2012年01月17日

白妙の姫 完全版

■共通諸注意
この物語は千歳本筋RPです
本筋RPは全体の流れとして非人道的(具体的には近親間の婚姻、カニバリズム等)な描写、設定が含まれる場合があります(アップする際に冒頭注意として上げていきます)
背後様が在学中の方はご遠慮願います
性描写はありません
道徳の分別、現実と創作の区別のつく方、上記の非人道的描写をエンターテイメントと割り切れる方のみ、御覧になってください

尚、作品中のゲストキャラクター様には、既に確認と了解を得てアップしている事を明記しておきます


千歳本筋RP 第一部:白妙姫
2008年2月6日筆


..
それはある夜の出来事。
獣と獣の、邂逅の話。

片や九臥の始祖たる麗艶なる四尾の妖狐。
片や奇跡の治癒術を持つ夏山家の最秘奥。
愛する子供達にその身を任せた、霊獣の話。




「風月堂様ーっ」
幾束もの古い紙を抱えて、今日も青年は狐に駆け寄る。
縁側で書き物をしていたらしい屋敷の主人は、快活な呼び声に顔を上げた。
のろのろと、呆れたような顔付きで。
「・・・千歳か、駄目だと言っただろう」
「まだ何も申し上げておりませんのにっ!?」
「諦めろ」
ぶっきらぼうな仕草で追い払うも、些細な事を気にする割に、妙な所で遠慮の無い青年は構わず隣に座り込んだ。
本当に妙な所で遠慮が無い。
そのくせ、書き物の内容は決して覗こうとしない。
痛む頭を抑える狐。

戯れのつもりだったのだ、とは今更、言い訳にしかならない。
目の前の青年がどうしてこの大陸に来たのか、その経緯が頭に残っていて。
錬金の術をぽつりと漏らした事が、そもそもの失敗だった。
「禁呪だ」
思い出したように理の根源・・・マナの名を呟く青年を見るたびに、不安になる。
お前はその身に今以上の業を背負うのだろうか、と。
自分の従者のように、何に代えても青年の身内を救おうとするのだろうか、と。

いっそ金が欲しいのであれば、まだ良かった。
青年の望みは富や名誉では無い。
あまりに大掛かりな肉体の改変・・・解呪の術を。
死者を蘇生させる事に近いほどの、大掛かりな解呪の術を求めていた。

「まな」
「お前は、またそうやって直ぐにはぐらかそうと・・・」
「まなはね」
じっとこちらを見つめられる。
青年の方が格段に背は高いというのに、どうしてこうも見上げられる印象が拭えないのだろうか。
「愛娘とか、呼びましょう」
「は?」
きょとんとした顔を見つめていたら、段々と要領を得てきた。
ああ、そうか、彼の呟くマナの意にずっと違和感があったが。
「根本の意味からして間違えているだろう」
手元の紙に愛の字と魔の字。
ぽつりと落ちた墨が滲む。
「私が言ってるのは魔の意の方だ。
世界の根源で流れる力、生命の源、様々な名で呼ばれているが・・・そのものは変わるまい」
くるりと魔の字を円で囲む。
「で、だ。
世界の根源に触れるという事は、世界の法則そのものに触れるという事だ」
墨のように、瓶から流せば地に落ちる。
紙に落ちれば黒は広がる。
これを世界の法則と呼ぶのなら。
「上から下に落ちるものを捻じ曲げるか?
広がり行くものを収縮させるか?
それにかかる力は・・労力は規模に比例して大きくなるだろう」
ありえない事柄の実現。
種明かしをしてしまえば、それは本質を曲げるという事にしか過ぎない。
「錬金術も言霊も同じだ。
本質の変化とは、世界の法則を無理矢理捻じ曲げた末の実現であって、本来、人が手出しすべきでは」
「愛情も?」
顔を近づけ、じっと見つめてくる青年。
深い色の瞳は迷い無く、無邪気で、濁っている。
本当に・・・どうしてこうも見上げられる印象が拭えないのだろう。
暫く言葉に詰まった後、胸を押して身体を離した。
「お前は、また、そうやってはぐらかそうとする」

あの瞳が時折、恐ろしいなどと。
どうして言葉に出来ようか。


白妙姫は愛情の獣だ。
何代も前から夏山の家に仕えてくれた。
彼女が触れたものはどんな傷だろうと、たちまちに癒えた。
例え四肢を切断しようとも、臓器を破壊されようとも。
傷跡ひとつ残さず元通りになった。
冗談みたいな力だ。
その術を奇跡と呼ばずして何と呼ぶべきだろうか。
夏山家の最秘奥のひとつ。

どんな条件下であろうと主の身を守りぬく老鯨。
銀夜王。
未来視と砂嵐を司る沈黙の巨鳥。
黄塵兵。
激しい気性と呪われた生誕に相応しい、業火を操る人面の狐。
真紅僧。
そして治癒の術と腐敗の術を持った対の霊獣。
白妙姫と黒曜姫。
薄暗く湿った山の中に眠る霊獣達。
夏山家の最秘奥達。

ただし、彼らの力の代償は決して小さくない。
術の対象者だけならまだしも、主を、そして彼ら自身が大きく消耗する事も少なくなかった。
戦場で形振り構わなくなった夏山の人間に近づいてはいけない。
彼らがその身に宿す精霊達の力を全て解き放てば。
更にそれが最秘奥であるならば。
辺り一面、死の海となるだろう。
人間だけではない、動物が、蟲が、草木が、大地が枯渇されるだろう。
思えばそれこそが狐の案じていた「禁忌」だったのだ。

白妙姫は愛情の獣だ。
柔らく豊かな純白の毛並み。
透き通った瞳も、体液も金色で。
真珠のような輝きを持った一角。
荘厳にして清廉、霊獣の名に相応しい獣。
そして彼女は優しい。
あんまりな程に、自分以外の者を優先する。
彼女は計算をしない、何故なら彼女は獣だから。
目の前で傷つき苦しんでいる生き物が居れば、例え敵であっても見過ごす事は出来なかった。
愛情の獣、その身を構成するのもの殆どはマナであり、まなだった。

「ですから千歳には、マナもまなも同等の意を持つのですよ」
自分の中では道理なのだが、目の前の狐には理解しがたい事らしい。
ふむ、と納得したんだかしてないんだか。
相変わらずの返事をされて、青年の心が少し膨れる。
それも日常、小さくため息をついて立ち上がった。
紙の束を抱えなおす。
「冷えますからね、あんまり長居してはいけませんよ」
小さくお節介を呟いてから、その場を後にした。
青年にしては珍しく早足で。
膨張した心を抑えながら、何処か遠くを眺めながら。


風が吹く。
その日は空気の澄んだ夜だった。
凪が呟く。
群青の空に月明かりが眩しかった。
あまりに静かな邂逅だった。
あまりに静かで、誰も気付かない邂逅だった。

全ての生き物が寝静まったと錯覚させられるほどの深夜。
一匹の狐が青年の寝室に現れた。
四つの尾を持つしなやかな。
白い毛並みの美しい狐。
ベッドから伸びた白い腕は、その気配にピクリともしない。
あり得る筈が無いのだ。
この城にまことの侵入者が居る事など。
一時的に契約を結んでいる蔦や茨が反応を示すはずだし。
そうでなくとも右業が彼らを見逃す事は、まず無い。
使役獣とは意識を直接リンクさせている、右業の知らせを受けて青年が目覚めぬ事などあり得ない。
ならば何故、白狐は此処に居るのだろうか。

それは、白妙が彼女を呼び寄せたからだった。

常は靄のような状態でしか現世に姿を現さない霊獣が、この夜は何時に無く明確に現出する。
巨大な猫のような獣だった。
毛並みの一本一本が月光を反射して光っていた。
しかしその骨格は大きくひしゃげ、とりわけ背骨の状態が酷い。
波を打ったようにでこぼこと折れ曲がり原型を留めていない。
その上、下半身は千切れたような風袋で、とても生きた獣の姿には見えなかった。
「こんばんは」
白狐は水のように変化する。
細く長い肢体の、美しい妙齢の女性に。
霊獣もまた変化する。
身体の歪みはそのままに、瑞々しい少女に。
どちらも色素が薄く、ぼんやりと闇に浮かび上がっていた。
誰かがこの光景を見ていたらこう表しただろう。
天女達が地上に降りてきた、と。

手を伸ばす。
『九臥ノ神』
鈍重な波紋が広がる。
霊獣の声は外見に反して、貝の中の漣のように鈍く低く重かった。
『ごめん、なさい』
指先が絡み合う。
その様子はなまめかしくも、どこか神聖だ。
触れる箇所からマナを吸い取り、霊獣は人の姿を得る。
そうしなければ意思を伝えられないから。
彼女一人では意思を伝えられないから。
「大丈夫ですよ」
反して白狐の声は滑らかだった。
「狐はマナを消費させぬ使い方に長けているのですよ」
『消、費』
霊獣の呟きに狐は微笑みながら頷く。
「循環させるのですよ、中で。
できるだけ外に出さないように」
握り合う掌から温かいものが二人の間を駆け巡る。
霊獣のむき出しの腹から零れ落ちないように、巧みに流れを作りながら。
白狐は穏やかな声色で続ける。
「あなたのお腹の穴から、マナが落ちていくのはわかるかしら」
ねじれて千切れた傷跡はよく絞った布に似ていた。
それでも傷は塞ぎきれていない。
隙間と呼ぶには大きな穴から、絶え間無くマナが放出され続けているのだろう。
これもまた霊獣が衰弱してゆく要因のひとつだった。
「切り口は精霊質の根元切断ね。
背中と声は、それの余波で歪んだもの・・・おおよそ人の力でできたものじゃない」
霊獣は目を伏せる。
懐かしむように、悲しむように。
『変化の術、は、正しいものじゃ、なかったの』
どうして一家の跡取りが、義妹と叔母を置いて放浪しているのか。
『貴女の子の術・・・言霊、に近い、の』
「本質を作り変える術」
『そう』
十年以上前に起きた夏山家の惨劇。
千歳の実母が狂気に陥り、家の殆どの者を死に至らしめた。
生き残ることが出来たのは千歳、義妹の鞠、鞠の実母の律の三人。
後は離れた敷地に家を持っていた遠縁の親戚だけだった。
『反、動の獣の、血は世界を歪ませる』
その際に、実母が死に際に残した呪いを。
『浴びた私も、子供も、女も』
全てはそれを解くために他ならなかった。
『全て、代償』
あの夏の日の惨劇は、今だ続いている。

「困ったわねぇ」
手を握りなおし、白狐はため息をついた。
「狐の術と違うのはね、元の形がなくなる事なの。
あなたの元の形が失われている。
だから狐みたいに元の姿には戻れない」
思案するように言葉を途切れさせながら続ける。
「とりあえずお腹はね、マナで壁を作れば大丈夫。
それで多少は楽になりましょうけれど」
ねじれた腹を指差して、こぼれるマナを掬い取る。
「錬金術の効果はずうっと続く・・・だから薬じゃ戻らない」
霊獣は一言一句に頷き続ける。
ひたむきに、痛いくらいにひたむきに。
「ん・・・」
あんまり真っ直ぐ見つめるものだから。
白狐は目を逸らしてヒトツの賭けを提案した。
「禁呪と安全の、ギリギリラインな事だけれどね・・・」
気乗りしない様子だが、白狐が口を開く。
「あなたの元の姿を憶えている人が、あなたを創造すれば、治るかもしれない」
最構築。
それは同時に白妙という個を失うに等しい事柄だった。
一定の時期までリセットし、やり直す。
何処まで自我が、記憶が飛ぶかわからない、そういった方法だった。
それでも平坦な顔を崩さない霊獣からは真意を測ることは出来ない。
恐れも喜びも憂いも。
ただ、ただ光指す希望を逃すまいと、確かに呟く。
『黒曜姫』
「黒曜、姫?」

『私の半身』
手を握り直してイメージを直接、脳内に流す。
そこには健常な姿の霊獣があった。
しなやかな身体の線を持った、美しい二匹の獣。
無数の細かい泡が天上へ駆け足で向かう最中。
背から流れ出る金色の体液が羽となって飛び回る、白と黒の二対の獣。
出生など、あまりに遥か遠く。
自分達がどういった生き物なのか。
ましてや生き物でさえあるのか。
全て忘れるほど長い時を超え、ずっと寄り添ってきた。
愛しの半身、気まぐれでひとつの血に仕えてからも離れる事なく供にあった。
その彼女が。
『ずっと、意識が、途絶えていて』
目を伏せる。
もとより現世に縛られる事の無い存在が、どうして見つけられぬというのだ。
対の霊獣に何かあったか、対の霊獣が何かしたか。
探知能力に長けている使役獣の一匹に頼むにも、彼はまだまだ若い。
自分の能力を主人に馴染ませる事で精一杯だった。
「・・・陽ちゃん、ね」
こうして外部から接触してくれた。
ありがたい事だ。
自分だけでは何も出来ない身体になってしまった。
『ごめん、なさい』
青白い指先が掌から零れて。
少女は波に攫われるように、元の獣の姿へと変化する。
波は大海へ還る常。
音を立てること無く、霊獣はその身を塵に変えて空中へと霧散していった。
白狐はその光景をじっと見守っていたが、やがて彼女も獣の姿へと身を変え。
溶けるようにその場から消えていった。

後日、霊獣から治癒の手立てを伝え聞いた青年が深い眠りに身を任せるようになったのは、その一ヵ月後の話。
雪がうずたかく積もり世界は音を遮断する。
城壁の崩れる音も、呪竜の咆哮も、誰かが涙を落とす音も。
なにもかも。
なにもかも。

それはある夜の出来事。
獣と獣の、邂逅の話。

ひっそりと残された禁忌の話・・・。




(了)
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック