2011年09月19日

絶息

恐らく
十二月がタイムリミットだ,









心痛で人が死ねるなら、私は幾度、逝ったのだろう

記憶の事象である筈なのに、確かに身体に現れるいくつもの変化
心臓が締め付けられる
肺が膨張する
血の気が引く
吐き気がする
呼吸ができなくなる

それらを総称して心痛と呼ぶのなら、心痛で死ねる事は、まだ無かった
針で突付かれたような疼きも、引き千切られるような嘆きも
決して私を殺してはくれなかった

心痛で死ぬ事ができるなら良かった
深い深い憧憬と憎悪の中で、ただヒトツの想いに縋って逝けるのなら、良かった

この心に潜む鬼が囁く甘言に耳を貸してはならない
私は弱い
しかし、その一点においては強くあらねばならぬのだ
何を失っても誇りを忘れてはならない


もう死んでも良いと思ってしまったんだ


いけない、駄目よ
だって私は生きなくてはならない
あなたを泣かせたくない
家族を見捨てたくない
約束をたがえたくない
いっぱい笑って、いっぱい泣いて、夏山千歳は此処に生きているのだと証明したい
お願い、お願いよ、お願いだから

心痛が私を連れ去ってしまう
きっと十二月がタイムリミットだ
年を越す時、私は選んでしまう、選ばせてしまう

ねぇ、選択を与えるのは、残酷なのかな
それとも安穏の中で逝去する方が、哀しみは大きいのかな
未だに迷っているの




おねがい
てをとって
もう、てをのばすには、わたくしのこころは、よわすぎる


もう、あんないたみ、か、んじたく、ない、よ





おねがい、だれ、か











わたくしを、まもって










しかし、同時に
誰も他人の願いを叶える余地など無い事を、知っている
posted by 夏山千歳 at 17:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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