2012年01月20日

手紙 完全版

■共通諸注意
この物語は千歳本筋RPです
本筋RPは全体の流れとして非人道的(具体的には近親間の婚姻、カニバリズム等)な描写、設定が含まれる場合があります(アップする際に冒頭注意として上げていきます)
背後様が在学中の方はご遠慮願います
性描写はありません
道徳の分別、現実と創作の区別のつく方、上記の非人道的描写をエンターテイメントと割り切れる方のみ、御覧になってください

尚、作品中のゲストキャラクター様には、既に確認と了解を得てアップしている事を明記しておきます


千歳本筋RP 第一部:イェリルル・ドレニア
2009年11月8日筆


..
そうして空蝉宮は産まれた。


寝覚めはとても苦しいものだった。
「・・・ふ、っ・・!」
涙に濡れた頬を拭う。
鈍痛で思考は鈍っていたが胸の内を占める痛みは確かだった。
哀しい、哀しい、哀しい。
膨大な量の記憶が訴える、自分のものではない追憶。
あまりに短かった蜜月の共鳴が胸を裂く。
「てがみが、いりますね・・・」
青年は悟る。
胸の内に眠る成鳥の旅立ちの時を。
そしてそれを見届けるのは自分の役割ではない事を。


いとしい、と小さく鳴く。

彼の恋は彼の彩りのすべてだった。
歪んだ関係から始まった恋情は、しかし確かに純愛だった。
キスを恐れ、慈愛と思いやりと独占に満ちていた。
ならば何が間違いだったのかと問えば、幼過ぎた事が間違いだったのだろう。
恋は罪では無いのに。
愛は罰では無いのに。
そう早とちりした幼さこそが間違いだったのだろう。


その少年を知ったのは、この大陸に来る以前。
花街の小さな娼館に立ち寄った時の事だった。
娼館を装った情報屋。
アリュイと名乗る(否、彼女の名乗りをそう聞き取ったに過ぎない)セイレーンが時を従える魔族を右腕とし、過去を覗き必要な情報を与えると言う。
それは真実とは限らず、彼女は事実のみを与える。
あの「事件」を改めて検証したい。
朧がかった記憶ではない、鮮明な事実のみを求めて青年はそこに足を踏み入れた。
「治療師さんは心の傷も治せるの?」
情報への対価(金銭に魅力を感じないと言われた)を相談していた時に呟かれた一言だ。
曰く、心を病んだ子鳥を拾ったものの持て余している、望まれて店に出したものの情緒不安定で扱いにくいらしい。
「肉体と違いはっきりとした損傷の深度、治癒の経過はわかりかねましょう。
それでも私は治らぬ傷は無いと信じております」
今でも一言一句思い出せる。
その力を過信していたわけではない、ただただ思想に縋っていた自分。
治らぬ傷は無いと思わねば・・・郷里にて待つ最後の家族を救えると信じなければ、折れそうだった現状。
その思いから出た言葉だった。
「ならばあなたには、あの子鳥を預けましょう。
・・・傷が癒えるまでとは言わないわ、そこまであなたの時間を頂けないもの。
ただ一時、子鳥を慰めてやってくださいな」
これが放浪生活の中で居場所を与えられた数少ない機会のひとつだった。

子鳥とは不健康にやせ細ったバードマンの少年を指していた。
長い麦色の髪はパサパサに乾き、白い翼も痩せている。
空色の瞳はうろんげで同色の振袖も着られている感があった。
特別、美しい容姿ではなかったが大きな瞳と年より幼い顔付きは愛嬌があった・・・と思われる。
痛々しく痩せ細り、沈痛な表情を浮かべる様は少年を子鳥という愛玩動物に仕立て上げていた。

彼を持て余していた理由はすぐに解った。
常は押し黙り、従順で貞淑な妻のように奉仕する大人しい子鳥。
かと思えば思い出したように、ひたすら泣きわめき自傷する。
心配と独占。
両方が成り立ち、初めて愛情を受けていると信じられるのだろう。
青年に心配や同情はあっても独占は無かった。
ただ郷里の義妹が時を失ったと知った時に、彼女がどれだけ強かったのかを改めて知り、思い馳せた。

