2011年12月06日

2010年 ランダムダンス




..
■春の野に出でて若葉摘む

「ふぅ」
司会を終えた青年は舞台裏で冷を口にしていた。
手近な机には紙束、そこには第一幕のペア発表。
青年の隣には三文字の名があった。

「・・・鳥神様、でしたっけ」
昨年、ダンスホールに響いた声を思い返す。
ハイテンションなハイトーンは真夏の太陽を浴びるようだった。
初回から手応えのありそうな女性とのダンスに心が弾む。

精霊の光に導かれて、薄暗い舞台裏から光り輝くダンスホールへ。
馥郁たる花の香りの元へ。
光は一人の少女の髪に留まって消えた。

「こうしてお話しするのは初めまして、でしょうか」

きゅっとした細腰から、ふんわりと広がるスカートは春の野原を思わせる。
すくすくと新緑が萌えるような、しなやかな長い髪。
緑の色がお揃いだ、少しだけ、と口元が緩んだ。

「夏山千歳と申します。
お花、よくお似合いにございますね」
少しだけ仮面を外して会釈をする。
「最初のお相手を務めさせて頂くことになりました」
手の中の番号札を見せて笑いかける。

青年にとっても今年は今回がまことのファーストダンスだった。
相手の少女とも殆ど面識は無いに等しい。
しかし不思議と緊張は少なかった。

この青年はこよなく植物を愛する。
そして無意識に知っていた。
花々に守られた目の前の少女が若葉であることを。

手を差し伸べる。
「一曲お願いできますか、ウルラ嬢」


□春の野に出でて若葉摘む、その後

それはダンスの最中、雪に溶けて消えるような小さなやり取り。

「君がため・・・」
ふと呟いた言葉に目の前の少女が首を傾げる。
「あぁ、そういった和歌がございましてね」
「どんなイミなんですか?」
大きな瞳にはきらきらとした興味が溢れていた。

「まだ寒いけれど野原に出て、春の七草を集めましょう。
貴方の長寿を願って、私の袖に雪が積もっても、ってね」
「ヤサしい、です」

たったったっ、と早めのテンポで靴を慣らす。

「千歳も、なんだかそんな気持ちなのです」
青年は、飽きないなぁと思う。
太陽のような笑顔で、弾けるようなパワーで、ちょっと人見知りで。
見ているだけで元気を与えてくれる目の前の少女は、きっと多くの人にとって生きる上での七草粥を差し出してくれるのだろう。

じんわりと身体に染み渡る。

「???」
「うふふ、快いって事ですよ」
少々、置いてけぼりの少女には、このダンスが終わる頃に意味を伝えよう。
それまでは、それまではひっそりと自分だけで、この恩恵を受けていよう。
その衣に降り積もる雪は、払わなくても良い、温かな雪。

夏の雪の香りがした。


■波をかきわけて

第一夜目で、ひっそりと愛らしいなぁと思ってやまないペアがいた。

なにかと懇意にしている兎のぬいぐるみと、まだ幼くも気品漂う貴族の姫君。
彼らのやり取りは、小さいものが大好きな青年にとってツボにはまって仕方なかったようだ。
庇護欲をそそる水色の髪。

「伝統、様」

その意味に続く家名の重さを量る。

青年が当主として顕在する夏山は、しかし既に没落した一族だった。
血筋に呪いを受けているため復興を望む気持ちも薄い。
が、その文字は、時に重い。

所詮は異国の地の田舎豪族と、栄華を誇る大陸の貴族では全く勝手が違うだろう。
そも、そんな事を考えるのも失礼に当たる気がしてきた。
自らの野次馬根性に恥じながら、ようやくロングストレートを発見する。

「こんばんは、イストワール嬢、ですよね。
今宵のペアと相成りました、夏山千歳と申します」
しかし思う。
折に見た紋付袴の青年とのやり取りからは独特の距離感を感じた。
「うふふ、伝統様って素敵なお名前にございますねぇ」

それは家族にも似ている。

その場に跪いて右手を差し出す。
白魚の手が重ねられるのを、じっと待つ。
この手は波、ダンスホールの大海で、真珠の名を持つ姫君を連れて。
「お手をどうぞ、レディ」
ただの千歳として踊るための。


□波をかきわけて、その後

チェロが響けば右にターン。
姫君とのダンスは、空恐ろしいほどに息があった。
それはきっと彼女がリードされることに慣れているための、余裕だ。

「イストワール嬢はダンスがお上手ですねぇ」
込み上げる感嘆を素直に告げる。
相手を褒める際の照れの無さは青年の美点だった。

ホルンが唸れば左にステップ。
琥珀の瞳は冬の湖面のように深く透い。
触れたら指が沈むんじゃないかと思った。

先ほど夢想した名の意味が頭を過ぎる。
この華奢な身体からあふれ出る決意は、想像もできないが、しかし解るのは酷く強いという事。

誰もが何かしらを背負って生きている。
実現が不可能と笑われるかもしれない。
他人から見たら些細かもしれない。
しかし、そこにある重さは、生きるための碇となる。

生きていこうと思えるための碇となる。

小さく柔らかく力強く。
終わりを迎えたダンスに一抹の寂しさを感じつつ、少女に礼を言おうと思ったとき。
「やだ、すいません。変ですよね」
その湖面から水があふれ出る。

反射的に、抱きしめたい、と思った。

強く手を握って、その衝動をこらえる。
強すぎる庇護欲は・・・ましてや、こんな初対面の男からのものは・・・いざ大海へ翔る魚には不要なのだ。

かける言葉も見つからず、ただ笑んで手の甲にキスを落とす。
恥じたように頬をおさえ、深く一礼をしてから足早に飛び立って行った。
見送りながら小さく呟く。
きっと彼女は大丈夫、無責任な想像上の確信を抱いて。
青年もその場を立ち去るべく、皮靴を鳴らせた。

きっと彼女は大丈夫。

彼女を慈しみ、彼女を守る。
輝く珊瑚が、その名に続くから。


■赤い鳥、もーいっかい

「ふぅ」
これまで、その場その場での手伝いはしてきたが、本格的に名乗りを上げたのは今回が初めてで。
青年は初めての実行委員に翻弄され続けていた。
何もかもが新鮮で、何もかもが難敵だった。

けれど、その全てが光り輝いていた。

カウンターに寄りかかって、こんじきの一杯に口付ける。
薔薇の芳香にあまったるさが混ざった。
「美味しい」
桂花陳酒を揺らしながら友人の声に耳を傾ける。

毎年、三曲目が流れると心臓が踊りだす。
今回は「その可能性」が無いと知っていたから、例年に比べて平穏に迎えられた。
こういう時に、自分はとうに染まっているのだと知る。
空になったグラスを置いて歩き出す。

三曲目のお相手は何かと縁のあるバードマン。
今年はセクシーなマーメイドラインを新調していた。
「赤い靴、履いてた、女の子」
どこまでも赤く、赤く、くれないの。
ほろ酔いの上機嫌もあいまって、呆気に取られた彼女の、その手を取る。
「今年も御一緒ですね」
彼女の斜陽は、しかし暮れない。

ダンスホールへと手を引く。
青年は、どこか自分が悪者のような気持ちを覚えた。
きっと頭をしっちゃかめっちゃかにする戦慄のせいだろう。

異人さんに連れられて、いっちゃったってね。


□赤い鳥、もーいっかい、その後

金木犀の香りがすっかり消えた頃、青年は青ざめていた。

「やってしまったです」
この青年には毎年、一回は酔いに任せて何かをやらかす悪癖があった。
しかも去年は記憶が無い。
「期待を裏切らないです、千歳クオリティなのです・・・!」
壁に手をついて反省のポーズ。

「だって宴のお酒は美味しいんですもん。
上質のアルコールだって、たまには呑みたいんですもん」
ぶつぶつ言い訳をしながらカウンターへ。
「・・・あ、『Chii』呑みたいなぁ、りらくすぺしゃるも」
舞台裏ではちょくちょく会っているもの、中々ゆっくり話す機会に恵まれない友人を思い出す。
一昨年、占い師と結晶少女に作ってもらったカクテル。

どちらも見た目は可愛らしく、甘すぎる程に甘く、そして度数の高い悪質なレシピだった。
「また作ってくださらないかしらねぇ・・・あぁ、バーテンダーさん」
小さな声で要望を告げる。

その紅は人波に紛れて、尚、目立っていた。
「メリッサ嬢ー!」
足早に近づく。
振り返った顔は出会った頃と変わらない、クールな眼差し。
「え、ええと、先程は大変失礼致しました、ご挨拶もしないで立ち去ってしまって」
浮かびかけた照れ笑いをどうにか押し込み、手の内にあったものを差し出す。
「お詫びの気持ちに・・・よろしかったら此方を」

それは透明な液体だった。
肌理細やかな気泡が生まれては弾ける。
グラスの中には鮮やかな緑があった。
「モヒートというカクテルを、アレンジしていただきましてねぇ。
ミントの代わりにレモンバームを入れていただいたのですよ」
今度こそ、おさえ切れなかった笑みが浮かぶ。

メリッサの香るカクテル。

「うふふ、どうぞですよぅ」


■ミセス・オルゴール

実況中継が終わるやいなや、青年は駆け出していた。
薄暗いステージ裏。
ここ数日ですっかり顔見知り以上になった三人のシルエットが其処にある。

「相変わらず小気味良い実況でしたよぅ!」
労いの気持ちはハイタッチならぬミドルタッチに。
二連続の乾いた音に、きっと近くに居た他の委員達も笑みを浮かべただろう。
そして最後の小柄なシルエットへは。
「はい、はいたーっち、なのです」
腰を屈めて目線を合わせて、おどけるように掌を向ける。

三度目の乾いた音は響かない。

「うふふ、捕まえた」
差し出された手を取り腰を抱き。
青年らしからぬ強引さで、近場の椅子まで抱きかかえて、座らせた。

「千歳は実は治療師なのです」
唇に指を当てて内緒のポーズ。
「けれど軽いお怪我も魔法で治していると、身体がサボりだしちゃいますからね。
優秀なお医者様の手当てもあったと聞き及んでおりますし」
四夜目の曲が聞こえる。
ほの暗く、人もまばらなステージ裏で聞くそれは、一枚の薄紙越しにあるようだった。
奇妙で懐かしく、そして切ない。
「だからここで踊りましょう、心で踊りましょうよ」

それはオルゴールに似ている。

去年までは享受するだけのものだった。
しかし今年は自分達で作ったものだと胸をはれる。
座らせたまま両手を取って、小さくリズムを取る。
ただ静かに笑んだまま、更けゆく夜の旋律に耳をすませた。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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