2012年01月06日

約束の地で 後編




..

■:セイ

――金木犀の香りがした。
同時に雫が服に、体にかかった事には気付かぬまま。


少女の退場を見届けて。
そこで既に完成されつつある図へ警戒を移す。

術式の類は千差万別。
知識と経験で予測は出来ても確立の問題なれば、特殊なモノほど無意味に終わる。

果たして、完成されたそれが結界の類と気付いたのは、囲まれた境界を境として幾万の鈴の音と共に現れた、異界のモノに襲いかかられると同時。

迷いは瞬間、体は弾かれるように腰に挿された刀の柄へと手を伸ばす。



――鏡神映身流・抜刀術 参式『大嵐』



居合いの速度と共に抜き放たれる横一閃が円状に広がり、迫る「それら」を裂いていく。

だが、拙い。
終わりを知らず、現れる異界の量は数知れず。
刀の軌跡が幾度描かれ、風の宿る拳が無数の穴を穿つとも絶対的物量の差はやがて開く。

「くっ…!」

傍目から映る、白い姿はやがて黒に覆いつくされて。
それが隙間なくドーム状に囲われれば訪れる静寂。

これが僅か10秒ほどの出来事と思えば、どれ程の多勢に無勢だったかは想像も難くない。



――瞬間。
何かが割れる音が、小さく、だが確かに静寂の中に響いた。


『其は古の縁に導かれし力』


低くもなく高くもない音が空気を震わせる。


『祖が金色は吉凶の印が証』


吹かぬ、しかして風の音が大気を叩く。


『吉となりては雄々しき英傑を刻み』


完成された異界の山を見ているだけであった残りが、更に大きくせんとばかりに積み重なっていく。


『凶となりては荒々しき傷跡を残さん』


声は止まない。


『其が金色が示すは何れになるや』


一言毎に強くなる声に異界の群れの咆哮はかき消さんと叫ぶ。
だが悲しいかな。小さく続いていた何かが割れる音は確かに。


『今以ってその血に流れる記憶に契りを結ばん』


築かれた山を崩すそれであった事実を示す。



――開眼 金色童子――



それは噴火の如く。
山であったそれは、中から弾け飛ぶように吹き飛ばされ掻き消えた。

「…とんでもねぇ術だな」

中から現われたるは化身。
背に一対、金色の翼を生やし。
短かった髪は肩を撫でる程に伸び。
開かれた両目は蒼の濃淡ではなく、強き金色の光を宿していた。


一歩ずつ、術者である彼へと歩んでいく。

異界のモノは消える事なく、四方から囲うように襲いかかるが。
正面以外のモノは見えない何かにぶつかれば阻まれ。正面からのは一振りに切って捨てられた。


―風王症・風魔領域


風を用いた結界術。
囲い、阻む壁に等しいだけの術だが、囲うその範囲が狭い程に強固さを増す。

正面に生じなかったのは敢えての事。


案の定だが、異界のモノは大群として正面に彼と自分の間に生じ集えば襲いくる。



――25秒

「…解放、天龍紋」

右腕が輝くと共に、小さく白い龍がその腕を纏い伝わりながら手にした刀の刃へと吸い込まれ。白く光り輝く聖なる神属性を宿した刃と成す。


手刀などやってのける癖に、刀を持ち振るう理由が此処にある。


「我が名を以って解き、刀が真名を以って、この一太刀を放つ」


目前に迫る大群へ、上段に構えられた刀はただ真っ直ぐに振り下ろされる。



『天』喰らう
    

      『龍』なる神の


             『爪』



■@千歳

此世と彼世の表と裏がひっくり返る。

悲しき天の崩壊があった。
四年前にも遡る、泥水を啜ったヒトツの戦役。
結実したばかりの自分は当時、拠り所だった潮風の国を護る為に奮戦した。

集団先頭に初めて参加した。
大陸一の錬度を誇る騎士団と、大陸唯の文化を持つ倭の都。
大きくなりつつある実は一人の少女と相対した。

その舞台の片割れ、虹の都で開かれた武闘杯。
知りうる限りの誰よりも興と華に生きた粋人と刃を交わした。
色づき始めた自分と高値の花との逢瀬は、未だ心躍る。

幾多の戦いを経て。
豊熟した自分が最後に向き合ったのは、縁を結んだ偽りの聖職者。
誰も知らぬコロッセウムで、蔓草と剣の火花が散った。

そうして。
死霊を切り裂き続ける天狼を、こうして視界におさめる今の自分は、腐り落ちる直前の果実。
技術はまだまだ発展途上。
肉体は絶頂期とも言える若さだが、こちらもまだ伸びしろがある。
だがその精神が、夏山千歳をそうたらしめる精神は、最早、此処こそが滴る蜜だと悟っていた。

瞬間、何かが割れる音。

目前には黒いドームと化した天狼、それを二重結界の内側から見つめるだけの自分。
虎から降りて、当主を守るように侍らせる。
静かに当主の首筋から束となった蔓草が生えた。
その先端が花開くように広がれば、そこから仔竜が顔を覗かせる。

仔竜は腹に収めたものを時に同化させ、時に内蔵する能力を持つ。

先の機械人形や何十メートルにも及ぶ注連縄も、仔竜の体内に仕込んでいたものを蔓草を介して取り出した。
子竜の小さな口が喉まで裂ける、中にはハート形の青い小瓶。
その内側で、ちゃぽんと水が揺れる。

契約とは魂と魂を混ぜあう行為。
従える彼らにしてみれば、自分は一時期、魂を介するだけの存在だ。
しかし当主からしてみれば、その身は、魂は、既に五つの存在に侵食されていて。
そこに千歳という自我は残っているのだろうか、という疑問が、常に付きまとった。

だが、恐らく、それでも私は夏山千歳でしかありえない。
呪われた肉体を持ち、脆弱な精神を介し、落実する直前の魂を持った、千歳でしかない。


ならば、だから、今を永遠にしよう。


黒いドームを打ち破り、表れたのは金の瞳。
あぁ、あなたにも、会えたね。
当主の口元に笑みが浮かぶが、それも一瞬の事。
躊躇する事無く、小瓶を手にし、その内の液体を飲み干した。

25秒。
清浄の力を宿した刀が振り下ろされる。
26秒。
千切れ吹き飛ぶ異界のモノと共に、当主を守っていた注連縄が断ち切られる。
28秒。
直後、自らに向けられた霊障に凍りついた当主を、何かが弾き飛ばした。
29秒。
外側の結界が消滅し、全ての異界のモノが消え去る。

戦場を覆う砂埃が風に流される。
塗り替えるように金木犀が薫る。

全身が引き裂かれ、血を流し地面に伏した・・・巨躯の虎。
その、ほんの数メートル横には。

地面から突き出る、無数の蔓草で編まれた、よもや巨木とさえ呼べる尖塔。
・・・否。

「素敵、素敵ね、セイリオス殿」

それはまるで長い長い首を持った、緑の龍。
当主はこれまでも大質量を得手としていたが、それを遥かに上回る。
その尖塔は屹立しきることなく、途中からアーチを描くように垂れ下がっていた。
そこに当主は立っている。

崩壊に巻き込まれる直前、虎に身を挺して庇われたとは言え、全ての衝撃から逃れられたわけではない。
致命傷は無くとも、衣服はそこかしこに切り裂かれ、血が滲み、腕を伝って滴ってさえもいた。

その指先からは翡翠色がヒトツ、消えている。
弾け飛んだ衝撃の際に、剥がれた爪を核として、生み出した蔦の尖塔。
これまでの当主にそのような力は無かった。
当主は、この戦場でヒトツの契約を果たした。
青年はおおよそ全てを愛した。
青年はおおよそ全てを欲した。
だからそれを選んだ。

当主はマナの根源に魂を差し出し、自らの輪廻転生を放棄した。
それでも尚、自らが夏山千歳であると信じた。

「どうぞ此処まで駆け上がっていらして、そして私の首を討ち取りなさい!」
笑う、人であり人ではなくなった怪物が、長斧を構える。
いつの間にか太陽は沈みきり、ぽっかりと浮かんだ月を背にしていた。

■:セイ

最早その白い上着はボロボロだった。
汚れ、破れ、穴だらけになり。節々から生じた怪我と血が、それを更に上塗って。

だが、見上げたその瞳が映すものに、そんな些細な事情は働きかけを行えなかった。

「――――、」

つばを飲む喉の音が、響く。

「お、」

立ちぼうけの身が足を踏み締め。

「ぉぉぉぉぉおおお…」

腹に力を入れんと拳は固く握られる。

「ォォォオオオオオオオオオオオッ!!!」

雄叫びに近く、呼応する風と闘気が広く広く辺り一帯に広がり激しく空気を叩く。




「――ふぅ」

凪いで、一呼吸。改めて、遥か頭上の彼を見やる。

「ただのデカブツ、じゃぁねぇな。見るだけでビビりそうになるなんざ、何時振りだ?」

先の声はその我が身を締める為でもあった。
彼の声が響けば、ボロボロとなった上着を今度こそ脱ぎ捨て。

金色の翼を広げて舞い上がる。
蔓草の龍より離れて少し。同じ高さに浮き上がり。

「…俺は、首を討ち取る為に戦うんじゃぁねぇ。
 殺して得る武勲なんざ、俺にゃぁ褒章でも何でもねぇよ。
 命張っても、殺し合いがしたいんじゃぁねぇ。
 
 俺はただ―――」

ビッ、と手に握る刀身の先を彼に向けて。

「テメェ自身の魂掛けて。俺より強ぇ奴に、会いに来ただけだ」

正しく不敵。
その笑みを口元に浮かべた。


「だから」


風が渦巻く。大気がうねる。
それまでと違う、大局の嵐が集いを見せる。

「俺はテメェに、全力で『勝つ』」


右腕が再び光る。

「再解放、天龍紋」

白き聖なる龍が刀身へ宿る。
同時に、

「我こそは盟約者、我が名こそは斬風王!」

彼へと向けて。宙空に大きな魔法陣が展開される。

「我が呼び声に応え、来たれ―――」

自身に魔力などない。
故に風以外の『魔法』などまず使わないし使えない。

風はただただ。その頂を使役するに相応しい契約を交わした先で得たものだから。

「…風の王ッ!!」

その王たる力によって自らは行使する。

―風神症最終奥義・霊王降臨

背後に浮かぶ光のシルエットが奔流となり、魔方陣へ吸い込まれるように流れ一息に加速するエネルギーと化す。
本来であればそれを一手とし、相手に向けて放つ技となるが。
そこへ、風と翼を用いれば一息に追いつく。


そのまま、そのエネルギーを取り込むと刀身へと宿す。
並の身ではその負荷に握る体が耐え切れない、今の丈夫な自分だからこそ使用可能な一撃を。


「…鏡神映身流、弐代目終焉秘奥義」

その勢いを殺さぬままに、頂に居る彼へ一直線に加速する矢となり駆ける。



        『天 覇 風 龍 斬』



■@千歳

血が落ちる。
落下した体液は蔓草に染み込み、吸収され、消える。
咽返るほどの金木犀が薫る。
落日を見届け、闇がしのび、背月の陣を形成する。

天狼の喊声は鼓膜だけでなく肌をも揺さぶる。
追撃するように風が舞い起こり、遠く離れた青年の髪を、強くはためかせた。

そうしている間にも、ゆっくりと蔓草の尖塔が軋みだす。
青年の立つ比較的、水平な足場より後ろに、蔓草が集合し幾つかの束を作り出す。
芯となる巨木のような尖塔に比べれば、その束は枝とも呼べぬほど、細く頼りない。
しかし、それは比べただけの話。
鍛え上げられた成人男性の腕と変わらぬ太さは、立ち向かうものにとって脅威となる。

ビリビリと震える空気が静まり、その発信源は同じ高みまで飛翔した。
「テメェ自身の魂掛けて」
機械人形の呼応する電流の波紋は、天狼の全身を焼き。
死霊の肉を食いちぎらんとする歯は、天狼の全身を裂き。
しかし、その背に傷は無く、その魂に穢れは無い。
美しい刀身を向けられる。
「俺より強ぇ奴に、会いに来ただけだ」

立ちはだかる。
八岐の神話のように、首を増やした蔓草の龍を従えて。
「ならば私があなたの壁になりましょう」
くるりと回転させてから、長斧を構える。
「私を怪物と呼ばず、強敵足りえると認めていただいた、あなたに相応しき壁になりましょう」
八岐の蔓草が、天狼に狙いを定める。

「俺はテメェに、全力で『勝つ』」
「さぁ、来るが宜しい!!」

二人の声が重なる。
真正面に巨大な魔法陣が現れる、と同時に八岐の蔓草が天狼を貫かんと、鋭い矛となり走り出す。
一秒を争う局面においてアクション数の差は大きい。
三本の蔓草が魔法陣に突き刺さる、が、焼き払われるように消失した。
続いて二本が回り込もうとするが風の余波に切り裂かれる。

魔法陣が意味を携え、意味が具現化する。
純粋な力が急流となり当主に差し迫る。
一本、また魔法陣を欠けることさえ出来ずに散る。

立ち向かう純粋な力を、後続した天狼が取り込む。
その刀身は輝く朝日。
光が目を焼く。
だが当主にはもうヒトツのまなこがある。

羽虫を介して『識』る。

ならば此方は銀星が駆ける。
また蔓草が一本、表面から千切られる。
その内側に潜んでいた煌きが露出する。
名刀、氷雪の刃。
銀星は勢いを殺す事無く、真っ直ぐに駆ける。
しかしその奇襲は失敗する。
いまだ残る力に弾けて、目指すべき道行きを失う。

そもさん。
ただの一撃でこの厚みを突破できると思ったのか、否。
役を作るために手を重ね続けた。
風を穿つための最善手を、探し続けた。

最後の蔓草が、氷雪の刃の軌道をなぞる。
エンド・ラ・フォルツァ。
蔓草が剥離し内から覗く、二本目の銀星。
風を穿つが、剣の行方に目をくれる間など無い。
肉薄する。
質量で相手を押しつぶせる当主が得物を持った理由はヒトツしかない。

魂には、魂を。

強く、長斧を握る。
常日頃、蔓草の枷で動きを制限されているが、今、ここに当主を縛るものは何も無い。
「ン、ぐ・・・!」
当主は渾身の一撃を、天狼へ振るう。
奔流を受ける、骨の柄にひびが入る。
血が、にじむ。
にじんだ端から、ひびが『癒』える。
龍骨が、骸が、『癒』やされる。
しかし、ひびは、広がり。

「―――、セイ、リオス・・・ッ!!」

天狼の刀が、当主の腹を、貫いた。



嗚呼、この一時。
この胸に巣食う魔物が満たされるのが、解る。

■:セイ

八岐の蔓草。
一呼吸の間に2・3と襲いくる、手数と速度を纏う技と神剣の勢いで強引に退け、押し進む。

だがそれもまた、無傷では済まない。
あくまで留まらぬだけ、あくまで突破するだけ。

剣先を抜け体に触れれば、それは身を削り身を抉り確かな傷を残していく。

その一手の中で表れたるは、この地で誇る名刀が一振り。
氷雪の刃が軌跡をもだが弾く。弾かねばならない。


何が為に放つのか。
何を以って到達と成すのか。
進む意を問い、放つが解を得る為の前進ならば留まる理由は今に在らず。


「うぉぉおおおおおおおッ!」

ついに至近に届いた相手の。
最後は振るわれた、その長斧と鍔ぜり合う。



天より振るい、覇を成して、風の導きを辿り、龍神の加護を以って、斬る。


強くとも。
直るとも。

関係ない。

「―――、セイ、リオス・・・ッ!!」

「千歳ぇぇえええ―ッ!」

その刃は確かに。
解を得て相手の身を、貫いた。


羽が、舞い始めている。

「…ったく、『最大』半刻なんて、よく言ったもんだぜ」

この状態は化身して永劫続くものではない。
以って半刻。それ以上は体が負荷に耐え切れない為に、自動的に解かれるようになっている。

解かれればその身は一切の力を一時的に失い、数日の睡眠状態へと強制移行する。

故にそれで仕留め損なえば、戦の中であっては死を意味する為に自ずと切札となった。


背に広がる金色の翼が、その刻を知らせんと舞い散る羽を次第に増やし消えんとす。


だからこそ。


「最後―――、その壁を、喰らうぜ」

刀を握る右手から離れた、左手。
その拳が握られれば、自らに残る闘気があらん限りに集中する。

「テメェは、強かった。勝負は、もう後がねぇ俺の…負けだ」

息が荒い。命の拳とでも言うべきエネルギーを込めて。
左拳が引かれる。

「だからこいつぁ……何時か超えにくる為の、前借だ」



―――鏡神映身流・奥義


引いた拳を、足元にある八岐の蔓草のその中心へ、振るう。


「天、狼ォ拳ぇぇぇえええええんッ!!」


描くは顎を大きく開いた狼の頭身。
喰らいつくすが如く、八岐の蔓草をその根の元へ飲み込まんと駆けた。

■@千歳

この勝負、懐に入られれば。
高い確立で、こちらの敗する瞬間になると知っていた。

それ覆す手法が、ただヒトツだけある。
天狼自身のエネルギー切れだ。

消耗戦を仕掛けたのは、近距離戦において圧倒的な不利を補うためもあった。
手を重ね、策を成し、何を利用しても、何を犠牲にしても、この身を護らねばならなかった。

だから懐に入られた結果は、道理でしかない。

「か、はッ・・・・」
鼻腔を金木犀の薫りが突き抜ける。
口内を満たすのは蜜より甘い誘惑。
それらは全てが春の夜の幻。
当主は大量の血を吐き出す。
腹を貫通したままの刃に手を添えて。

「最後―――、その壁を、喰らうぜ」

黄金色の羽根が舞う。
立ち上る薫りにつられて、その光景は秋の夜の夢の如し。
天狼は刃から手を離し、残り全ての炎をかけて。
その拳を、支柱に叩きつけた。

拳がめり込み衝撃を受けた先、核となった爪のある場所から、蔓草が塵となって消える。
足場であったものが根から先端へ向けて崩落する。

その最中、当主はいよいよ膝をつき、刃を撫でた。
握力を失った手ではビクともしない。
左腕から蔓草が生え出て絡みつき。
そうしてはならないと知っていながら、その刃を、一息に引き抜く。

月夜に血のアーチは描かれない。
白い影が当主を包み込んだ。
引き抜かれると同時に、肉が再生する、血管が繋がれる、内臓が修復される。


私は、過去に生きた。


自らの知らぬ過去、自らが築いた過去。
その全てに囚われて生きてきた。
夏山に生まれたからだけではない、それが当主の、青年の、どうしようも無い程の根底だった。

崩落する、なにもかもが塵となって消える。
当主の口元を、腹を、全身を汚していた血痕が、その存在を失う。
致死の重傷を『癒』した代償。
身の内に残る血液も幾らか捧げられた。
が、それでも即死には至らぬようにとの、霊獣、白妙姫の気遣いがそこにあった。


