2012年06月11日

花の眠り 弐




..

新年を迎えて数日。
エルフロールは深い森に囲まれた国家だ。
有数の人口を誇るフェアリーシティと呼ばれる一帯も同じく、森の中に住居が点在している。

どこの大陸でも、その地域ごとの柱となるモノが存在する。
霊脈、龍道、根源。
全世界を血管のように張り巡らせるマナの大きな流れの上に立つ、パワースポット呼ばれるそれ。
広大な森ともなれば、その役割が湖や大樹になる事は少なくない。
フェアリーシティ内にも、そういった場所は幾つかあったが、白鴉城の面々は行事の際には、近隣にあるヒトツの霊樹に通い続けていた。
「今年も参拝が遅くなってしまって、ごめんなさいね」
「仕方ねーよ、国のこと忙しいんだろ?
・・・ちょ、遊!着物で走り回るんじゃねええぇ!!?」
火の子がはじける音のする暖炉のある暖かなリビング。
千歳は唯に振袖の着付けを。
白刹は子供達の巾着やぽっくり下駄の用意をしながら、子供達の面倒を見ていた。
セシュウスは一人、ソファに座り、ゆったりと眺めている。
大人組は既に各々の着付けを終えており、最後となった唯の帯を整えていた所だった。

「唯嬢は静かにしていて良い子ですね・・・後は髪留めだけにございますよ」
「は、はい、です」
「ちーちゃあん!遊はいいこ?いいこ?」
「うん、そうですね、着付けのとき静かに出来ておりましたものね、良い子」
「あ、ぅ・・・」
ぱたぱたと駆け寄ってきた遊陽を撫でる千歳を、唯は複雑そうに見つめていた。
唯に実の両親の記憶はほぼ残っていない。
だからこそ離れて暮らさざるを得ない事に、憎しみも、悲しみも、特に感じる事はなかった。
唯にとっては白刹と千歳こそが自分を育てて愛情を注いでくれる親だと認識している。
だから母のような存在である千歳が他の人にとられる感覚には、抗いがたい寂しさを覚えるものの、それを主張できる程、気の強い子でもなかった。

「こーら、遊!邪魔しちゃ駄目だろー!」
ようやく道具が揃ったのか、白刹が遊陽を抱き上げ、太雅に引き渡す。
きゃっきゃと笑っていた遊陽は、真新しい巾着に目を輝かせた。
太雅も、そんな遊陽の様子を見て、かすかな笑みを浮かべる。

ようやく再び独り占めできた唯は、しかしその感情を嗜めるように俯いていた。
「唯嬢」
さらさらと流れるおかっぱの青い髪を結い上げて、何本かの簪と紅い花を挿す。
「ほら、椿の櫛」
できあがり、とおどけて千歳は顔を覗きこむ。
ゆったりとした笑顔を見せて、小さな頬をひと撫でした。
「大人向けの品ですから、ちょっと早いかなって思いましたけれど、よくお似合いです」
鏡を見せると、ほんのり紅潮させた幼い笑顔がそこにあった。

本来的には離れの倭建築の方が着付けに向いているのだが。
子供達は和装に不慣れとは言わないが、本格的なものは、そうそう着付けられた事が無かった。
なので動き難さを考慮した結果、リビングの方が玄関に近いため、洋室での着付けとなっていた。
「大ぱぱ様、お待たせいたしました」
「随分かかったな」
子供達は三人とも白刹から勝手に行動しちゃ駄目だとか、屋台での食べすぎには注意だとか、お小遣いは考えて使えだとか、注意を受けている。
不思議な呼称で呼ばれたセシュウスは、口調とは裏腹に、まんざらでもない様子で子供達を見つめていた。
最初にされた、ぱぱ様の御主人様だから大ぱぱ様なのですよ、との説明に敬いの気持ちを感じ取ったからだろう。
冗談めいた呼び方を黙認している。

「教えてさしあげれば宜しいのに」
主語を取り除き呟く。
「ふん、気紛れで施しただけの事だ。
第一、そんな理由がどこにあるという」
子供達には知らされていないが、新しい小物類は全てセシュウスが買ったものだった。
白刹と千歳も幾らか出すと言ったが、頑として聞こうとしない。
尊大な態度の下に隠された不器用な人となりに、小さく笑みがこぼれた。
「なんだ」
「いいえ、何、も」

その時。
急な眩暈が千歳を襲い、ソファの背もたれ部分に手をつく。
「どうした」
声に珍しく驚きの色をにじませて、セシュウスが立ち上がる。
振り返った先では、既に千歳は床に膝をついて蹲っていた。
「まだ治っていなかったのか、おい・・・」
もう座る事さえ難しいのか、千歳の身体が崩れ落ちる。
声を荒げるも、千歳の視線は虚ろで。

「ちーちゃん!?」
異変に気付いた四人も慌てて駆け寄ってくる。
その声さえも、どこか、とおくのせかいの、できごとのようで。
めまいが、めいかくな、かたちをもち。


いまは、ただ。
ねむたくて。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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