2012年06月12日

花の眠り 参




..

腕の中の身体は静かに意識を失い、常より重い。
「どういうことだ」
ばたばたと走り寄った白刹が千歳の様子を検分している。
息はある、脈拍も穏やか、顔色が悪いわけでも無いし、怪我も無いように見える。
白刹の態度は落ち着き払っていた。
「ちーちゃんは時々、すげー沢山寝るんだよ。
夢を介してのこ、こうかん・・・?なんだっけ、よく思いだせねーけど、よくあることなんだけど」
「それは知っている」
セシュウスの横槍を受けつつ、その表情は晴れない。

そう、ただ何の前触れも無く、眠りについただけのようにしか見えなかったし、事実それに近いのだろう。
「こんな風に昏倒する事も、よくあるのか」
「無かった」
見守っていた子供達を暖炉の前に集めてから、太雅に指示を出す。
無言で頷いた太雅はチェストから水の入った小瓶を持ってきて、部屋の四隅に置いてあった水晶に一滴ずつかける。
仄かに光りだす、清浄な力で隔離される、結界が起動する。

「必ず準備してたし、俺に伝えないって事はまず無かったんよ。
結界の維持の必要もあったから」
慣れたリビングの空気が、あまり居心地に良いものではなくなる。
いつぞや千歳が用意していた理を強く覆す結界ほど、強力なものではない。
それが部屋と廊下を丸ごと入れ替えてしまうような無茶苦茶なものだとすれば、こちらは扉を閉めただけ。
外からの霊的な干渉を防ぐだけの代物だ。
しかしそれに特化してしまえば、それは純粋で強力な結界となった。
「つまり準備も何もない現段階において、こいつをそのまま放置しておくのは危険と判断したわけか」
「あぁ、こんなこと初めてだ」

隅のヒトツから甲高い音が鳴る。
急ごしらえの代償か、長く使われた結果か、大きなひびが入っていた。
元は友人から贈られた雪片水晶と呼ばれる稀少な代物だったと言っていた。
それを結界に使用する辺りが千歳らしいように思える。

ひびの入った音が引き金となって、遊陽と唯が泣きじゃくりだした。
豊かな気質故か、それとも扉の外の悪意ある何かを感じ取ったのかもしれない。
ひとまず千歳を抱き上げてソファに寝かせる。
遊陽は太雅に任せておけば間違いないだろう・・・太雅も遊陽の事しか目に入っていない。
震える唯をあやしながら、慌てて部屋を出て行った白刹の背を見送った。
ひとまず千歳を運ぶ為に、小結界に必要な注連縄を取りに行ったらしい。
小さく暖かな背を撫でている間に白刹が戻ってきた。
小結界を施した千歳を担ぎ上げる。
運ぶ間際に聞こえた。
もうあの水晶も終わりだな。
そう呟く声は大人びていて、白刹が白刹ではないかのように思えた。



幸せだった。
沢山、幸せだった。
その分、変わりゆく身の内が憎らしくて悲しくて仕方無かった。

そう、想いは変質する。

変質した心臓を止めて水底に沈められたら。
滲み溢れ出す感情に終止符を打って、未だ汚れ無き部分が残る間に埋葬できたら。
魂が強張っていく。
肉が一秒ごとに死んでいく。
唇から零れる水泡の行く先に目を凝らす。
何も、何も・・・無い。

叶わない願いが私を殺すことを痛感した。
痛感、した。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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