2012年06月13日

花の眠り 肆




..

城の地下にはセシュウス用の研究スペースがある。
その一部の書庫には度々、千歳も出入りしていた。
古今東西の神話、伝承、禁呪。
千歳の研究テーマは一貫していた。
死後の世界にまつわる事。

「魂が薄れてる?」
「そうだ」
研究室の一角、仮眠用の寝台に千歳は寝かせられていた。
白い胸元ははだけられ幾つかの鉱石が置かれていた。
明滅する、頼りなく。
「そも人間というのは精神を介し肉体に魂を宿す事で、その生命活動を得る。
怪我、病気、老衰、肉の存続に支障が出れば死ぬ。
ならば魂の存続に支障が出たら、どうなると思う?」
「まさか、死・・・」
「そこまで短絡的な結論には至らない」
薄暗闇の中、はっきりと青ざめた白刹を睨みつけるように見た。
千歳の呼吸は安定している。
日に当たることが無い為、真っ白な肌を、血が通わない為に更に白い指がなぞる。
「が、可能性も無いわけでは無い。
少なくともまともな『在り方』は期待できなくなる、俺のようにな」

セシュウスは死体と蛇を合成したキメラと呼ぶに等しい存在だった。
誰がどういった目的で施術されたのかはセシュウス本人にも知る由が無い。
が、ここにある事に意味と意義を見出し、余生と呼べる今を楽しんでいた。
「こいつの肉体も精神も、異常は無かった。
魂の存在だけが薄れていた。
精神と呼ぶバイパスに欠陥が出来て、魂が薄れるのは理解できる。
だが、そうではない。」
抑揚も無く早口に告げる低い声は、セシュウスの常だった。
しかしまくし立てるような喋り方は、あまりしない。
そもそも必要が無ければ口を開こうともしない。

胸元から喉、顎へとなぞり上げた指先が千歳の唇に辿り着いた。
渇き気味のそこを、そっと開く。
「魂が減少している様子では無い、補充される様子も伺えない。
まるで表と裏がひっくり返ったように、あるべき場所にあるべきものが見受けられない。
その理由は・・・恐らくこいつ自身が知っている」
人差し指と中指に挟んだ爪ほどの大きさの輝石を、慎重に差し入れた。
その状態のまま、セシュウスが口の中だけで何かを唱える。
暫くそうしていれば、胸の上に置かれた鉱石の光りが強まりだす。
一度強まれば沸騰した湯のように、すぐに力強く発光した。
唇の中から輝石を取り出す。
差し入れる前の輝きが偽りだと言わんばかりに、墨のように変色している。
「マナが枯渇しているか、いや、断裂している、のか」
軽く力を加えただけで乾いた粘土質の土のように崩れ落ちた。

「水鏡を用意しろ」
「セシュ、ウス」
「今すぐに死にはしない」
身体の上の鉱石が別のものに取り換えられる。
先ほどより小さいものが殆どだが、その数は増え臓器や間接を重点的に散りばめられていく。
「明日になろうが明後日になろうが、死にはしないだろう。
が、一ヶ月、半年、一年先の保障はできない・・・『何』が『どう』なる前に、肉体が衰弱し、死ぬ」
重くため息をつく。
再び、血の気の薄い唇をなぞる。
「眠りの呪詛なら、キスによる解呪が順当なのだろうな」
しかし自らの推察が希望を裏切る。
そんな単純なものであれば良かった。
あの娘を呼びつけるだけで済むような話であれば。
ばたばたとした足音に、深い苛立ちしか感じなかった。



狂い死ぬのか、と笑われた。
それは、そうあることは一度として無かったのだという証明だった。
怨嗟の声が胸中からあふれ出る。

どうして。
どうしてどうしてどうしてどうしてどうして。

いくつもの疑問符は、行方の無い自問自答は、渦を作る。
氷解することのない咎を生んだ、それらは全て修羅となった。
心許した分だけ憎んだ。
許しがたい罪状を抱えて心臓から侵蝕する叫び声が、私の中に鬼を生んだ。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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