2011年09月02日

マナ 弐




..
深く落ちるほど身体が凍てつく。
あの冬の日の禊のように。
しかし今度はいくら目を凝らしても、どこにも助けは無かった。
水面の光は音も無く遠ざかっていった。
全身に伝播し蝕む心臓の痛み。
これが一人になるという事だと、強く実感する。

次第に黒が黒ではなくなる。
濃い濃紺が混じりだしたと思えば、あっという間に紫紺に変わる。
紫へ、緑へ、朱へ。
一面が強い夕方の日差しに包まれる。
澄んだ空気がオレンジ色をよりいっそう鮮やかにした。
落ちゆく先を見上げる。
次第に白む空間は、確かに空だった。

「なん、で・・・!!」
それまで室内で寛ぐように穏やかだった青年の身体を、突風が打ち付けた。
服が空気をはらみ髪が乱れる。
風が現出する。
「あッ」
反射的に両腕で顔を守る。
頭の中で強く警鐘が鳴る、心臓がひどく暴れだした。
ここは。

『そう、ここは、あなたの望む場所ではない』

突如、柔らかなハスキーボイスが耳朶を撫でる。
いつの間にか目前には女がいた。

「ど・・・なた・・・、・・」
それまで頭を地面に向けた落下だったが、空気の抵抗を受けて身体が浮き上がる。
反して女は全くの平坦だった。
中つ国風の翡翠色の法衣を纏い、衣装と揃いの大きな帽子を被っている。
帽子からは絹で編まれた糸の束が垂れていたが、その表情を覆い隠すには不十分だった。
途切れる事の無いアルカイック・スマイルと長い髪が目を引く。
少し癖のある緑がかった硬質。
仄かに金木犀の薫りがする。
積み重ね上げた結果、常人にも感じ取れるようになった夏山の血肉の証。

「貴女、は」
『呪が欲しいの?
法衣の女とでも、金木犀の女とでも、翡翠の女とでも。
如何様にも呼んでいただいて構わないのよ』
声色を裏切るように笑い方は鈴を転がすようだった。
「そんな呼び方」
あまりに濃厚な示唆に、嫌でも青年は気付く。
「だって、貴女は、もしかして、もしかしなくとも」
がむしゃらに手を伸ばす。
「私と同じ血を持つ者ではありませんか・・ッ」
目の前の女は冷たく笑った。
posted by 夏山千歳 at 17:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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