義妹に接するように日々、子鳥の面倒を見ていた。
決して欲望の対象としない青年に絶望したが、少年は徐々に心を開いていった。
最初は彼にとって耐え切れぬ後悔と、短かったが存在した優しい蜜月の思い出を繰り返し繰り返し語った。
どれだけ幸せだったか、どれだけ自分が悪かったか、どれだけ淋しかったか。
定型文の嘆きは最後まで止める事を知らなかった。


次第に少年は終わらない大陸に渡った直後や、渡る以前の話をするようになった。
足を踏み入れて直ぐに猫族の友人が出来た事。
国境の無い通りで喫茶店を開いていた事。
月の美しい国が彼にとっての祖国だという事。

風吹き荒ぶ切り立った崖が彼の故郷だった。
終わらない大陸でも古の大陸でも失われた大陸でも無い場所にあるという。
独特の文化を育み、精霊信仰を支えとし生きている。
人間が暮らすには過酷な環境だが、ここのみが部族の発祥の地なのだと血潮が離れがたいのだと訴える。
家畜と少しの野菜を育て、狩猟を主とする。
外界との交流は積極的だったが外の人間がたどり着く事は稀で、部族が外に向かう他に交流の術は無かった。
生ける最中は短く死ぬ瞬間は如何であろうとも定めであり抗う事を知らぬ。
自然の流れに従順だったとは言え・・・狭いながらも優しい世界だった。

少年は罪を犯した。
その部族の誰も責めやしなかったが少年の中でそれは罪以外の何物でも無かった。
翼の成長の未熟な十に満たない童子は飛ぶ事を許されていない。
強風が常の村だったから余計にそういう風習が根付いていた。
けれど風習は何時か破られる。
その少年が初めてだったわけではない。
ただ他の子供と同じように、ちょっと飛んでみただけだ。
ちょっとだけ有翼人種の誇りと特権を待ちきれないだけだった。
1メートルにも満たない高さを体感した童子は、強風に煽られ谷底へ身を落とした。
咄嗟に引き寄せようとした母を道連れにして。
不幸な事に翼を持たない・・・他の人種だった彼女を。

父が谷底に降り立った時、母は既に物言わぬ人と成り果てていたが、愛しの息子はかろうじて息があった。
しかし二人の変わり果てた姿に茫然自失のていで座り込んだ、その瞬きのような時間に。
落石が起き、判断力を失った父は避ける事も叶わず亡くなった。
頑強な翼を持つ父、狩猟の際にはリーダーとして堂々と振る舞っていた父。
彼を持ってして救えなかった少年を危険な谷底から救ったのは、少年の兄だった。
物静かで思慮深く優しい兄。
彼の翼こそ、ようやく飛ぶ事を許されたような、か弱いものだったのに。
周囲の大人の目を盗み、深く長く遠い谷の底まで少年を救いに羽ばたいた。
その軽い身体は何度、強風によって岩壁に打ち付けられただろう。
許されたとは言え未熟な羽は子供二人を抱えて飛ぶには、どれだけの負担が掛かっただろう。
奇跡のような過程を得て少年が目を覚ました時に残されていたものは・・・大地に埋葬されていた父母と、骨が歪み飛ぶ事の叶わなくなった兄と、自分の命だけだった。

それから十五歳の春を待ち、少年は村から旅立った。
父譲りのボウガンの腕と母譲りの楽天さだけを手荷物にして。

あの「事故」から兄は少年への愛を異常なほどに深くした。
嘆いたり罵ったり、いっそ判りやすく不安を表してくれたら周囲はどれだけ安心しただろう。
しかし兄は責める事などせず、ただただ寛容に過保護になっていった。
窮屈さを訴えようにも罪悪感がそれを咎める。
時折、幼なじみの少年少女がたしなめるが彼らとて踏み込みきれる覚悟が、その当時は無かった。
飛ぶ事の叶わぬ兄はドーム型の植物園を手入れし、畑仕事をし、薬学を学んでいた。
不毛の地に安定を求めた両親が残したものだった。
一方、健やかに育つ翼、天才的な弓の腕を持つ少年は大人達から将来の狩猟頭として期待を受けながら、兄の嫌がる様子から満足に猟へ出る事が出来ずにいた。
強風にも負けず空を翔けると気持ちが良い。
針の穴を射抜くような正確なコントロールをみせた時、脊髄が冷たく燃え上がる。
その悦びを知っているのに、外は危ないからと兄の目が引き止める。
そんな生活に疲れきってしまった少年は自由を求めた。
誰も自分の罪を知らない場所へと逃げるように旅立った。

