2011年12月02日

2007年 三曲目




..
■沈丁花 いまだは咲かぬ 葉がくれの くれなゐ蕾 匂ひこぼるる

さて、二曲続けたダンスの疲労は想像するよりも重い。
軽い果実酒を頂いて、手近なソファに腰をおろした。
人の波が右へ左へ。
談笑と演奏がパイ生地のように重なり合って、豊かな層を作っている。
これが栄える国の力なのだろう。
感慨に浸っていると、視線の端で大きな花束が揺れているのに気付く。
青年の身長に届くか届かないか、本当に大きな花束だ。
(矢張り花屋さんが調達されたのでしょうか・・・)
頬の下の赤みを抑えながら、この会場の何処かに居る人の事をぼんやり考えていると。

不意に、自分の髪から花の香りが発するのを感じた。
「・・・、れ?」
アルコールに混じり身体を芯から蕩かせる甘い薫り。

くらりと目の前が揺れて、ソファに身体が沈んだ。
視界には青年の使役獣の一匹でもある、白い仔竜が花束を齧っている姿が映る。
どうもアクセントとして使われている沈丁花の蕾を気に入った様子。
仔竜が口にした草花の香りが青年に移るという特性を思い出し。
「青、匂師、こら」
名を呼び掴む。
今はもう食物が無くとも生きてゆける仔竜だが、草花だけは生前のまま好むようで。
彼にとっての嗜好品なのだろう。
だがこれ以上は軽い酒を選んだ意味が薄れてしまう。

段上では次の組み合わせが発表されていた。
会場内でひときわ目立つ赤の花、その少女が次のパートナーらしい。
談笑中の姿を確認して、落ち着いたら行こうと思った。


■まだ止まらないお喋り

『梅花嬢、すごい量のフルーツですね、うふふ。』

そう言って微笑みかけてくれる友人に笑顔を返す。

「だって、春夏秋冬のフルーツが勢揃いしてるの! これも科学のちから、なのかな?、あは」

フルーツを2人で摘みながらお喋りをしていると今宵のペアが発表される

「わぁ、ムッちゃんのお相手はドレス仕立ててくれた方だねっ 楽しみだねー」

(えーと、私の相手は・・夏山・・千歳さん・・?)

何時だったか、すれ違い様に見上げた赤い羽根飾りが脳裏をかすめる

けれども、運ばれゆく特大の花束に視線が奪われる

「懐かしいなぁ・・」と誰にでもなくポツリとつぶやく

それは故郷では瑞香と呼ばれる美しい花だった

踊り始めた人々の合間を縫ってぱたぱたと足音が

社交会場でのお喋りに夢中になり、舞踏の刻がきてしまった

(今日こそ私の方から見つけようと思ったのにっ)

回転する鮮やかな色彩のほんの少し上に、たゆたう様な紅い羽飾りが見えた

ペア発表のあの時感じた事が間違ってなければ

求める人はきっとあそこに居る

胸を押さえ呼吸を整えながら思い切って声をかける

「はぁ・・はぁ・・んっ、夏山・・千歳さんですか?初めまして紅・梅花です」

「・・・赤い衣装、お揃いですね、えへへ」

まだ微かに上下する胸をそのままに、相手の顔を見上げ微笑みかける

懐かしい故郷の香りに包まれながら、今日の出会いに静かな礼を


■春告げワルツ

薫りの酔いが覚めてきた。
そろそろ声を掛けねばと、立ち上がった所で小さな足音が此方に向かって来る。
荒い呼吸のまま自己紹介され。
「ああ・・・ごめんなさいね、探させてしまって」
眉根を下げながらも向けられた笑みにつられるように笑った。
「初めまして、梅の花のお嬢さん。
ふふ、確かにお揃いにございますねぇ」
赤で揃うのも珍しいかもしれない、と軽口を交えながら。
呼吸が落ち着くのを待って手を差し伸べた。
「貴女の今宵一時を預からせていただきます」
重ねられた手は温かい。

靴底が床を名残惜しげに離れながら。
ゆっくりステップを刻む。
紅の残影と花の薫り、少女の嬉しそうな顔。
情熱はそれだけで十分。


□春告げワルツ、その後

フェードアウトする音楽に従って、三曲目のダンスも終局を迎える。
ゆっくりと歩みを止め赤毛の少女に深く礼をした。
「ありがとうございます、とても楽しい時間を過ごせました」
指先が離れる事が名残惜しい。
たった数分の出来事なのに、ダンスというものはどうしてこんなに心が近しくなったと思わせるのだろう。
それともまだ酔っているのだろうか。

「・・・梅の花、と申しますと」
さり気なく、会話を挟んでさり気なくソファまで手を引いて。
「私の故郷では咲き出しますと、嗚呼、春だなぁとしみじみ思うのです」
座らせる、其処は沈丁花の蕾が隠れた花束の横。
「冬の厳しさを払拭する春を告げる花なのだと、思っております」

今更ながら恥ずかしくなってきた。
頬を赤くして、口の中でもごもごと弁明するが、聞こえる筈も無かろう。
深呼吸してから、いきなり連れ出してしまってごめんなさいね、と謝罪をして。
「・・・本当に、ありがとうございました」
対象を明確にしない礼を、微笑みと共に告げ。

「あ、ええと、もし宜しければお飲み物でも取って参りましょう。
でもあんまりお嬢さんを縛り付けてもいけませんよね、あはは」
やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしいのだろう。
誤魔化すように笑ってから、それでも疲れを癒すための飲み物だけはと。
背を向けながら、思いついたようにぽつりと。

「そう言えば、沈丁花もまた春告げの花にございましたね」


■春告げワルツ、舞台裏

終曲に伴って遥か上にあった緑がかった黒髪がゆっくりと降りてくる
それに合わせ大きな感謝を込めて礼をとる

「あ・・・・」

離れてゆく指先を追うかのように掌が微かに宙を彷徨う
もう少しこの花の香に包まれていたい、その思いがそうさせる

『・・・梅の花、と申しますと』

僅かに浮かんだ悲しげな表情を、もう一方の掌が救い上げてくれた

いつか運ばれていた花束の終着点に2人で座る
カトレアに紫苑、そしてピュアストリム。皆大好きな花々

春告草は梅の別名
私の名前を会話に織り込んでくれる心遣いがとても嬉しい

「私には雪は割れないけれど、少しでも千歳さんに春風を届けられたなら」

そう優しげに笑った

ソファの上でこの星屑の宴についてひとしきり話した頃。
彼は突然頬を赤らめごにょごにょと。ん〜、愛らしい

感謝と謝罪と微笑みを貰い、むしろ縛り付けているのは私の方。

そう思う。

飲み物を求め彼が席を立つ

「あ・・私も一緒にっ」

そう言って立ち上がった時、美しい編上げの白髪が目に入る

(宴の最初から・・どこかで見た様な気が・・え〜と)

実際には同居してくれている友人達が開くお店の前で出会っている
のだけれども流石にすぐには思い当たらない
思い出せないまま、前をゆく髪飾りを追う

(せめて次の曲が始まるまでは・・・)


春の沈丁花、秋の金木犀。季節を告げる花はどれも香り高くて美しい


■・
赤毛の少女の返しに嬉しそうにはにかんで、立ち上がれば共にと弾んで。
可愛らしい人だなぁと思いながら、歩調をゆっくりめに落とす。
人波に攫われないように指先を取りながら。
グラスを渡しながら少女の視線の先を、つい反射的になぞる。
「ああ、お花屋さん」
とても素敵な温室を管理されている方なのですよ、と説明して。
「この後、ゆっくり出来る時間がありましょうし、その時にお話しとうございますねぇ。
他にもお会いしたい方が沢山で!」
常日頃よりも、ころころとよく表情が変わる。
「それに、とても楽しい方と出会える事が出来ました」

