2012年08月29日

第二章 永遠の夏の山




..
―――36:30

『癒』された傷は、数時間も立てば元通りの肌に馴染むようになった。
浅い眠りに付いた午前。
覚醒した意識は、深いまどろみから抜け出せなくて不快な事この上無かった。

二十分ほど起き上がれずにいてから、ようやく輸血を受けていることに気付く。
傷自体はさして深くは無かったが、出血を放置していたのが悪かったと見える。
そのまま見慣れた木目の天井を見詰めていた。

無駄だとは思わなかった。
まだまだやることが残っている、詩歌の発表に虚典の解散式、国外社交場のことや、渡したいものもあるし残したいものもある。

「・・・起き、なきゃ・・・」
資料は確か文机にある筈だ。
ルディ嬢から一覧は頂いた、カナンに連絡を取って。
そうだ、国内の情景を写真に残しておこう、それから、それから。
「・・・・・あ・・」
起き上がろうとした腕が身体を支えきれず、床に崩れる。
震えていた。

やるべきことが残っている、今。
それを終わらせたらどうするつもりだと言うのか。
答えは明白だった。

「駄目、ね、・・・だめ・・・」
駄目になりそうな心を支えることにも飽きて。
好きなようにありなさいと奔放に投げ出したとて、届くことが無かった。
元より。
必要があったのだ、それを早めただけに過ぎないと、私で私に言い聞かせる。
あかり窓の下に目を向ける。
そこにあった筈の文机は無くなっていた。

どうあろうとも引越しの準備はしなければならない中。
慌てて困ることの無いようにと、数日前から身辺整理を始めていた。
とは言え、家具は殆ど城の備え付きのもので、大物に値するのは指折り数える程度のもの。
それらは全て故郷に送っていた。
夏山のマナをひたすら受け続けた家具だなんて呪いの品も良い所。
しかし上等な品ばかりだったので捨てるには忍びなく、生家でなら適切な処理を施してくれるだろうとの算段だった。

「・・・・うん」
ようやく起き上がる。
衣服や装飾品の半分ほども生家に送り届けていたため、今日は残った思い入れの深いものを処分する作業が残っていた。
孤児院に送ることが出来れば一番だったのだけれど、とため息をつく。
愛したものを焼き捨てるために立ち上がった足取りは、酷く重いものだった。


―――29:46

呼び止められる。
チケットを、手渡された。


―――26:07

あぁ、もうすぐ24時間を切る。
たった24時間と少しで、この大陸は永遠に神の庇護から外される。
約束を守りたいと思った、果たしたい、叶えたい。
存外、多くの約束を果たすことが出来た、叶わないだろうと思っていたものほど、叶う機会を与えられた。

もう一度だけ、アクサスの海を見たかった。
私の怠惰のせいでその願いは、約束は、叶わなかったけれど。
こうして呪竜を屠った両腕を見詰めるたびに、あの選択には意義があったのだろうと思う。

あと何度、あと何度、奇跡は起こるかな。
明日に残るだろう作業を指折り数える。
家の中のものは殆ど処分を終えた。
がらんとした部屋は私の胸の中に良く似ているように感じた。

心の欠けた部分を、探して。
たどり着いた答えがこれかと、緩めた口元は穏やかな笑みだった。

明日も晴れるかな、明日も暑いのかな。
夏が終わる。
私の季節が、過ぎ去っていく。
夏の盛りはいずれ秋の実りに、冬の眠りに、そして春の芽吹きに連なる。
私はそれを認めようとしなかった一族の末裔。
永遠の夏の山を追い求め、しかし盛者必衰の理に逆らうことは成らず。

あぁ、うん、きっと。
明日は死ぬのに、とても良い日だ。
posted by 夏山千歳 at 06:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 終焉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
練り上がったみれば冗長な『回想』になってしまいましたので、
勝手ながら別紙をご用意させて頂きました。
もし宜しければ、アドレスからご覧下さい。


愛を籠めて。
Posted by カナン at 2012年08月31日 14:17
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