2011年12月05日

2009年 ランダムダンス




..
■背中越しの

会場に戻る頃には既にペアも発表されていた。
羽虫の精霊を飛ばして確認すれば、意外な名前が対となっていた。
会場の護衛を一手に引き受けた生ける剣、焔雅。
永寿に広く知られている勇猛果敢な侍。

バルコニーに向かう。
冷たい外気に紛れて、アルコールの香りがする。
パンツスタイルの白いスーツ姿が夜目にも眩しい。
手すりに凭れ掛かる背中に声をかけることも出来ず、背を向けて硝子扉に身を預けた。

武人である彼女は既に自分に気付いているだろう。
けれど彼女の時間を邪魔する道理を、自分は持っていなかった。
ただひたすら待つ、今年最初の女性を。
扉一枚隔てた背後で夜に酔う蕾を、待っている。

「待たせたかしら?」
「いいえ、お疲れ様です」
耳に心地よい響きと向き合う。
まっすぐな瞳は凛々しいが言葉からは柔らかさを感じた。
冗談を交える女性の手を取る。
此方の身体は解れているし、侍の所作も手馴れたもの。
彼らのダンスは水が流れ出すように自然なものだった。

「・・・熱帯に咲く仙人掌はご存知でしょうか」
くるりとターン、引き寄せて。
「一夜しか咲かぬ大輪の、真珠の色をした花弁の」
三度のステップ、身を離す。
「強い芳香により開花を知る」

そうしてまた流れ出す。
悪戯小僧の笑みをたたえて、彼らのダンスはたおやかに。
「その様を眺めることに興が乗らずして、千歳は何を楽しめましょう」


□背中越しの、その後

終曲によりまばらに散った人波で、彼らのダンスもようやく終わりを迎えた。
途中のアナウンスで大人の雰囲気と例えられていたのが聞こえたが。
・・・あまり、そうとは、思いがたい。
「なんだか、もう、いっぱいいっぱい、に、ございます」
「あら、鍛え方が足りないわよ?」
「は、はひー」

猫のように目を光らせてからは、互いが互いをけしかけて、ダンスはヒートアップしていくばかりだった。
軽やかなリズムに合わせて地を駆ける。
目線の合図で抱き上げるように空を舞う。
長い手足をのびのびと、大柄な二人はたいそう気持ち良さそうに舞う、舞う、舞う。
高揚する二人を止められるものは誰一人としていなかった。

それでも他のペアと接触しなかったのは、侍の気遣いと青年の探知、両方による成果だろう。
「でも・・・とても楽しゅうございました、ね」
切れ切れの息も整い、首筋に浮かぶ汗を拭う。
簡単で恐縮ですけれどと断りを入れながら手近にあったソフトドリンクを渡す。
「そう、先のお話にございますけれど」
青年も一口、含んで壁に背を預ける。
壁はひんやり冷たくて、侍を見つけた時に預けた扉とよく似ていると思った。
月を仰ぐ気配を背後に感じて。
「確かに仙人様の御手にも良く似ていらっしゃいましょうね。
細く節くれだったような様子とか」
疑問符を浮かべる様子に、小さく笑みを向けた。
「・・・月下美人という、お花の、ね」


■潮騒

「・・・今年は、古くからの友人と語らおう!週間なのかしら」
二曲目のペア表を見て、何やら感慨深い様子の青年。
ともあれ赤いブレザーである。
彼女と言えば赤いブレザーであり、赤いブレザーと言えば彼女なのである。
図らずとも一曲目の彼女のパートナーである偽りの聖職者と同じ勘違いをしてしまったのはご愛嬌。

ひたすら赤い姿を探しながら、橙の明かりに誘われて。
歩き回れば懐かしい国、懐かしい時を思い出す。
傷だらけのテーブル、古びた木の椅子、暖かい紅茶と金色のお酒。
美味しい料理、温かな膝掛け、喧騒に混じって潮騒が流れていた。
喫煙できるよう窓際に陣取り、ラヴェンダーの少女や白猫さんと過ごした日々。

ゆりかごで眠る赤子のような、安堵の記憶。
潮の香りは優しい記憶を与えてくれた。
その場に、彼女も居た。

赤い姿は一向に見つからない。
衛兵に確認してみれば、今回は緑の姿に変装してきていると言う。
予想外の思い違いに照れ笑いを漏らしつつ、羽虫の精霊を飛ばす。
「・・・もう何年前になるのでしょうねぇ」
問いかければ答えてくれるだろうか。
案外、さらりと流されるだろうか。
それでも無性に話してみたかった。
共有できる過去に存在の確証を得たかった。

他愛ない日々を過ごした竜骨亭という名の居酒屋の思い出を。


□潮騒、その後

さて招かざる客が来たり、エアシップに初搭乗したり、帰り道に天使を拾ったり。
そうしている間に二曲目も始まり、あれよあれよと時間は過ぎ去っていく。
「共に楽しいひと時を」
「はひ、宜しくお願い致します」
少々乱れた髪が気になるも、元々そんな洒落者でも無い。
今年初めての軽い心持ちでステップが踏まれる。

「岩のお国の泥粥は言葉にならない触感でしたねぇ」
「京の桜は七色なんですよ」
「砂漠の雨はバケツを引っくり返したような、すさまじいものでした」

思い出した順に、ぽつりぽつりと語られる。
先の交戦で疲れているのかもしれない。
それとも、もしかしたら。
「ようやく緊張が解けてきたのかもしれません」
「ようやくなんですか?」
淡々とした返しは彼女の常だった。
「緊張していたんですか」
「はい、お恥ずかしながら・・・考えたら、まだ料理も頂いておりません」
「それは損ですね」
「「料理と言えば」」
言葉が被さる。
一瞬、気まずそうな遠慮するような沈黙が場を支配した。
「・・・料理と言えば、竜骨亭のお料理は素晴らしいものにございました」
「素朴な家庭料理から季節以外のフルーツまで、不思議なくらい揃っていましたね」
「ふふ、本当に」
笑みを浮かべて手を離し、そのまま一礼。
潮風の思い出を共有できた喜びと共に、二曲目の終わりを迎えた。
記憶は、この胸の中に眠る。
そして誰かの胸の中にも。


■阻むもの

三曲目のお相手は女王陛下の愛娘だという。
以前、母君とダンスを楽しまれていた姿を回顧する。
小さく、か細い身体だが大輪の花の笑顔を咲かせる。

「こんばんは、ミスティ嬢」
腰を屈めて目線を合わせる。
元よりこちらも高すぎる背丈を持て余してきただけに、身長の合わない相手とのダンスも心得ていた。
「今度の相手を勤めさせていただきます、千歳と申します。
楽しい一時にしましょうね」
手を取る。
ただしそれは腕を重ねるような正しいやり方では無かった。
向かい合って両手を繋ぎ微笑む。
「まずは互いに慣れていきましょ」
伴奏に合わせて、ゆっくりと。
革靴と高いヒールが控えめなリズムを刻みはじめた。


□阻むもの、その後

日を追うごとに賑やかさを増す宴は、人波もまた大きなものとなる。
ダンスホールに色とりどりのドレス。
きらきらを隠した囁き、思い思いのステップ、そこかしこに笑顔の花。
終わりの無い光景に思えた。
だが実際、今年は開催期間が長いため、その認識も間違ってはいないのかもしれない。

人の密度の高い場所では包み抱くようにして、その場を逃れる。
そうしていく内に、自然と二人は人の少ない窓際に来ていた。
「ちょっと寒うございますね」
道理で人が少ない筈だと内心だけで納得する。
目の前の少女は変わらず笑顔だったが多少、青ざめてもいるように見えた。
「ドレスですと・・・お身体、冷えちゃいますものね」

一旦、足を止める。
不思議そうに見上げる少女の、華奢な肩にマントを羽織らせる。
それは、表地は黒のベルベットのみとシンプルだが、裏地に牡丹と蔓草の柄が入った反物が使われている。
それまで青年が身に着けていたマントだった。

笑顔を返してくれたが、その瞳の裏に影がある。
「ご存知でしょうか。
男の人は守るものがあるから、紳士にも騎士にもなれるのですよ」
だがそれは青年と少女を阻むものには、決してならない。
「逆を申し上げますと、守るものを欲しいと思っているのです」
根底の感情が違うのだ。
他人を拒絶したくて過ぎる影ではない。

その何よりの証拠が、彼女の踊ろうという意志にある。

だからステップを再開する。
ゆっくりと、雪の降る速度で。
ゆったりと、桜の散る速度で。
「だから男の人が紳士や騎士である時は、きっと同時に守られているのでしょうね」
水平に保たれた天秤のように。
少女が淑女であるように、青年もまた、このダンスが終わるまでは紳士であるのだろう。
そして、そうありたいと言う、音にならぬ吐息が、口の中で霧散していった。


■緑の連ねる道の先

「あらまぁ、一番目」
風に乱れた髪形とマントの形を整えるために席を外していた短い間に、四曲目のペア発表があった様子。
いっそう沸き立つ会場内、見上げた掲示板。
その一番上にて真っ先に名前を確認して、やや的外れな感慨を得る。

肝心の右側を見れば、初見の名前が対となっていた。
「イウェ・・・リッド嬢?」
青年の発音は達者ではなく、明朗な箇所と濁る箇所が曖昧になる。
口の中で何度も反芻していると、涼やかな声が耳朶を撫でた。
「夏山殿」
振り返った先に真っ直ぐな瞳、背筋を伸ばした姿勢の良さ、丁寧な一礼。
そのどれもから実直な人柄をよく感じられて好感を覚える。
「此方こそ、どうぞ宜しくお願い致します」

笑顔で返して、同じく一礼。
重ねた手は暖かだった。

三連符に合わせて鋭く床を蹴る。
大きくターン、受け止めて、またステップ。
軽快なダンスからは品の良さではなく、しなやかな獣の跳躍を思わせた。
彼らはどちらも決まった『場所』を持たない。
塀に囲まれた街中の美しい石畳よりも、お天道様に見守られた草原の方が馴染みがある。
月を見上げて夜を過ごし、岩陰に隠れ雨を過ごす。
そういった時間を当たり前のものとして過ごす人種だった。

だから彼らのダンスは軽やかで際限が無い。
壁を知らぬ世界で生きる彼らだから、言葉を交わさずとも肌で感じるままに。
自由に伸び伸びと、会場を駆け抜け続けた。


□緑の連ねる道の先、その後

まことに言葉を交わさずとも、伝わる縁はそこにある。

「ふぅ、お相手ありがとうございました」
ランダムダンスも終曲を迎え、徐々に人波もまばらになっていく。
此方こそと律儀な返答に目を細めて。
「イウェリッド嬢は確か・・・初めての宴、でしたっけ?」
何かを見聞きするたびに輝いていた、その瞳を思い返す。
共にした時間は短かったが、その様子が何処か結晶生物の友人にそっくりで、どこか微笑ましかった。
「千歳も、そう長くは無いのですけれど。
この宴で素敵な言葉が生まれる瞬間を拝見したことがございます」
ダンスホールの外まで手を引く。
暫く寂しい空間になるだろう、金の床を一瞥する。

そこには、まだ人々の熱気が残っているように見えた。
「縁は宴にて円となる」
沢山の人が此処で出会い、結ばれ、記憶を刻んだ。
縁は縁を連ねて、また新たな縁を呼ぶ。
そうして知り合っていく様が、まぁるく、皆が手を繋ぐ様が、円に見えた。
「イウェリッド嬢の縁も、きっと沢山、紡がれたのでしょう。
千歳もその一端を担えて光栄にございます」
手を離して大仰に一礼をする。

自分もかつてそうだった。
緑の道を歩いた先に、縁の待つ、この地があった。
顔見知りなんて殆どいなかったのに、何時の間にか多くの友人が帰りを待ってくれるようになった。
あなたの縁を願って、みんなの円を願って。
「ありがとうございました」


■彼女の歌

身なりを整え会場に戻った青年が見たのは、信じられない光景だった。
勿論、両思いペアの次ではあるが、またも一番上。
そして対の名は。
「これは凄い、かも」
最後のランダムダンスと殆ど相違ない光景がそこにある。
星屑の導きのまま、少女の姿を探し始めた。

「イウェリッド嬢はお酒好き?」
ひょこりと背後から覗き込む。
「千歳なんかが連続になってしまって申し訳無いです」
言葉とは反対に、青年の顔は綻んでいる。
摩訶不思議な縁を楽しんでいた。
「宜しければもう一度、踊っていただけますか?」
またも言葉とは反対に、手を取る、やや強引に。
五度目のダンスが始まる。

「・・・時の末の子供らよ」
管弦に紛れて、呟きのような歌が漏れる。
「限りある命、歌い踊れ」
社交場で耳にした少女の歌声。
ずっと頭の片隅から離れなかったそれを、青年は歌う。
「朝日を超え、明日を超え」
跳躍、そして鮮やかに着地。
「廻り巡り踊り歌え」
詰めた距離の分だけ、また離れる。
伸ばした手と手を重ねて踊り歌う。

旅人という人種は、時の磨耗を肌で強く感じ取る。
削れていく毎日をひたすら歩き、終わりの無い道を星に託す。
だから重ねあう時が尊いものだと知っていた。
一度目のダンスは、巡り合わせの祝福で彩られた。
そして二度目のダンスは、再会の喜びに溢れていた。
だから青年は歌った。
「全ての円に祝福あれ」


□彼女の歌、その後

そして迎えたフィナーレの。

覗き込んだ顔は、驚きを隠していなかった。
きっとペア発表を確認する前だったのだろう。
陶然とした瞳は、無意識の人間が持つ独特の透明さを湛えていた。
我に返ってからの慌てた会釈は印象を変える。
凛々しく礼儀正しかった旅人の。
「光栄です」
その言葉と共に、少女めいた柔らかさを感じられて愛らしいと思った。
彼女の瞳は雄弁だった。

歌が途切れる。
いつの間にかダンスホールの中央に居た。
シャンデリアの灯りが頭上から注がれる特等席で、顔から少しずれた視線に気がついた。
その先にあるのは醜い傷痕の無い方・・・右頬の先。

傷の先、失った耳に続く跡にコンプレックスを抱く青年は、左頬を見られたり触られることに抵抗がある。
けれど珍しいものでは無いとは言え、どうしても目立ってしまうから、相手が慣れるのを待つしかなかった。
だから傷跡が無い右の耳辺りを見られるのは新鮮な気持ちだった。
目を閉じながら口元に浮かべたものを、青年はそっと見つめていた。

少女の手を引いて歓談席に戻るのは二度目になる。
「・・・緑色はお好きで?」
ダンスの最中に気になっていた小さな疑問を呟いてみる。
「私はお好きですよ、緑、なんたって千歳色ですから」
誇らしげに胸を張る。
すると、まるでそれに合わせたようなタイミングで、大きな拍手が聞こえた。

「何でしょう?お、誕生日・・・ルディ、さん?
あらあらまぁまぁ、ルーディリア嬢のお誕生日らしいですよっ」
なんともお目出度くございますねぇと暢気な笑顔を見せながら、その会場に駆け寄らなかったのは。
「素敵ですねぇ、千歳もこっそりお祝いなのです」
傍らの少女の手を取って、両手で包み込む。
空間を作るようにして出来た隙間から、幻想的な光が幾つも漏れ出す。
青年が従えるもの、幻の羽虫、その明かり。
それは青年と少女の周囲から、次第に天井に広がってゆき。
満足そうな様子の実行委員、祝いの言葉を述べる少女ら、そして主賓の夜の天使の元へ。
誰も彼もに分け隔てをせず、雪のように降り注いだ。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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