気が付けば。
沈丁花の薫りも薄れて、アルコールなどとっくに醒めていて。
それでもこんなに胸の内が温かくなる。

こんな幸いな事は滅多に無い。

「また、お話致しましょうね」
そろそろダンスの時間が近づいてくる。
先までは浮き足立って仕方なかったのに、今は、今は立ち去りがたい。
曖昧な笑みを浮かべて二の足を踏んでいると・・・不意に何かを思いついた様子。
低めの声で小さく歌う。
それでようやく踏ん切りがついたようで、一礼してからその場を離れた。

春待ちの歌、春告げの歌。
雪を溶かす春風の歌。


「春風誘う柔の光に、雪は小川の調べに乗せて
春風、足取り、三拍子、迎えて咲座、梅の花」


■白い簪

「お花屋さん?」と聞いた私に素敵な温室を持っている事を教えてくれた

そうなんだ〜、と思いを巡らすと一つの記憶が甦る
友達の風の精霊さんがプレゼントしてくれて今も大事に持ってる花の簪、添えられていた作者名が確か・・

白い花の簪、編上げの白髪、素敵な温室
それらの点が頭の中で線になった

「あ!友達がくれた華漣の!その子のお店の前で一度」
文章の体を成さない言葉に、周りの人は苦笑顔

お花屋さんと聞けば覗かずにはいられない
ピスタッシェさんへ向け足を踏み出そうとした時に4曲目の開始を告げるアナウンス。
「あぅ・・・」
眉根を下げて背高さんを見上げる

司会が忙しそうでまた会えるかちょっと不安

談笑の時間も後少し

『また、お話致しましょうね』
「はいっ、またっ!」
別れの挨拶と笑顔を交わすと、千歳さん何やら思案顔

そして紡がれる美しい詩歌

僅かな時間で浮かぶのも凄いけど、何より温もりを感じる歌
私には詩歌での返礼は出来ないけれど、代わりにちょっとした悪戯を

「サンセベリアって知ってますか?鮮やかな緑で背の高い夏の草花。そこにあるだけで空気を清めてくれます。誰かさんに似てると思いませんか?」

そう言ってくすりと笑う
誰でしょうねぇ、と言った風情の微笑を貰って暖かい気持ちでホールに向かう

(誰かって?サンセベリアの別名はね、「千歳蘭」って言うんだよ)


■ワンナイト・スタンド

それはダンス途中の出来事。
夢の狭間に吹いた春風の悪戯。


「煌く星屑さん達、こんばんは」
場内にはつらつとした、だけど邪魔にならぬよう気遣いの為された音量の声が響き渡った。
思わず足を止めてしまう。
それは三曲目を共にした印象深い少女の声だった。

伝えても伝えきれない感謝と幸福に満ちた言葉。
優しく余韻を残しながら途切れた放送に、目を瞑る。
嗚呼、なんて愛情深い人なのだろう。
思い上がりかも知れないが、この少女のために何か出来る事は無いだろうか。
直ぐ横を涙と甘酸っぱい梅の香りを残して、通り過ぎたこの少女に。
幾つもの思い出の中、とびきり甘い笑顔をくれた、この少女に。

不意に先日、内務殿から持ちかけられた話を思い出した。
そうだ、私にも出来る事はある。
伝えるに伝えきれない感謝の気持ちが、自分の心の奥底で囁きかける。
不思議そうに見上げる雪の少女に、小さく謝罪を告げて。
何事も無かったかのようにダンスは再開された。

緩やかな雑踏の中、口の中だけで小さく呟く。
誰にも聞かせまいと小さく。
「one-night stand・・・」
それは一夜限りの舞台という意味を持つジャズ用語。
潔く、鮮やかに去った彼女に相応しい言葉。


それはダンス途中の出来事。
冬空に散った、赤く小さな花の話。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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