あなたは、未来に生きる。


何処までも駆け抜ける、恐れを知らず、痛みを知って。
その生き方は鮮烈過ぎて眩しい。
敬意と尊敬をこめて、蒼天は続く、という名を与えた。


でも私も、自分の生き方が嫌いじゃないんだ。
だから、これからも、そうやって生き続ける。


意識もおぼろになり、崩落するまま落下する。
天狼の行方が気になりながらも、最早、その手には何も無い。
唇が名を紡ぐ。
しかし地面に激突する事は無く。

一陣の風が、その身を優しく受け止めた。

■幕:セイ

狼の顎が、蔓草を喰らい。

崩落を始めた中で、体は自由落下に任せて落ちていく。



今はこれが満足だ、と笑みが語る。

勝ちたくて駆け抜ける。
負けたくなくて強くなる。

だけれど。

今の自分の惜しまずして出せたなら、己の十二分はそこに示せたならば。
今は、満足だと心が知る。

また一歩、前に進む為に生きる。
その糧がここにあった。

――お前も、そうだろう?

音は聞こえず、口だけが動く。


自らの生き方を貫き通す、その“前進”は変わらないのだから。



最早、背に生えた羽は半分も失った。

羽ばたかず風に流されるように、一枚、一枚と金色の羽は宙空へ消えていく。

声が、聞こえた。

微かに、だがはっきりと。


“紡いで亘り、描いて流れ、啼いて雄々しく、解けて結ぶ”

その身を今一度起こさんと風が吹き荒れる。


背の羽は最早根元に近く。
だがまだ、消えるには遠い。


――風魔症・超音速機動


地に落ちる寸前の彼の姿に追いついて。
凪ぐ風が受け止め、その身を抱えて地に降り立つ。


「…ったく、よ。敗者が勝者の面倒見るなんざ、聞いた事ねぇ…ぜ」

ゆらり、と体が後ろに傾ぐ。

羽は今、最後の1枚が抜けるところ。

『―――ワリィ。あと、頼むわ』

誰が何処で見ていたかも分からない。
だが確かに感じた存在に、風に乗せた言の葉は助けを請いて。



羽が消え、残る背中には代わりに大きな術式の陣と一匹の狼のシルエットが浮かび上がる。

その一瞬だけ背を晒し。
そのまま後ろから、今度こそは地へと崩れ落ちた。

■ギャラリーより:灯

先刻、鬼燈嬢を招き入れた結界を解いて、
静かに立ち上がる。

己の拍手の音が乾いて聴こえた。
その頭上一面に広がる真っ青な空、抜けていく風。


業、か

或いは相、か


どちらにせよ、今この目の前に在るのはただ
二つの形のみ。

「ああ、まったく、なあ」

後を頼むと言われたからには、どうにかせねばと思うのがこの掌の業。
苦笑しながら其々に横たわる二人に近付き、応急の白魔法は

「月の雫――」

そして、魔法陣を切る。

無言のまま遣いを呼び、そこから直行で二人を運び入れた先は
お馴染み、エージュ病院だったとか――


■終幕、または蛇足といふもの@千歳

さて、それから。

片や決死の切り札による反動と全身にわたる火傷、裂傷、その他諸々。
片や傷らしい傷は癒えているものの、致死に近い重傷のショックと極度の失血。
急な重体患者二名に、タックカイオの国立病院では、てんやわんやの騒ぎがあった。

割とすぐに目を覚ました二人に、医師は怒髪天を衝いたり。
かと思えば片方の青年を見て、まさかコイツ近頃流れてる病院の根も葉もない噂の発信源じゃないのかって顔をされ、そっと顔をそらしたり。
彼の愛玩遣い魔の黒兎とともに二人を運び入れた闇医師は、どこか楽しげにニヤニヤと見つめていたり。
気がつけば病室でムイムイがむーいむいしていたり。

なんて慌しい一時があったものの。
無事、要入院の太鼓判を押された二人は、しっかりと持ち込んでいた礼服に着替えていた。
「君らは安静って言葉を知らんのか?」
「フィナーレですしねぇ」
「だな」
呆れたような闇医師の視線に、こともなげに返す。
二人を蝕むものがあるとすれば、それは傷ではない。
彼らの身体に宿る、彼らだけの体質だろう。

ロングタキシードの上にコートを羽織った青年は、しかし歩く事もままならぬ様子である。
ベッドに腰掛けたまま、その思案顔は。
「・・・病院で大型動物を呼ぶのはやめといた方が良いぞ?」
「ですよねー」
そっと釘をさされながら、諦めていなかった。