最後まで兄は賛成してくれなかった。
ただひっそりと幼なじみ・・・少年が旅立つより昔にフリーの傭兵として旅立った男だ・・・を少年の監視役に充てた。
結局、少年が自ら故郷に帰るまで一度たりとも直接の連絡を取る事は無かった。
互いに間にクッションを敷き、怯えるように距離を取っていた。

そうして長い間、空を飛び、地を歩き、海を渡り。
たどり着いたのは月の美しい国だった。
日照時間が極端に短く、何処よりも月が近くに見られる夜の地域。
何も知らぬまま、解らぬまま。
そこにいた人々の温かさを享受していた少年は、生まれて初めて憤りと憐れみを知った。
不条理から落城する怒り、言葉が意味を持たぬもどかしさ。
国の概念を持たなかった少年が初めて愛し生きた「祖国」を失う哀しみ。
そして疲れ果てた弱く美しい人への恋と同情。
そのどれをも真正面から受け止め過ぎて・・・少年は疲弊していった。
自暴自棄と淋しさに負けて肌の温もりだけを求める小鳥に成り果てていた。

骨ばった細い指が左足首の金輪をなぞる。
「おれね、しあわせだったよ」
赤く熟れた目元を薄い暗がりが隠す。
闇は少年に優しかった。
陽の当たる場所に晒されれば骨と皮しか残らない肌も、泣き腫らした顔も、闇の中なら曖昧にしてくれる。
「だれにも言えなかったけど、ちゃんとね、しあわせな時間があったよってコレが証明してくれるんだ」
深緑の石がついた繊細な金のアンクレット。
少年は足枷と呼んでいたが、青年は決して縛り付けるためのものには見えなかった。
慈しみを持って作られたものにしか見えなかった。
「おれ、わるいこなのに、しあわせだったんだよ」
けれど、それを少年には言えない。
足枷なのだと信じている少年には重過ぎるか、はたまた軽すぎる事実だ。
少年は笑みを零す。
言葉は時間と共に幼く、拙くなっていく。
心がゆっくりと崩壊していく様を看取る。
信じられない軽さを両腕に抱き、青年は声を殺して泣いた。

自分を責める事でしか相手を肯定できず、それによって不信を買い、愛情と信頼を擦り減らす。
信じたい、しかし先に信じて欲しい。
少年にも、少年の恋した人にも、信頼を分け与えられる余分は無かった。
だからこそ相手を失う事を恐れて、叱咤する事が出来なかったのだ。
今でも肯定できないからこそ「しあわせ」な記憶と自分の「罪」のみを肯定するのだ。
相手の否を肯定できないから・・・。
その連鎖こそが本当の罪だと気付けずに。

そうして身も心も崩れていった少年は、雨の降る夜に失踪した。
錯乱する体力も残されていなかったのに、駆り立てられるように冷たい街へと走り出ていった。
イェリルル・ドレニア。
祖を滅ぼす元素。
無意識下の欲求。
エス。
それがイドと呼ばれた少年の最後だった。

少年の発見は羽虫の精霊の力により、たやすかった。
ただし、その肉塊は既に少年では無かった。
彼が彼たる精神・・・イドの記憶・・・を失った、空っぽに近い子供だった。
彼は暴行により痛む身体と心に錯乱して、雨の街に消えていった。
ならば子鳥は何処へ行ったのだろう。
長い事、青年は子鳥の行方を知る事が出来なかった。
探ろうと思えば探る事もできた。
けれど一時であれ、対価のためであれ、情けをかけた相手が死に近い形で失踪した事にショックと悲しみを隠せなかった。
「それ」と再開できたのは夢の中でだった。
肉体を失い精神と魂へと剥離した存在と成っていたのだ。

生前から魔法の扱いは不得手としていたためか、無理な方法と経緯で精神体になったためか。
少年は酷く不安定な存在になっていた。
穴のあいた袋から水が零れるように、少年を少年として存在させるためのマナを急速に失っていった。
それを防ぐために青年は少年を保護した。
深緑の石に少年の精神を閉じ込め、足輪を媒介にして、世界を流れるマナを注ぎ込んだ。
夏山の血肉は一滴も扱わず、ゆっくりとした治療を続けた。

しかし夏山自体の力を扱わずとも、マナを注ぐ作業とは精神の触れ合いである事に変わり無い。
次第に眠りの内にて少年の記憶が再生されるようになる。
それは蜜月と孤独の透写。
言葉として伝え聞いていたものを、夢とは言え一人分の人生を追体験し続けた。
そうして寝覚めた朝、ようやく全てを悟る。
彼が目覚める時が来た事を。


文机に向かうのは、どれだけぶりだろうか。
時折、思案の手遊びに使い込まれて飴色になった光沢を撫でながら、筆を走らせる。
「前略、ティル・ラー・ポット様・・・」
フリーの傭兵。
内密のメッセンジャー。
夜に生きる極彩色。
火の鳥。
様々な面を見せる少年と同郷の幼なじみである、ティーラと呼ばれる男。
この大陸を離れられない自分に代わり、少年の魂を運んでもらうのに、これ以上無いほど適任だった。
マナの扱いを得手とする事、事情を理解している事、どちらも必要であった。
何よりも、この旅が少年を消滅させるためと承知し、最後まで見守れる人物である事が必要だった。
根底は誰より・・・自分など遥かに及ばず・・・優しい男だが、生存のため、仕事のために必要なら非情に徹する事のできる男だった。

「さぁ右業、かの御方を探しにゆくのです」
青年の指先から光が飛び立つ。
蛍のように控えめなそれは幾つか生まれて天井に吸い込まれていった。
知覚の精霊は、およそ数日とかからず男の居所を探るだろう。
右業の存在に気付いた時点で自分の意図まで気付いてしまうだろう。
そして、それまでに書き上げた手紙を読んだ時、泣きそうな顔を押し殺して何事も無かったように自分の元へ訪れるだろう。
確定に近い未来を想う。
全てが終わる頃には、もう少年は自分の元から去っているのだ。
名目上は自分の庇護下にあるが、少年はもう独立した精霊だ。
だから恐らく、それが永遠の別れとなる。

「・・・淋しゅうございますねぇ」
少年の記憶にあったような身を焼くような淋しさではない。
終わらない慟哭でも無い、立ち上がれぬ程の絶望でもない。
ただ木枯らしのように、小さくて懐かしい淋しさが胸の底でけぶる。
「懐かしい・・・そう、でしたね。
千歳はこの感情を存じておりました」
これは喪失だ。
憧憬を失った時に味わった、大切な存在と自分の感情の喪失。
その全てを、この手紙が運んでくるのだ。
くしゃりと握り潰す。
知っている、少年は旅人で自分は仮宿でしかない事を。
箱にしまい込んで大切にしていた子鳥が成鳥となり出立するのを慶ばねばならないのに。
瞳に憎々しげな色が宿るのを自覚したから目をつむる。

『千歳、それはね悲しいって云うんだよ』
ちかちかと光を透かす瞼の裏で囁かれる。
憎悪では無い。
よく似ているから勘違いしそうになる。
いや、勘違いしたいのかもしれない。
『そんな顔、千歳には似合わないって右も云ってるよ』
相変わらずシャイなんだからと明るく続けられる。
生前から落ち着いた人間性だったと聞くから、この似合わない振る舞いは、恐らく自分を慰めるためのものなのだろう。
何時だって不調に気付くのは羽虫の精霊で、態度に表せられない彼をフォローするのは蔦蛇の精霊だった。
「・・・ふふ」
溜息とも苦笑ともわからぬものが零れる。
「笑って送り出してやらなきゃ、ですよね。
月並みですけれど」
『空蝉宮はきっと千歳の淋しさも受け入れるよ、あれはそういう精霊だから』
だから憎悪だなんて勘違いしないで。
笑っていて。
そう訴える声が何処か必死で、今度こそ笑みが零れた。

森羅万象を認め、赦し、許容する。
精神の癒しの精霊。
元は有翼人種の少年であり、恋を知り、身体を捨て、罪を知り、そして赦しを知った。
空蝉宮。
夏の終わりの短い最中しか生けられぬ。
日暮のような一生を駆け抜ける先に何が待ち構えているのかは、誰も知らない。
だから、この別れは笑顔で彩ろう。
淋しい記憶では無かったのだと忘れぬように。
手紙を送ろう。
話す言葉も無くてよい、気付かれ無くてよい、一目だけで良い。

あの人に会いたい、と呟く。

ささやかな彼の最後の願いを叶えるために、手紙を書こう。



posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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