2012年06月19日

花の眠り 了




..
夏山千歳は、少し幼くなった。

喋り口調が以前よりも明らかに子供っぽくなった。
理屈で丁寧に説明していたものを、そうしない事が多少増えた。
好々爺じみた笑顔には、いとけないものが混じるようになった。
人との接触を好む性質だったが、それに対して躊躇する事が減った。
発音がたどたどしくなると、恥ずかしそうに袖で顔を隠した。
彼の中の矜持と呼ぶにふさわしいものが壊れきった結果、周囲に対して以前よりも素直になった。

白刹はそんな千歳の様子を、目を細めて見守る。
千歳の中でどんな変革があったのか、白刹にはわからない。
どうして得体の知れない巨大なものと『契約』を交わしたのか、どうしてその必要があったのか、どういう心決まりだったのか。
それでも寝覚めて涙を零した、千歳の魂のあり方・・・変わらぬ心のあり方に白刹は安堵した。
ちーちゃんは家族だからよ。
それだけが理由の全てであり、そこに至るまで積み重ねられたものが、その全ての正体だった。

それでも千歳はよく眠る。
花の供給だけでは追いつかないと自覚している時、自ら暗闇の世界へ意識を落とす。
その髪を撫でる幼子のもみじ。
「ゆーい、ほら、風邪ひくぞー?」
障子が開け放たれたまま、布団も敷かずに眠りこける千歳の傍らには、静かに座る唯の姿。
唯自身は知らないが、かつてこの少女を千歳の養女にするという話もあった。
兄や姉の存在に負い目を感じているようにも見えていたから。
千歳が大陸を離れる時、夏山の実家に連れて行くのも道のヒトツだと、ほぼ決まりかけた話だった。
「白刹様・・・大丈夫、です」
「ほっぺ真っ赤じゃんよー、うりうり」
「きゃっ、ふふ」
持参した二枚の毛布の内、一枚を千歳にかけてから、もう一枚で唯を包むように後ろから抱きしめる。
睡眠とは違う『昏倒』に陥った千歳はそうそう目が覚めないと二人とも知っていたので、その声は潜められながらも遠慮は薄かった。

むしろ二人とも一刻も早く起きて欲しい、と願っている。
縁側から差し込まれる鈍色の光、モノクロームな世界を彩る椿の緑赤、春の訪れを予感させる木々の芽吹き、冷たい風、しかし身を縮込ませる暴力的なものではなくて、厳しくて清々しい。
季節の変動を、共に見つめていたかった。

「じゃー、お茶淹れてくっからさ、唯と俺とちーちゃんの分。
おやつも、こっそり持ってきちったから、怒られっかもしんないけど、三人でおやつにしようぜ?」
背中にあたる父親代わりの人の体温と、指先にともる母親代わりの人の髪の感触。
目を瞑る、その気持ち良さ。
千歳様にも知って欲しいと思った。
彼の眠りの最中も、こんな染み渡る幸福に包まれていれば良いと思った。
愛する景色に囲まれて、愛する人の腕の中で、寂しいことなんで何一つない世界。
大人は皆、それこそが一番贅沢で難しい願いだと知っているから、諦めてしまうけれど。


祈った、彼に優しい花の眠りが訪れますように、と。


もうすぐ春が訪れる。
だから寒くても、障子を閉められないでいる。




(了)
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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