2011年07月18日

羅漢果

以下、異大陸とNPCが主役の物語となります
ご注意くださいませ

イド消滅RPより転載 2006年2月18日筆


..
猫を見かけた。

小さくするりと曲線を描く、滑らかなライン。
其処から生じた若木を思わせるしなやかな両の脚は、たどたどしくも荘厳な獣の王を思わせる出で立ちで大地を踏みしめている。
黄色みを帯びた茶色の毛並みは風に撫で付けられるほど、まだ柔らかい。
耳は垂れているがぴんと張りつめているところからして生まれつきなのだろう。
片耳の先端が欠けているのが印象に残る。
瞳は瑞々しい果実のようで、溢れる好奇心を抑えきれずに辺りをキョロキョロと見回している。
そう、とても小さな子猫で。

「イド君。」

ざわざわとした人の波の音をBGMに、間延びした青年の声が自分を探す。
反射的に考えた事は損得勘定。
子猫と青年を秤にかけたら、そりゃあ圧倒的に青年の方が大事である。
が、必然にも似た偶然で出会えたこの子猫との希薄な縁を考えると、今はこっちの方が大切に思える。
それに自分は良い意味でも悪い意味でも目立つのだし。
青年の声が聞こえないフリをしながら子猫の元へと足を運ぶ。
多分、雨の一粒でも降っていなければ人に気づかれる事もあるまい。
優しいように見えて人とは結構そういうものであると思う。
とてとてと地を踏みしめながら、其の小さな生き物を見下ろした。
「君は一人かい?」
この大陸において人語を介す猫は多数いる。
だが、勿論そうでない方が多数を占めているわけであって。
この猫は多数に順ずる種族のようだった。

にぁー。

矢張りこの子はその種の子供で間違いないようだ。
「おいで。」
もう春だというのにひゅうひゅう鳴く風は冷たく。
茶の毛並みは小刻みに震えている。
手に持っていた深緑の長い布に包み込み抱き上げた。
「君、きっと捨て猫だよね。」
確かめるように呟く。
首輪をしていないし、飼い猫だとしたら汚れすぎている。
まぁ、よほどズボラな飼い主ならともかく。
自分の家―正しく言えば居候させてもらっている身だが―で、飼う事は出来るだろう。
家主である青年も猫に似た種を飼っているし、以前に自分もペットを飼っていたから其のスペースがある。
決して狭い場所では無い。
駄目といわれたら自分が出て行けば良いだけだし。
布に包まれた子猫は微かに声を上げる。
高くて甘い。
ぷは、と顔を出す仕草がまだまだ子供である。
ふと笑いがこみ上げてきた。
「良かったな、お前。あいつに似てて。」
はむはむと布を噛む様子を見ながら薄く微笑んでいると、後ろから肩を叩かれる。
「イド君、逸れたと思ったよ・・・あれ?その子・・?」


青年はようやく打算的な友人を見つけたらしい。



「ウーちゃん、可愛いでしょー?」

にぱりと笑って手にした子を見せる少年。
我が子を思わせる其の幼い笑顔に、苦笑に似た笑みがこぼれる。
十八歳というのは本当なのかと疑いたくなる程に幼い。

「うん、可愛いねぇ。」

子猫が二匹いるみたいだよと頭を過ぎったが、あえて告げずに。
「この子ね、ラカって言うんだよ。ラカラカ。」
きゅうと抱きしめ、何時つけたのかわからない名前を復唱する。
判っているのかいないのか、子猫はみゅうと一声鳴き顔を摺り寄せる。
既に今日の給金で首輪を買ったという。
「そっか。」

ゆっくりと流れる人の塊。
紙袋を手に向かう先は行きなれた遊郭。
当初の予定より大分遅くなってしまったため、あの女将は怒るだろうか。
子猫とじゃれあう少年を見下ろしながら。
波はゆっくりとうねり、自分たちは其の一部を形成する滴となる。


彼が子供っぽい時は、実は演じている事が多いのだという事に気付かないフリをしたまま。




奇麗に切断された面から、其れが元々持っていた滴が垂れる。
生きていたという証。

「それにしても。」
パチンと、自分の隣で黒子が花を切っている。
「困ったものねぇ。」

さほど困った風でもなく呟きながら自らの手に持った花を乾山に挿してゆく。
確かにと言う風に笑みで返す目の前の青年は、予定時間より一時間も遅れてきた二人の客人の片割れ。
彼の視線の先には『子猫』が二匹、じゃれついている。
「こら、ラカ、暴れるな・・・。
早くしないと風邪ひいちゃうんだからっ。」
来て早々に布に包んだ小さな生き物を見せて湯を貸して欲しいと言った少年は、今や服の裾を濡らしていた。
このままではむしろ彼の方が風邪を引いてしまうかもしれない。

「黒子、後でいどっちも湯に連れて行ってね。
ああ・・勿論、服の用意も忘れないで。」
芸者衣装なのは言うまでも無いのだけど。
同情半分、笑いを堪えるのに半分、そんな奇妙な表情でいる様子からして青年は悟っているのだろう。
それでも止めない辺りが、ひどく彼らしい。

「でも珍しいね。」
ポツリと呟かれた彼の言葉に、心の中で同意を示す。
有翼人種だというのに猫好きな少年。
その時点で大分変わっていると思ったが、其れは今は置いといて。
彼が猫という生き物をどんなに溺愛してても、拾って飼おうなどという行為を見たことも聞いたこともなかったから。
悲しそうな、本当に悲しそうな瞳でその子を見つめることはあるのだが・・・。

「にゃー!ラカぁーーーっ!!」

突然上がった叫びと地面を打つ水の音に、その場にいた全員が思っただろう。
ああ、やってくれたな・・・あの子猫二人は、と。
無言で手を叩き、後でと指示したことを早急にと訂正する。

「本当に困った子達ねぇ。」


それでも声に含まれた笑いは隠し切れなかったのだけども。




空がゆっくりと染められてゆく。
真紅から橙に、橙から菫色、藍に。
針穴のような星々の健気な光を空の端に置きながら。
水を含んだ紙のようにじんわりと、しかしたっぷりと闇が沁み込んでいく。
其の闇色を裂く夕の光は、名残惜しそうに空に広がっている。
刺繍を施された一枚のタペストリーのような。

すっかりふわふわになった子猫は深緑のショールにくるまれ、少年の腕に抱かれている。
風に乗って運ばれる少し甘い花と石鹸の匂い。
似たもの同士の一人と一匹から漂ってくる。
自分も彼も好きだという夕焼けに似合う歌を中断させ、少年を見やった。

「すっかり夢中なのだな。」
ゆっくりとした歩みの少年がきょとんとした顔でこっちを見る。
踊るようなステップで彼の目の前を塞いだ。
夕日が背の向こうで笑いながら、最後の光を大地に投げかけている。
長く、長く、黒い影。

「ラカ。」
名を持って告げると、ようやく何を言われていたか理解したらしい。
「うん。」
短く、しかし穏やかに返される。
「こいつ、似てるから。」
「似てる?」
夕日に焼かれた髪がゆるりと揺れる。
短い遣り取りだというのに。
その間すらも惜しむように地平線に還ってゆく太陽。
冷えた空気は長い冬の、ほんの少しの残り物。
ナホナホの金色の畑が地平線を覆う。
遠くに聳え立つ幾つもの風車が、大気の流れを其の身で示してくれている。

優しい光景だと思った。

「ん、大切な人に。」
「そうか。」
その子猫に似ている人とはどういう人なのだろうとは思ったが、あまり気にしないことにする。
きっと目の前の少年のように、くるくると表情の変わる人だとは思ったけれども。

「其れよりも・・・。」
少年はほんのり赤く染まってた頬をむぅと膨らませて、おどけたように軽く睨む。
「何で歌うのやめちゃうのデスか?」

・・・・聞いていたのか、この人は。
子猫に夢中になって聞いていないとおもっていたのに。
とりあえず青い瞳がねだっているし、もう1回口ずさむことにしよう。



「そうやってると、拗ねた子供のようだぞ?」
一言返してはおくけれども。




家々にぽつりと灯が燈る夕闇の大農場地帯、ドルッシュ。
広大な畑という名の大海に揺らめく其れを見るのは自分も好きだったし、相棒たる有翼の少年も好んでいた筈だ。
台所からは、暖かな匂いと妻の鼻歌が聞こえる。
無意識に其方に気が逸れる、と。

