
そう、自分の名前は青匂師・・・どうして知っているのかは解らないけれど、この魂に刻み付けられている。

『俺が、彼の大事なもの、と、引き換えに、彼の時間が止まることを許した、から・・・だから、青』

そこに自我は無く、そこに意志は無いまま、この数年を青年の中で生かされてきた。
脆弱な身体は脆弱な魂のまま、小さく膝の中で丸まっているだけだった。
筈なのに。
見下ろした自分の身体は、すっかり大人の竜のそのものになっていた。
羽には四季折々の花がたわわに咲き誇っている。
息をするだけで苦しかった筈なのに、今は思いっきり深呼吸をしても、気持ちが良いだけだった。
尾を揺らせば、重いはずのそれは軽々と地面を打った。

『彼を、連れて、行ってくれない、かな。
・・・不思議なものだね、もう駄目だって思っても、手を差し伸べてくれる人は、いるもんだ』

小さな身体を見下ろす。
その顔に頬を摺り寄せる。
血の匂いがした、しかしそれは心臓を貫く剣のせいでは無い。
青年の右耳は引きちぎられたように、無くなっていた。
その肉片は、この大きな身体の中に、納まっていた。

『俺も、俺・・・も・・・少し休んだら、向かうよ・・・だから青、夜明けの方向に向かって、飛ぶんだ』

あぁ、ようやく理解する。
自分はこの小さな身体の庇護から解き放たれて尚、この小さな身体を護ろうとしたのだ。
契約と共に全てを失ったと思い込んだけれど、こうして、確かに残ったものはある。

『さぁ、飛ぶんだ』

小さな身体をそっとくわえる。
その髪には、自分からしたら点のようにしか見えない、小さな小さな蝶がいた。
極上の青を持つ妖精・・・水紡士・・・がいた。
羽を動かす、空気を含む、辺り一面に風が生まれる。
飛び方は知っていた。
目指す先は東の海上をゆく船の上。
初めて飛翔する。
なんて気持ちが良いのだろう。
崩落しゆく神の加護を尻目に、この身は大空に解き放たれる。


何もかもを忘れてしまったって、確かに残る永遠があることを知った。
この愛だけが、確かに残っていた。




ED後 Kalafina
『seventh heaven』


オールド大陸編 了
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 終焉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック