2011年07月19日

眩暈

2006年11月27日筆


..
あれはまだイドの元へちょくちょくと顔を出していた頃。
一度だけ、ウィルフェアの家に行ったことがあった。
視界を遮断する日光と一面の黄色に眩暈を覚えた、あの夏の日。

「そんな事あったっけ?」
グラスの中、高い音を上げて氷が転がる。
たっぷりとした乳白色の液体が、駄々をこねるそれを包み込んだ。
母親を連想させる、良くも悪くも。
「お前さんにはあまり関心・・・と言うより、印象の強い出来事じゃなかったのだろ」
互いのグラスからは脳を抉るほの甘い匂い。
見た目からは想像し難い程の高いアルコールが、喉を焼く。
目の前の頬は少し赤い。
こちらも火照っているのだろうか。
「悪かったね、どうせ物覚えが悪いですよ」
「いやぁ」
瞼を落とす。
揺れる眼前はあの夏の日のよう。
「俺にとっては印象深かっただけだよ
お前さんにとっては日常の一片なのだろうけども」
酒が深くなると、言葉に歯止めが無くなる。
滑り落ちて何処まで行ってしまうのか少し怖い。

特別親しいというわけでも、ましてや気が合うというわけでもないのに。
何故、時々無性にこいつに会いたくなるのだろう。
何故、こうやって言葉を吐き出したくなるのだろう。
熱のこもった息を吐き出し、冷たいグラスに唇を付ける。
口内との温度差に肌があわだった。

「やぁ、ティーラ君じゃないか、どうしたの?」
あの頃はまだ君付けで呼ばれていたんだよな、そういえば。
今よりも柔和な態度で笑いかけてくれてた。

「・・・どーせ今は態度悪いですよ」
「や、それは、まぁ否定しないけど」

ツェンバーに行ったのは良いが、肝心のイドが留守だった。
何度目かの訪問とは言え、あまりあの辺の地理に明るいわけでもない。
「多分、近所にいると思うよ、散歩だって言ってたから」の家主の言葉で探してみようと思った。
帰ってくるまで待ってはどうだと言ってくれたが、あまり気乗りがしなかった。
そういう言葉がすんなり出てくる人柄の元にアイツがいることに、少し安心はしたのだけど。
ひたすらに日の光が似合う人物が、俺は怖い。
笑顔の下で責められているんじゃないかと錯覚してしまう。
特に日の強い夏は苦手だ。
陰影が濃く出て、近づいてはならないと言われている気がした。
件の家主も、とてもよく日の光が似合っていたように・・・見えた。

「ま、ろくな生き方してねぇからな
今更お天道さんの下で、でかい顔なんざできねぇよ」

そう呟くと、目の前の顔は何か言いたげに少し渋っていた。

大農場地帯と呼ばれる其処は、何代か前の政策で整えられた地域だと聞く。
右を見ても左を見ても一面の畑で、たまに思い出したように個人宅があった。
イドの住んでいた場所は大農場地帯の始まりの場所らしく、振り返れば遠くに別の街の屋根が見えた。
もうすぐ麦が色付き、一面金色の美しい景色になるのだと言う。
日照時間の格段に少ないツェンバーでは、長い夜の月景色は隣の大陸にまで伝えられる程、美しいというが。
彼は「絶対夕焼けが一番キレイなんだよ!」と、無邪気に笑って言っていた。

お隣さんに格別親しい人がいる、と以前から聞いていた。
そこにいるかもしれないし、逆にそこでないとしたら、他は全く検討が付かない。
考えてても仕方がない、そこに足を向けてみることにした。

隣といっても家々の距離はかなりある。
所有する畑の広さが尋常じゃ無いのだ。
そのためか、植えられている品種も様々だ。
個人で売買するための大陸指定の果実に、日々の生活のための麦や野菜、この国の特産だと言われている南瓜によく似た植物。
そして時々見かけるのが花畑。
東の方向に進むにつれて、黄色の大群が視界を占領してゆく。
何処までも広大なひまわり畑だ。
一斉に天を仰いでいる。
つられて俺も空を見た。
サングラス越しの日差しは、心にとても重かった。

お前さんの家に付いたは良いが、何処にいるのかトント検討も付きゃあしねぇ。
だけど丁度、目の前に小さな子供がいたんで声をかけてみたんだ。
子供は少しおびえているようだったから、サングラスを外してしゃがんで目線を合わせた。
耳から羽根が生えているのがよく見えるようになって、とある人物を思い当たったんだろ、子供はようやく笑って近寄ってきてくれた。

「しかしあの時は助かったけどよ
ありゃあ、少し無防備なんじゃねぇか?」
「ニコルによーく言って聞かせるよ・・・」

子供に連れられた先はひまわり畑のど真ん中だった。
麦藁帽子を被った茶羽のバードマンが、シャワーのように水を振りまいている。
手元には小さな、50cmも無い虹が出来ていた。
サングラスを外したままの目にはいつも以上に景色が鮮やかだ。
空の濃さに小さい頃を思い出して懐かしく、心苦しかった。
あえぐように声を絞り出す。
「ウィルフェア」
お前さんは聞き慣れない声にいぶかしみながら振り向いて、次の瞬間には笑っていた。

「急にすまねぇな、イドを探しているんだが」
用件を手短に伝えると、僕のところには来ていないよと首を振られた。
「闇雲に探したって見つかりやしないよ、きっと。
あの子、気が付くと直ぐにどこかへ飛んでいっちゃうんだから」
だから少し休んでいかないかい?と、笑いかける。
撒いた水が蒸発して肌をちりちりと焦がす。
密度の濃いひまわりの花の匂いに、息が詰まる。
視界は真っ暗になっていて、でも脳内は真っ白にスパークしていた。

あの時、残念だと笑ってさえいたけど、本当はどうしようもなくいっぱいいっぱいだったんだ。
お前さんには、あの家主と同じようなものを感じる。
全てを包むような笑顔の下で、決して許さないと告げられそうな、そんな恐怖があった。
俺は善人ほど怖い生き物は無い。
きっとそれは俺の今までの生き方が悪いものだから、なのだと思う。

「今も怖いのかい?」
アルコールが回りすぎて、目の前が揺れる。
気持ち悪くは無いが身体の奥深くを駆け巡る熱に、全て預けてしまいたくなっていた。
低めの穏やかな声が耳を心地よく叩く。
「今は・・・怖くない。
お前さんが、そうやって、泣きそうな面するから」
安心する、と少し笑うと、馬鹿、と言われた。

ゆっくりと意識が沈んでいく。
地底の湖にもぐって行くように気だるく、息苦しく、そしてクリアだ。
とろとろになった視界でウィルフェアはじっとこちらを見つめていた。

嗚呼、手を伸ばしちゃいけねぇよ。
お前さんはこっちの世界へ来てはならない。

自分の中で形成されていた世界が一気に崩れる感覚を、何度も味わった。
あまりにも極端で容赦が無くて、俺はおびえることしか出来なかったのだろか。
サングラスをかけた男におびえる子供のように、何かを取り上げられたことに対しておびえていたのだろうか。
何が悪かったのだろう。
何が違ったというのだろう。
目の前の青年だったら、いくつも味わった悲しい感情を乗り越えて、また笑うことが出来たのだろうか。
俺は何故、出来なかった?
何故、俺は駄目だった?
諦めが早すぎたのか、もっと足掻けば良かったのか、誰か教えてくれ。

光の下にいると責められているようで、だから何時も闇に姿を隠す。
でもその闇が見当たらない時、足取りは大きく崩れる。
嗚呼、この感覚を眩暈というのだな、と。
妙な感嘆を覚えた。




青年は静かに寝息を立て始めた。
先ほどと違って苦しげな様子は、もう見当たらない。
ほっとして、手を伸ばす。
もうすっかり眠ったと思っていた唇が小さく動いた。
聞き取れないし、形を追えるほどちゃんと声になってはいない。
かけっぱなしだったサングラスを外すと、長い睫は少し湿っていた。
反射的に抱きしめたいと思う。
だけど永遠に実行する日は来ないだろう。

「・・・そんなに怯えなくても、誰も君を傷つけようだなんて思っていないよ」
結果として傷つけてしまう事は多々あるかもしれないが。

僕も大分、酒が深いらしい。
彼が最も忌み嫌う同情をしてしまうだなんて。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 火の鳥の手紙、又は手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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