「きっと、どなたかが迎えにいらしてくださいますよ、すごろく主とかすごろく主とかすごろく主とか!」
「他力本願だなぁ」
「勝った癖に先に気ぃ失うしなぁ」
「て、適材適所ですもの!」
三人集まればなんとやら、とは言うものの。
ダンスホールとは一味も二味も三味も違った彼らのやり取りは、看護婦さんからのお叱りを受け終了したのは言うまでもない。

何だかんだで病院を抜け出し、こっそりとエージュ城に帰還した彼ら。
人数少ない受付を、なんとはなしに眺めながら。
「今度は、お酒を用意致しましょうね」
虎に横座りをした青年が、ぽつりと呟く。
「とても怖かった事、楽しかった事、嬉しかった事、ゆっくりお話ししましょうね」
青白い顔のまま、インカムを装着する。
剥がれた爪は『癒』され、翡翠のマニキュアは全て落とされていた。

「あなたの最初の問い、いまだに魅力的だと思っておりますよ。
でも、やっぱり違いましたね、当たりました」
意味深な笑みを浮かべるも、すぐに柔かく霧散し。
「今の縁を結べて良うございました。
本当に、ありがとうございます」
手を差し伸べる。
男にしては綺麗な、氷のように冷たく、大きな手。
「再戦を、楽しみにしておりますよ、セイリオス」

と、暫しの間をあけて。

「・・・殿」
照れたように、子供のように、笑い返した。

■その後の話:セイ

一度目をつけられてから、その看護婦の目を盗んで抜け出すのはそれはそれは、大変だったとか。

「……下手な大将とか龍よか、こっちのが怖ぇのは何でなんだろうなぁ」

受付あたりまでの道すがらひとりごちる。
お叱りを受けた時の剣幕を思い出せば、龍の巣に瀕死で放り込まれる方がまだマシかもしれない。



「酒か。――いいね。駄弁るのは最高の酒の肴だ。」

視界は記憶から今の場へ。
彼からの提案に、目は受付を同じように眺めながら笑み頷く。

そうして、礼と共に差し出された手を見つめて。

「…魅力的、か。俺ァ何時か、それ以上に肩ぁ並べて戦場駆けてもみてぇけどな」

自分が倒せると奢るつもりもない。
だが、命の取り合い以上に。

それだけ強さを知った相手だからこその、また別の願いもある。
ただ同じ戦場に在るだけでなく。文字通りの肩を並べて。

「こっちこそ、ありがとうよ。
 …負けっ放しは好きじゃねぇ、きっとリベンジさせてもらう」

差し伸べられた手を取り握手をする。

「楽しかったぜ、千歳」

その後に続く敬称はなく。ニッと屈託のない、何時もの笑みを浮かべた。

■その後の、少しだけ前の話:セイ

――時間は少し、遡る。

『ジジイ』

【少しだけ、じゃ】

『んだよ、もう分かってんのか?』

【お前の事じゃ、まだ休めんのだろう?】

『まぁな』

【…金色童子に成れば自動的に発生する傷の超速再生を“わざと”抑えおって】

『それじゃ足しにならねぇか?』

【天覇風龍斬を使っておいてよく言うわい】

『それを使わなかったら、ボロボロでも済まなかった』

【―――ワシが調整しても2日、じゃ】

『…助かる』

【年内は起きれんぞ。傷も金色童子になってからのは、休みにつくまで直り切らん】

『構わねぇよ。…そんだけ保てば、迷惑もかけねぇだろうさ』

【目が覚めたら待っておるぞ】

『あぁ、そこもお見通しか。……もっと強くならなきゃ、な』


―――目が、覚める。
視界に映る白い天井と、カーテンと。

そうして病院での一幕から、残る2日間が始まった。




ED Sound.AVE(原曲・上海アリス幻樂団/東方Projectより)
『the Day of collapse』
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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