「アイム。」

名を呼ぶだけの注意の言葉が向けられる。

「外交案件の整理はまだ終わってないんだよ?」
「・・・ほんの一瞬だけじゃないか。」
「駄目。一応なりとも外務大臣なんだから。」
「可愛い可愛い妻が料理している姿を気にするのは、旦那として当たり前なりよっ!」

普段の落ち着いた様子からは少し想像しにくい遣り取りが、温もりに満たされた家に響く。
部下であり友人でもある少年のツッコミに冗談を絡めながら返す。

「あまり大きな声を上げちゃだめなのよ。」

柔らかな女性の声と共に書類の合い間を縫ってコトリと茶が置かれる。
空気を白く暈す湯気。
ありがとうと返してから、妻のほんの少し気鬱な様子に気付く。
「いどしゃん、遅いねぇ。
今日は泊まるなんて聞いてないのに。」
ムードメイカーとも言える小鳥が外泊をする事は多々あった。
流石に連絡は入れるのだが。
心配気に外を見る妻に、少年がフォローする。
「大丈夫だよ、彼だって子供じゃないんだし。」
外見程には、と付け加え部屋が笑いに包まれる。
すると、合わせたかのように冷たい気流が流れた。
赤くなった頬を抑えるようにして入ってきた白い翼。

「いどしゃんお帰りーっ。」
間髪入れず、エプロン姿の妻が駆け寄り抱きつく。
常に浮かべているものよりも優しい笑みをもって、彼女の頭を撫でる相棒。
「ただいま。
途中でヨシノさんと会っちゃって・・・送ってたら遅くなっちゃいました。」

みゃー。

人が思うよりも低く伸びやかな声と被るように、部屋に響く異質の声。
否、よく耳にするだけに其れが何かは確信を持って言えるのだが・・・。
「いどち?」
訝しげと言うよりも其の正体への期待に目を輝かせて問う部下と、顔を明るくする妻。
「えっとー・・・・・。」
視線を上に向け苦笑しながら、腕に包んでいた其れを取り出す。
日頃より相棒が使用しているショールに包まれている、愛らしい子猫の姿。
ぽわぽわした毛が、妻の白く細い指に撫ぜられる。

「・・・駄目?」

上目遣いに甘えるような口調でねだるのは、この小鳥の得意技。
もう後2年もすれば成人男性で、今だって十分に青年と呼ばれるはずの年齢で。
だのに。

「駄目なんて、言うわけないだろ?」
ぱああ、と文字に表せそうなほどに輝いた顔。
「家主さん、ありがとー!」
子猫を妻に押し付け自分に抱きついてくる少年。
全く、何処でこんなに甘え上手になったんだが・・。
少なくとも、自分と出会った後なのは間違い無いと思う、思いたい。

此処で断ったら猫好きの部下に怒られそうだったというのも、無くは無いのだけども。

此れがこの、アイミスエル宅で起こる日常。
変わらぬ光景だった。






影を見かけた。
しなやかな茶色の獣のもの。
慣れた足取りで路地裏に向かっていく。
仔の青の瞳が其れを見つめる。

片耳が欠けている茶色の成猫。
数年前に拾った子猫と酷く似ていた。
其の子猫は一週間もしないうちに、何処かへ消えてしまったのだけど。
自分がかつての友人と、その面影を重ねていた事に気づいていたのだろうか。
猫族の彼も片耳の先端が少しだけ欠けていた。
もしくは単純に気に入らなかったのか、ただの気まぐれか。

その獣がその子猫とは限らないから、追いかけたりはしない。
もしその子猫だったとしても追いかけたりはしない。
偶然の奇跡は信じたくない。

だけど。
胸を掴まれたようだった、長い針で刺されたようだった。
子猫にまつわる記憶が回帰する。
かつての友人や家族の記憶が透明な自分の中を巡る。
長く忘れていた、懐かしいという感情。
目を細めた、空のようだと言われた青い瞳を包む瞼で。
風が吹いた、でも空色の振袖の裾は少しもつれなかった。

そう、それだけ。

それだけ。


仔は、そうと羽を揺らした。
大気の中に涙を落とした。
獣は別の路地の影に消えていった。

其処には、もう誰も居ない。
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posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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