2012年01月18日

東征 完全版

■共通諸注意
この物語は千歳本筋RPです
本筋RPは全体の流れとして非人道的(具体的には近親間の婚姻、カニバリズム等)な描写、設定が含まれる場合があります(アップする際に冒頭注意として上げていきます)
背後様が在学中の方はご遠慮願います
性描写はありません
道徳の分別、現実と創作の区別のつく方、上記の非人道的描写をエンターテイメントと割り切れる方のみ、御覧になってください

尚、作品中のゲストキャラクター様には、既に確認と了解を得てアップしている事を明記しておきます


千歳本筋RP 第一部:東征将軍
2008年3月26日筆


..
夢を見た。
梔子の花薫る御婦人が手紙を届けてくれる、夢。
一瞬、東の文字が目に入り。
胸の内が期待と恐れに膨らみ膨らんで手紙を直視する事も叶わず。
そうしている内に、カーテン越しの日差しに揺り起こされる。

そういった、夢。


遠く以前に見かけた獣。
中つ国の文献でしかその姿を知らなかった、金色の毛並みを持った巨大な猫。
それを含めた何匹もの獣が檻の中で唸り声を上げていた。
「どの仔もまた我が強く、手懐けるには相当の覚悟が必要かと」
色付いた形の良い唇を動かしながら婦人は歩む。
「聖獣、魔獣、夢魔にグリプス」
どんな伝手を辿ったら、こんなにも多種多様な獣達を集められるのだろうか。
むせ返るような獣のにおいと、彼らの存在感に圧倒されながら思い出す。
菓子から小物から遺跡に埋まっていた代物まで。
そういえばこの方は以前から、不思議な品をさらりと店頭に並べていた。
なんでもない事のように。
これもまたその一環なのかもしれない。
彼女にとっては。
「そしてこの仔が、最後の一頭ですわ」
闇色の檻の中、何度も爪を立てた跡が残る鉄の棒の隙間から覗く瞳。
「屈せず、疑わず、不羈たる孤高の魂であれ」
それがこの獣の求める事なのだろうか。
だとしたら・・・自身ほど相応しくない者はいない。
「美しい仔ですね」
「えぇ、気性が荒いのが難点ですけれども」
暗闇の中、じっと見つめる眼は黒金のように光っている。
その視線から逃げる事も出来ず、さりとて近づくことさえ儘ならず。
婦人が声をかけるまで青年はその場に立ち尽くしていた。

ただの獣だ。
永劫の命を持たず、傷があれば病があれば時があれば。
いずれ長き眠りにつくただの獣だ。
しかし、ただの獣であればこそ、あの意思は何なのだろうか。
思い返す眼光は湿り気を帯びていた。


あれから幾日。
穏やかに流れていく変わらぬ日常の中で。
暗闇を見れば思い出す。
物欲しげな、あるいは品定めするような、あの視線。

ずっと考えていたのだ、身体の脆さを。
身を守る術はある。
これから先を生き延びられるだけの術は持っている。
しかしそれは安穏と暮らしていく場合に限り。
高い確率で、そうじゃない場所に行かねばならなくなるだろうと思っていた。
否、知っていた。
白妙の一件から、いずれ必要になると知っていた。

なるべく気性の激しい仔を。
使役されたくらいで我を失うような存在であっては困る。
なるべく好戦的な仔を。
いかなる存在だろうと臆さず立ち向かう本能を膚の下に。
そしてなるべく夏山の血肉に反応する仔を。
好まぬ餌を与えたとて、望まぬ餌を与えたとて、誰が喜ぶというのだ。

だからこそ、だからこそだ。
檻の奥からじっと見つめる眼に感じた意思を忘れられなかった。
血肉に反応するのであれば『出来る』かもしれない。
夏山千歳の望むものを叶える事が。

なぁ、お前には・・・何をやろうか。


夕暮れの訪ね人は香り高き花の名を持った婦人だった。

あの後、もしまだ引き取り手がいなければ自分が譲り受けたいといった内容の手紙をしたためて、ポストに投函した。
既に引き取り手がついている可能性が高いと思いながらも。
店に出されてから、一度きり、見に行ってから。
もう何日も経っている。
何日も経たねば決心がつかなかった。
文字通り身を千切られる決心をせねばならぬのだ。
それだけのリスクを負わねば、千歳には従えられない。

ただの個人である千歳ではいけない。
夏山の千歳でなければ。

「鍵は此方に」
この細い鉄の塊ヒトツで、あの仔が得られるという。
礼を告げて受け取った鍵を掌の中で転がした。
空洞のような軽い音。
もしまだ引き取り手がいなければ、その運に賭けて、その縁に賭けて。
そうして得たものを未だ呆けた心地で見つめていた。
縁は確かに紡がれた。
「それでは後ほど、引き取りに参りますね」
梔子の花に従わぬ獣。
無骨なればこそ、花に触れれば手折る事を恐れ腰が引けようか。
それもまた可愛かろな。

そんな事を思いながら。


檻から開放すれど、その獣が飛び掛るような事は無かった。
鎖を引き山道を歩き白亜の城に辿り着くまで。
唸り声ヒトツ上げる事無く大人しく後ろをついてきた。
はち切れんばかりの欲望をその身にひた隠し、喰ろうてやると睨みつける眼はあの日から変わらずとも。

「そんなモノ欲しそうな眼で見たって如何しようもありゃしませんよ」
鎖から手を離した途端、ほとばしる殺気を抑えようともしない。
爪を立て、毛を逆立て、牙を剥き。
私の全てなど喰らったところで、お前の腹が耐え切れないだけだというのに。
「とは言え、見所はありましょう」
夏山の血肉に反応するようならば獣としては最上級だ。
「これは取引ですよ」

白蛇に左の腕を。
日の昇る刻のみ、山を支配していた大蛇よ。
黒獏に右の腕を。
日の沈む刻のみ、山を支配していた夢魔よ。
幼竜に右の耳を。
生き長らえさせるために、生けた屍と成り果てさせ。
霊獣に血の液を。
産まれた瞬間から定めとなりて、彼女達と契約した。

「お前には」

お前には東征の名をやろう。
日出ずる土地、暁の意。
明けの夜に進軍する将たる名を。
どうか夏山の千歳を守っておくれ。
「其のかわり、私の両脚を差し上げましょう」
なぁに、千歳は生まれた時から夏山でしかない
お前好みの主でいてやろう?
屈せず、疑わず、不羈たる孤高の魂。
「ですから私の獣に成りなさい」
夏山の千歳ならそれを叶えられる・・・。

「私の願いを達成するには、お前の力が必要なのです」

顎を取る。
頭蓋を抱きしめる。
柔らかい毛に顔を埋め、数度の抱擁。
「口を開いて」
片手で剥き出しになった牙の位置を確かめ。
荒い呼吸を腹に感じながら、指先で促す。
地に膝ついた両脚の上へ。

頭の中で早鐘が鳴る。
これが四度目の契約、これが四度目の経験。
無防備に自身を曝け出して、殺されぬ保障などありはしない。
押し潰され腹を食い破る事など一瞬だ。
信頼に値する相手か。
利と益を計算してくれる相手か。
命を奪われるかもしれないリスクを負ってまで『契約』をする価値のある相手か。
・・・あると思った。
この血肉に込められたものを欲する眼に。
それでいて即座に飛び掛らぬ慎重さに。
においと同等にほとばしる本能に。
何よりも。
花を手折る事を恐れるその心に、価値を見出した。
むしろこの機を逃せば、次に何時リスクを払ってまで傍に置きたいと思えるような相手に出会えるかわからなかったのも、ある。

タオルは既に口に含んであった。
恐れを越えて痛みの先へ。
契約とは魂を混ぜる行為。
此方を主とし其方を従とす。
そんなのは所詮、建前でしかない。
混ぜてしまえば其処に主も従もあろうものか。
それでも、それがどうしようもなく必要だった。
最も容易に人を超えた力を手にする方法だったから。
生き延びるために必要だったから。

そうしていった結果、背負った業の連鎖を断ち切るために、今また此処で業を結ぼうとしている。


牙が肉に沈んでいく。
膚を破って、筋を裂いて、肉に沈んでいく。
痛みも恐れも全て混ぜた熱が脳を突き抜けた。
声は喉の奥で塞がれて形を成さない。
成せない。
浅いようで深く深いようで浅く牙が内を抉っていく感触が続く。
感触、そんな生優しい名だろうか。
硬い毛並みを強く掴みながら。
溢れ出る血液を舐める舌に意識を掬われながら。
すがるように漏れた咆哮が虚空に溶けることは無かった。

瞼を開ければ、其処は青竹の世界だった。
鈍く照り返す竹の一本に触れると、瑞々しさを湛えた冷たい触り心地がする。
胸一杯に深呼吸。
青くささを伴った爽快な空気に、微かに甘さが隠れている。
彼は此処で産まれたのだろう。
春も暫し後、次第に気温も上がり暑くなってゆく皐月の直前に。

終わりの見えぬ葉の屋根が次第に色を薄くして。
青々とした色は金色に、ふっくりとした若さはかるくかたい乾きに。
淡い黄色の柔らかい仔虎も同様の変化を得ていく。
ころころとした愛らしさは消え、のびやかなしなやかな肢体に。
まだまだ若さの抜けぬ表情の虎だった。
透明な瞳孔の奥には迷いなど何一つ無かった。

万華鏡のようにくるくると、季節は何度も廻り変わる。
地中から姿を現した竹の子は天を目指しやがれ枯れてゆく。
何度だって何度だって。
虎はその変わらぬ世界を愛しながら、同時に退屈していた。
魔の肉を口にする、その瞬間までは。

「口にされたのですか、夏山の人間を」
幾度季節が廻りて。
威厳を増した虎は常のように、桃色のはらわたを食っていた。
肉の薄い人間のものだった。
「あぁ」
脳髄から腹の下へと流れるように振動する。
青年の風に消えそうな声とは違い、其処に存在している事を誇りに思うような声だった。
そう聞こえたとてそれは目の前の表情とは噛み合わない。
「喰ろうた」
深く陰った瞳を地面に落す。
それは贖罪の色では無く、後悔の色をしていた。
「憔悴しきった獲物を狙わぬ道理はあるまい」
青年は小さく頷く。
「分家の方でしょうね。
父の代に出奔されたという記録が残っております、捕縛する事も叶わず今をもってして行方不明だと。
そして恐らくは」
口元に手をやりながら呟く。
問うというよりは本当に独り言が漏れているだけの様子で。
「分家の中でも、本家と血の濃度が近い方だったのでしょう。
あの家から離れて生きてゆくには、血が濃ければ濃い程・・・憔悴せざるを得ない事態になりましょうし。
でなければただの獣だった貴方に殺されるとは思えません」
「おう」
笑う。
「所詮はわしもただの獣よ」
低い声で笑う。
草むらに長身の体を倒しながら、血で汚れた口を大きく開けながら。
前足に力が込められ青年の胸が一層押さえつけられる。
「何も知らずに喰うた肉はカラカラだったというに天上の味だった。
啜うた血や臓腑は蜜のようだった」
うっとりとした声色で訴えるも虎の瞳は変わることは無かった。
「あんなにも美味いものを喰うたのは初めてだったからな」
虎の瞳孔はその時から迷いを持った。
「ぬしには分かるまい、ぬしの血肉がどんなに甘美な誘惑を持っていようか」
忘れえぬ誘惑を求め続けたのだろう、この虎は。
口にするごとに増す『何か』に後押しされながら。
目に見える力の弱いものを腹に収め続けるうちに。
徐々に目に見えぬ、気配がするだけだったそれらを感知し始めた。
触れることが出来るようになった。
そこまできたら後はそれまでと変わらぬ。
喰らい続ければイイ、殺して奪って喰らい続ければイイ。
決して踏み出しては成らぬ領域へ侵入してしまった。
その事に不安を感じなかったわけではない。
が、止める事も出来ず、後戻りも出来ず。
腹の奥でうごめくあの人間の血肉がもっと喰えと語りかける。
もっと喰え、もっと喰え、もっと喰え。
喰い続けろ腹が千切れるまでそして。
「アレを知った」

何百と続く影鳥の足よ。

何千と光る死霊の眼よ。

何万と響く鈴の音よ。

「アレは此方に干渉しようとはせず、ただ背後に在り続けた」
「そうでしょうね」
冷淡とも呼べる声で青年は返す。
「干渉どころかあなたに危害をくわえる道理を彼らは持っておりませんもの」
その事は幸いにして災いとなったのだろう。
哀れなほど弱りきった声がおうと喉の奥から漏らされる。
在り続けられる事が、この虎から平穏を奪ったのだろう。
穏やかで過ごしやすかった竹の囁きは全くの別物となってしまったのだろう。
偶然の邂逅が悪魔のような囁きをもって業の顛末を呼んだ。
「戻りとうございますか」
青年の問いから逃げるように前足を退ける。
全くその様子は悪戯が過ぎて当惑しきった子供のようだった。
「それでは、いっそ駄目だと諦めていらっしゃるのでしたら、供にゆきますか」
見下ろす。
決して強靭とは呼べぬ細い肢体は押せば容易く潰れてしまうのだろう。
あの時、口にした夏山の同族と同じように。
「・・・わしは、人間とは違う」
快楽に従って様々なものを喰ってきた。
それは業ではない。
「懺悔などせぬ、贖罪などせぬ、許し請うなど決してせぬ」
アレの視線に心が屈してしまった事。
アレの足音で心が疑ってしまった事。
アレの存在に・・・内から囁く恐れに魂を売ってしまったこと。
「わしは他がどうであろうと関係無い。
が、わしの魂の穢れだけは許せぬ」
それこそが獣の業だった。
「アレを受け入れよう、そしてぬしを喰ろうてやろう。
悦べ、最上の血肉を持った人間よ、ぬしの願いとやらに付きおうてやる。」
虎という皮を捨て、超えてはならぬ領域を超え、虎は獣と成った。
「わしとて魂の禊は必要だ。
その仕上げにぬしを喰らう事でわしの禊は完成する」
不遜なまでのその声に、青年は満足げに頷いた。
「霊獣、王虎。
あなたに名を与えます。
日出ずる土地、暁の意。
明けの夜に進軍する将たる名を」
東征。
どうか夏山の千歳を守っておくれ。

そして獣は大きく口を開き、青年の脚に噛み付いた。


目が覚めればそこはオレンジの世界だった。

傍らにあった気配がごそごそと動き出す。
はっきりしない視界のまま、ただただ目を焼くオレンジに明瞭を求める。
指先を動かすことも叶わなかったけれど。
口を開き声帯を震わせることも難しかったけれど。
生きている、死んではいないと言った方が正しいかもしれないが。
ぐるぐると身体の中を駆け巡る熱が気だるくて再度、目を瞑る。
「吐きそ・・・」
血は止まっている、らしい。
傷も塞がっている、らしい。
否応無しに意識は薄れてゆくが、そうはさせるかとばかりに頬に冷たいものが押し付けられた。
黄と黒の交互のラインが目の端に入る。
近すぎて焦点はまだ合わないが、先に連れ帰ったばかりの獣だと気付いた。
「東、征」
「おう」
左腕から生えた蔦が獣の首に絡みつき、殆どそれの支えに任せ上半身を起こす。
そのまま獣にもたれかかった。
ようやく合い始めた焦点が辺りの状況を伝える。
生え始めた柔らかな雑草は乾き始めの血のせいで変色していた。
身体を動かすたびにぱりぱりと小さな音がする。
想像よりは少ない、が、決して見過ごしてはならない量の血液が流れ出たらしい。
気を失ってから白妙が応急処置として傷を塞いでくれたのだろう。
疲弊と両脚に残る痛みから思うと完治させたとは言いがたいが十二分に有難いことだ。
きっと完治させるには体力が消耗しすぎている事も見抜かれている。
「右に指示を出させますから、それに従って」
青年の影から何匹かの羽虫が現れる。
一匹は城の最上階へ家主を呼びに、もう数匹は既に気を失っていた青年の周囲で瞬いていた。
不意に、背後にざわめくものを感じて振り返ると。
そこにある筈の血痕は、城を取り巻く蔦に覆われて見えなくなっている。
「喰われるだけの坊ちゃん、か」
背に感じる重みに何の感慨も得ない。
何時かその感情にも変化が現れるのだろうか。
ないしはただの食物を大事に大事に守り続けるだけなのだろうか。
虚ろに思考を彷徨わせながら、飽きたように首を振った。
蔦の動きに呼応するように青年を背に乗せて獣は歩き出す。
暮れなずむ城、点りだした灯りに向かって。
オレンジと黒のシルエットへ向かって。

この青年が何を期待しているのか知らないが。
これは取引なのだと言った。
両脚を失うリスクを抱えて、ただの獣だったものを霊獣扱いして。
そこまでして得たものが青年にとって吉と出るか凶と出るか。
分の悪い賭けだろうに、それを取引といった。
「何を期待しておるのやら」
自分の身の他に代償となる価値を知らぬのかもしれない。
もしくは自分の身の他を代償と出来ぬのかもしれない。
それは・・・一体、どういった感情なのだろう。

かくも脆く儚き生き物に獣は初めて興味を抱き始めていた。



(了)
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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