2012年06月16日

花の眠り 漆




..


慶びも悲しみも。
安寧も羅利も。
共にありたかったが、それは叶わぬ道理なのだと思い知った。
寄り添う温かさ、虚しさに、脚がすくんだ。

多分、そうだね。
嬉しく感じたそのやわらかさに突き刺さるものと同じ分量だけの、悲しさを覚えた。
あまりに永く、永く続いたから、それがつまり等分なのだと理解するより他は無かった。
幸福感は、満腹感は、ひどく尊い。
当たり前のように享受をし、過ぎ去っていく日々は全てが唯一無二の代物だと怯えていた。
同時に、そこでは決して満たされることの無い寂しさを、覚えた。

失うことには耐えられた。
親交の深さ浅さには関係なく、それぞれが唯一であるものを、もう何度も失った。
これが最後だと思いながら重ねた時間の分量だけ、身を、心を、ねじ切られるような痛みに襲われた。
でも生きてきた、ここまで。
癒えることなど無いと思っていたぐじゅぐじゅの傷口には、いつの間にか瘡蓋が出来てきて。
その存在を許しがたく何度も何度も指を突っ込んでも、乾いていく、ケロイドになれとねがっても、癒えてしまう。
とめられる筈も無く、時は私にとって傷薬でしかなかった。

だから失うことには耐えられた。

でも気付いてしまった。
一秒を重ねるごとに、本懐を遂げる時は決して訪れないのだと思い知らされた。
叶うよすがの無い願いが心の奥底で産声を上げた瞬間。
時の流れは幾万のナイフに身を変えた。




「鉱石は」
「弱いな、魔力の蓄えとしては十分な媒体だが、生命力となると曰くつきのものでなければ話にならん。
呪術に呪術の上書きになる」
「この着物は」
「身に付けるものは悪くない線だが、そうなると材料から作り出した方が早い。
ユニコーンの尾、不死鳥の羽、鯨のひげ・・・霊獣の神経系、隋を固めた石でも良い、が今すぐの処置にはならん」
「香炉は、ちーちゃんがこっち来る前から愛用してたっていう」
「中に術式を込めた香を置けば使えそうだな、が、それにも準備がいる」
「ってことは煙管も同じようなもんなのか」
「そうなるな、素材に霊的な力の宿るものがあれば良いのだが」

セシュウスが仮眠を取っている間にかき集めた千歳の私物を、二人はヒトツずつ検証していた。
衣類や装飾品の類は増えたが、基本的に物の種類を増やさないせいもあってか。
時間はあっという間に過ぎていく。
ついには鞍や帯、家具にまで手を広げるがそうそう見つかるはずも無かった。
「じゃあ、羽飾り・・・ってのは」
「悪くは無い、が、数に限りがあるだろう」
白刹のため息が部屋を支配する。
「・・・ちーちゃん、今までよく持ってたよな」
二人に諦める気は無くとも、疲弊は確かに蓄積される。
急場しのぎのものさえ見つからず、目の前の身体は一秒ごとに死に近づいていく。
今日、明日にどうにかなるわけではない。
しかしこのままでは再びの目覚めさえ保障されていない。

白刹の一言は、あまりに素朴な疑問だった。
その独り言じみた問いかけに、セシュウスは珍しく黙りこくる。
自分自身の興味さえあれば、他人が聞いていなくとも語り続ける自己完結型の性格をしているというのに。
怪訝に思った白刹が落としていた視線を向けると、そこには仏頂面の中に戸惑いを隠す男がいた。
「旦那?」
「・・・魂のありどころとは、まともなあり方をしていれば日々補充されるものだ」
堰を切ったように独特のマシンガントークが開始される。
「食事を取る、睡眠をとる、湯水に浸かる、土や草木に触れる。
呼吸をするだけでも身体はマナを、マナが生み出す生命の力を取り込む。
対象が生きているものであれば、その要素はその分だけ大きくなる・・・それが力を行使することを覚えた知的生命体であればどうなるか、わかるか」
歯切れの悪さはあるものの、何時もより早口なため、時折どうしても聞き取れない。
「え、えー・・・ってことは、つまり・・・・・・・どゆこと?」
「補充をしたことがあるのだろう、肉か血かはわからぬが。
それが今までを繋いでいたと考えられる」
そこまで言い切り、傍らの文献をぱらぱらとめくる。
口の中で何事かをぶつぶつと呟いていたが、思い立ったように書を閉じた。
「こいつの血と、何か植物を持って来い。
生きているものでなければならん、鉢のもので選べ」
「は?あ、わ、わかった・・・ッ!!」
セシュウスの声に力が灯ったことを感じ取ったのだろう。
つい先ほどまで屋敷中をひっくり返していた疲労も吹き飛んだように、白刹は走り出した。

その足取りには希望があった。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック