2011年12月03日

2007年 社交場




..

■シャボン玉が繋ぐ夜

目を開き。
ふんわりと、シャボン玉が視界を過ぎる事に驚く。
光の正体でもある・・・知覚の羽虫を漂わせていながら。
あまりに何も考えずにぼんやりしていたから、気付かなかった。

「何じゃろかあれは?」
聞き慣れた声、少し前まで同居していた老猫さん。
何故か酷く懐かしい。
「想いを馳せ吹いて、誰かに届けるものなの」
柔らかな少女の声、お会い出来る事を楽しみにと告げてくれた方だ。
背伸びして誇らしげ。
「綺麗なシャボン玉だ」
今度は初めて聞く男性の声、優しい響きが滲み出る。
耳に心地良い。

最後に聞こえたのは小さな悲鳴。
驚いてそちらを見やると、小さな女の子が立ち上がろうとしていた。


■口解けの桜

近寄るのも邪魔かと思ったが・・・これでも治療師の端くれ。
黙ってなどいられない。
「少々、失礼致します」
立ち上がり笑顔を見せている女の子の元に膝をつく。
掌と、ドレスの上から膝の辺りに手をかざして。
口の中で小さく呟くと、擦り傷が跡も残らず癒えていた。
即座に立ち上がり、お節介してごめんなさいねとその場を去る。

カウンターに行き、お次はチェリーブロッサムを注文。
度数の高いそれを口に含む。
壁に背を預けて・・・花屋さんの姿を確認する。
今度こそ話しかけても大丈夫だろうか、と首を傾げながら。
ともあれ、まずはこの一杯を乾してから考えようと、褐色の液体に口付けた。


■春を辿り夏を想う、四季世巡り、華は咲く

羽根飾りの上から虚空に染み入る弾んだ声。
何時の間にか人波に紛れてしまったなぁと思っていたけれど、まさか此方に向かっているだなんて思わなくて。
「お花屋さん」
声に驚きが混じってしまった。
グラスの底の方で液体が揺れる。
アルコールと桜の薫りが交じり合って立ち昇る。
「ああ・・・こちらは桜の名のカクテルでして。
少々度数は高めですけれど、千歳は、ええ、好きですねぇ」
薄く笑って、グラスの端に口付ける。
最後に残った液体を飲み干すと、バーテンダーに礼を述べて白薔薇の君に向き直った。

思えばこの身に纏うものは、ひたすら春の花ばかりだった。
沈丁花の薫り、梅のお嬢さん、桜のカクテル。

そして今、目の前に居るのは、春と夏の境で日を浴びる大輪の華。
その名を冠する憧れの女性。
・・・否、憧れと形容するにはこの感情は違うだろう。
懐いているのだ、自分は。
落ち着いた包容力に心が安堵し、姉へ持つような尊敬を感じている。
どうか、どうかこの気持ちを伝えたい。
貴女の些細で丁寧な気遣いに、自分はどれだけ感謝しているのかと。
伝えたい。

「サンセベリア・・・」
怯えさせないように指先を取る、赤毛の少女の言葉を思い出す。
『鮮やかな緑で背の高い夏の草花。
そこにあるだけで空気を清めてくれます』
貴女の言葉を信じよう。
千歳にそれだけの価値があるのだと、信じよう。
心の中で感謝を告げて。

その場に跪き、深く、深く頭を下げる。
決してキスはしなかった。
それをするのは自分の役目では無いから。

「ピスタッシェ嬢・・・」

名前を呼ぶ。
何時ものように親しみを込めた愛称では無く、名前を呼ぶ。

「千歳の願いをヒトツだけ、聞き入れてはいただけないでしょうか」

顔を上げる。
最後の宴が始まる前、今を逃したらもう無いのだと知っているから。

「最後のダンスが始まる前のこの時間を千歳にください」

見つめる。

「どうぞ、千歳と踊ってください」

初日のような緊張の面持ち。
握る片手に力が入りそうで恐ろしかった。

それでも貴女を一瞬でも安らげさせる、私は花になりたい。


■秋が笑い冬に成る

ラストダンスまでの時間、開放されているホールに。
片手引きながら白薔薇の君をエスコート。
「足を踏まれたくらいで千歳は怒りません」
笑い返しながら手を取り直し、曲調に合わせて揺らぎだす。
最初は探るように。
次第に囁きだす目に見えない流れが、こう動けと命令するままに。
広々としたホールで気兼ね無く。
伸び伸びと大きく、ゆったりと。

それはとても嬉しい事だった。
段々と型にはまったダンスから、自由なものへと変化する。
白薔薇の君の両手を取って円を描くように。
焦らず、驚かせないよう、慎重に。
蕾が花開く過程を思うように、自然に。

この青年は存外、寂しがり屋なのだ。
そして情が深い。

その気質は青年を苛むことも、ままあるけれど。
こうやって例え頻繁でなくとも、やり取りを重ねる人に大きな好意を持てる事は。
彼の欠点でもあり美点だった。

だからこんなに嬉しそうな笑顔を見せる。

そう長い時間では無かっただろう。
「お花屋さん」
段々とリズムを落とす足並み、何時の間にか呼び名が愛称に戻っていた。
「お忙しい中、本当にありがとうございます」
動きが止まり深く礼をする。
フィナーレまではまだ多く時間を残していた。
「千歳なんか相手に、疲れちゃいけません。
どうぞ少し休んでくださいましな」
ソファに座らせグラスを手渡す。
何かありましたら遠慮無くお申し付けくださいましな、と囁いて。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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