2011年09月08日

マナ 了




..

「ちーちゃん、ちーちゃん、ちーちゃん!!」

けたたましい声が青年の意識を現世へとやる。
寝覚めは不快なものだった。
鈍痛にも似た頭の重みが、等分されて尚増すように身体の重みになっていた。
からからの喉に反して、シーツだけでなく青年自身もぐっしょり濡れていた。
頭から水を被ったようだった。
指ヒトツ動かすのも気だるいと思ったが、そうでは無い。
動く様子も見せなかった。
「ぱ、・・・・さま・・・・・・」
「ちーちゃん、良かった・・・ッ!」
かすれた低い声に、呼び声が止まる。
明瞭さを取り戻そうとしない視界の代わりに、羽虫が起動する。
瞼の裏に視界とは違う光景が映る。

そこは入眠した時となんら変わりない青年の自室だった。
窓から強く長い日差しが入り込んでいる、夕方と呼ぶにはまだ少し早い時間らしい。
部屋には城主の少年しかいないようだった。
扉の向こうに気配は感じない。
子供達や機械人形の居場所を探ろうかと思ったが、強い痛みに遮られる。
息をするより慣れている筈の知覚が上手く作動しなかった。
歯車の噛み合わせが悪くなったようだ。
強い恐怖を覚える。
「ほら、水飲みな、おかわりも沢山あっから」
身体を抱き起こされ、唇に冷たいものが当てられる。
ゆっくりと傾けられたそれは口内をじんわり湿らせた。
ひどく甘く感じた。

「何やってんだよ。
実験するって聞いてたけど、様子見にきたら死にかけてんじゃん!」
「死・・・?」
何度も水を飲まされ、ようやく意識がはっきりする。
壁に背を預けたまま少年の話を聞けば、不可解な単語が出てくる。
脱水を起こしていたのは解っていたが、そこまで酷い症状だったのだろうか。
「ムーンと唯がえらく騒ぐから何事かと思ったら、息も殆どしてないし脈も止まりかけてたんだよ」
青年は睡眠を介する実験をする際には、必ずこの少年に事前報告をしていた。
下手をすれば三日以上・・・特に長引けば一週間程は、眠り込んだまま目を覚まさなくなる。
その間の身辺の世話を機械人形や城主に任せきりになる、のが理由としては一点。
もう一点は、夢魔や魑魅魍魎の類から身を護る為に外からも結界を維持してもらう必要があった。
眠っている間に子供達がお見舞い感覚でやってくる事も少なくないらしい。
特に唯は、落ち着かない様子で一日中、傍に居る事も多いと聞く。
上の双子に関しては、より精霊に近い存在であるためか、この眠りの意味を本能的に理解しているらしくあまり心配はされなかった。

「二人は?」
「太と遊に預けてる。
着替えたら顔見せてやんなよ、どうせ離れに行くんだろ?」
「そう、ですね・・・この部屋には暫く近寄れませんし、ね」
あまりに長く実験を続けた場所は、青年に引っ張られて境界が曖昧になる。
普通に過ごすだけでも霊媒体質の青年には厄介事が多いため、城全体に強い結界を張っていると言うのに。
それさえも効かない程に磁場を狂わせる。
しかし何日かかけて浄化を続ければ、次第にマナの流れも落ち着き元のように過ごす事ができた。
この特性からか、青年は離れと自室の二箇所を点々としながら過ごす癖があり。
少年や城の住人達にも深い理解を得られていた。

「お手数おかけして申し訳ございませんでした、直ぐに移る準備を致しますね」
「いいよいいよ、荷物くらいは俺が運んでやっから、ちーちゃんは早く向こうでゆっくりしな」
水のような汗を拭って、新しい浴衣を身につけた。
ふらつく足元を支えられながら虎に身を任せる。
横向きに座り、もたれかかるようにして硬い毛に顔を埋めた。
「ぱぱ様、いつも、ありがとう」
そのまま笑いかけた時、かたん、と床から硬質の音が響く。
反射的に視線をやった先を察して少年が拾ってくれた。
それは青年がいつも携帯している、心臓の印象を模した青い硝子細工。

一瞬だけ、少年が戸惑ったような顔を見せる。
しかしすぐに力強い笑顔になって、青年に手渡した。
「大事なモンなんだから大切にしろよ」
「ふふ、はい」
青白い指先がそれを受け取る。

ちゃぷん。

想像以上の重みに、青年の表情が硬くなる。
少年もそれを察しているのだろうが、あえて話題を振るような真似はしなかった。
青年は気付いていた、気付いてしまった。
確かに自らは死出の淵に立っていたのだと。
何故、自らの身体にまで異変が起きたのか。
精霊達に守らせていた、その中には治癒のエキスパートもいた。
外的要因、内的要因において可能性は限りなく削除していた、が。


あの時、青年は確かに、この魂を失っていた。


手元にある筈の無いこれが証明している。
液体状のマナの高密度集合体。
最後に沈んだ湖そのものが、硝子細工の中に収められていた。
あれは夢の中の話であった筈だ。
筈だった。
確かに自分は、死んでいた。

「・・・さぁ、ゆきますよ、東征」
虎がゆっくりと歩き出す。
何事も無い毎日を模倣する為に。


まだ、この大地の上で明日を続けねばならないのだと、硝子細工が雄弁に語りかけていた。




(了)
posted by 夏山千歳 at 05:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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