2011年09月03日

マナ 参




..
『そもさん』
絹糸の向こうから頑なな瞳が差し向けられる。
青年は、その眼差しへ縋るように視線を返す。
渇いた喉から切望をひりだす。
「私の先代様の内の一人では、ございませんか」
空が明けてゆく。
均衡を崩したのは女の微笑みだった。
『それがあなたの答えね』
声色に含まれていた嘆息は青年によく似ている。
柔らかな拒絶に青年は二の句が告げられなかった。
しかしそこに悪意は無い。
『私に呪が必要ならば、あなたは私を飛翔と呼ぶべきだわ』
「飛翔・・・殿」
慣れない単語を確かめるように口の中で響かせる。
絹糸が揺れる。
間から覗いた瞳は、何もかもを許容する柔らかなオリーブ色だった。


目を焼く、鮮烈の閃光。


「あれ、は」
白んだ朝焼けを抜けた先には澄んだ空色が広がる。
目下には・・・恐らくリリデールにあるものよりも遥かに巨大な・・・一都市では収まり切らない程の大樹があった。
建造物はおろか大地さえ見当たらない。
白波の無い水平線が彼方まで続く。
大樹は誰に憚ることも無くのびやかに枝葉を広げている。
「・・・飛翔殿、ここは一体、何なのでしょうか」
うねるような風は次第に落ち着いていった。
それに伴って落下の速度も緩やかなものに戻ってゆく。
青年自身の身体も急に軽いものへと変化したような気がした。

『何処と問わないのね、勘が良いわ』
実在と非実在を繰り返すのは錯覚では無かった。
恐らく、その考察は正しい。
今、現在の青年は非実在だった。
そして目の前の女は非実在のままだった。
『ここは何時でも無く、何処でも無い。
あなたの生きる世界を隅々まで歩いても、時間を遡り泳いでも、辿りつけはしない』
そう。
夢の延長線にある黄泉の扉を開いたつもりだったが、明らかにここは別物だ。
一般的に想像される冥界のイメージとは違う、からではない。

青年は、実在と非実在を繰り返す。
しかし目の前の・・・夏山家の先代の一人と思われる女は、非実在のままだった。
夏山家の直系は夏山千歳を除いて全てが死去している。
だから、この世界での実在の意味とは。
『ここは数多あるマナの本流のヒトツ。
ここに生命は産まれない、ここに還るのは彷徨うものだけ。
ここは無の極地よ』
生命の有無だ。
posted by 夏山千歳 at 03:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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