2012年06月14日

花の眠り 伍




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研究室に幾重もの魔方陣が浮かぶ。
色の統一も大小の揃いも無く、食器棚の皿のように重ねられたもの、歯車のようにかみ合い回るもの、外の円から中央へ現在進行形で描かれゆくもの、様々だった。
どれも薄暗い研究室では鮮やかに発光している。
セシュウスは魔方陣に触れる事無く、水鏡に浮かぶ幾つもの文様を操作していた。

曰く、在るべきものを司る器官に直接触れるべきではない、らしい。
患者の精神を汚染する可能性も高いが、寝台の青年の場合はこちらが汚染される可能性の方が高いと言う。
感染型の呪術をかけられた場合に備えているのもある。
だがそれよりも危惧すべきは、千歳の血筋にかけられた呪いにあった。

夏山に生れ落ちた存在への。
そして夏山という存在の血肉を大量に摂取したものに・・・人肉を食らったものへの。
他者を食らい続けてきた夏山家、そして、その夏山を食らい、因果の輪廻を繰り返す者への。

「断裂している、は正しい表現だったようだ。
不規則だが確かに魂の所在が所々、途切れている。
失われたその量を現世風に言うのであれば、真半分」
体の上の鉱石の、明滅の差は一目瞭然だった。
どうやらマナの流れを視覚化するための装置らしい、が白刹には真意が読めない。
その表情を察したのか、それとも元々そうなるだろうと予想していたのか、呆れた響きを隠しもせずに説明を続ける。

「元々こいつの魂は五匹の精霊と融合している箇所があった。
一口分、噛み付く程度のものであれ、それが五つ分。
精神へ大いな負担があっただろうが、肉体への影響はほとんど無い程度のものだ。」
机の片隅で籠に盛られていた林檎を取り、鼠がかじったような量をナイフで削り取る。
瑞々しい果肉が顔をのぞかせ、香りだけで甘いと判る果汁が滴った。
「生まれつき複数の魂を持つ者や、途中で魂を分割させる者も決して少なくない。
しかしその者達の魂は生きていることで補充されてゆく。
全てを構築するマナによって、外から、内から。
こいつにはそれがない、だがそれは決して補充されないという意味では無かった」
切り離した果肉を、元の箇所にくっつける。
無論、元通りに修復されることは無い。
だがそこにはシルエットだけなら欠損の無いヒトツの林檎があった。
「こいつが契約し使役する精霊達によって、こいつの魂は預かられている。
こいつが奴らの魂を預かっているように混濁しながら分離している。
決して同化することは無い、しかし決して離れているわけでも無い。」

繋ぎ合わせた林檎の繊維が絡み合うように、それは一見したら強固な口付けにも似ている。
生理的な嫌悪感に白刹の肌がうずく。
奥歯の噛み合わせが悪くなったような錯覚さえ覚えた。
「・・・つまり、どういうことなんだよ」
長々とした独壇場から眠っている千歳に視線を移す。
「元よりこいつの領分が欠けていながらも日常に支障のなかった魂が、そうでは無くなったということだ。
ある時期を境に、こいつの『気』が薄くなったように感じていた。
憶測するなら昨年末」
魔方陣が消失する。
唐突過ぎる暗闇は、光に慣れていた目にとって一寸先をも映すことは無い。
元は鳥の身であった白刹ならば尚更、その闇は深い。
薬品の臭いが強い室内では、淡々としたセシュウスの早口だけが情報の全てだ。
「眠りの術では叶わぬと、何度も忠告した。
魂の置き場所が不安定な癖に、その魂を抱えた精神で持ってして夢遊の世界を渡り歩くなど愚の骨頂。
黄泉の国のものを口にすれば二度と現世へは帰れぬと解っていて尚、こいつはそれを実行した」
声色に変化は無い。
しかしその心は震えていた。
深く静かな怒りと、届かなかった手に、打ち震えていた。
「既にムーンの証言を得ている・・・はっきりした。
こいつの失われた魂の半分は『何か』に差し出した結果、差し出した領分を補充される事も無く、その『何か』により捕らえられ続けている。
そのため現世においての、こいつの魂は真半分を失ったまま残りの魂も、引っ張られ始めてしまった。
馬鹿者が・・・」
押し殺した声が途切れて、部屋の中を沈黙が包み込む。
ようやく慣れてきた白刹の目は、ぼんやり浮かぶセシュウスと千歳の白い肌を呆然と眺めていた。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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