2011年04月12日

京武杯 仕合の部 vs蛟

第二組より
花鳥風月百花繚乱



2010/01/20 ワンズにて

..
■彼の名は@千歳

火花が散る。

四方に分けられた広場の一画。
玄武の方角にも既に薄く人だかりができていた。
まだ日は高いが幾刻もしない間に夕闇は忍び寄るだろう。
暖を取るためか、明りのためか、幾つもの松明が焚かれている。
ざわめきの中にあって火花の音は大きい。

東より広場に踏み込む人の影。
長身だが頼りない印象を与える体躯を大柄な虎に預けている。
黒の羽織に白の装束、極彩色の羽飾り。
柄は長いが刃はそれほど大きくない斧を携えている。
「当今様におかれましては今更の名乗りは不要でしょうが。
お相手である蛟様なれば、その限りにはございません」
強く風が吹けば羽織の下からむき出しの両腕が見えた。
身震いする様子も無く、常の様な所作で、常の様に口上を続ける。

「私は洛陽の一族である夏山家当主、白妙之千歳」
爛々とした瞳。
「未熟者ながら持てる力の総てを以って、此度の仕合に臨ませていただきます」
凛とした態度。
「お手合わせ願います」
青年は今、穏やかなのっぽさんではなく、戦に望む当主として其処にあった。
この一戦にそれだけの価値を感じている。

長斧を向ける、西へ。
相対する虹雅京の主を、ただじっと待っている。

■口上【蛟】

知らぬ仲でない長身の青年の口上を聞き、
翳される長斧の影の落ちる地面を一瞥する。
松明の炎が燃えるのにあわせて、影も動いた。

「一族……」

青年の口上の中に出てきた単語を反芻すると、
口元に指を当て、一度目を閉じる。

なんと自分に縁のない言葉だろうか。
古に生まれ今日まで、脈々と受け継ぐもの。
同じ血に守られた何か。
生まれ、死に、続いていく、その流れ。
憧れる事すら出来ない程に、この身とその言葉の意味する処は遠い。

「大層なもの、背負っておらしゃる。
……さても、わちきァこの身の一つ」

開いた左目には色がなく、辛うじて瞳孔が灰色を帯びていた。

「当今を名乗って戦いはしなんせん。
それは國を賭けての、或いァ國ぐるみの勝負事のみ。
京の中でそれを名乗れば、なんだか偉そうに聞こえちまいなんしょ」

柄じゃァねえ、と続けて、広場に一歩進む。

「だとすりゃ名乗る名ァは一つっきゃありんせん」

もう一歩進んで、まァこの位が好い間合いだろうか。

「流れ流れたその果てに、苦界に咲く華束ねて百華繚乱。
仁義礼智忠信孝悌、八徳を全て忘れた忘八稼業。
名立たる武勲なかりせば、サテ」

青白い程に白い指が胸元から取り出したのは一括りの糸。
紅を引いた唇に挟んで引けばきゅ、と鳴った。
斧に対峙するには頼りないその糸が、常に遊ぶ三味線の糸だと
気づいたか。

「百華繚乱楼主、蛟。お受けする。――らくしゃさ!」

松明の炎が強くなり、その分濃くなった楼主の足元の影が、
不意に盛り上がった。
見る間に小山ほどに大きく育った影は、闇色の馬身体に、二つの角を持って
楼主の傍らに立っている。

『何用だ』

声を発したのは馬の方だった。
禍々しい響きは人の世界の言語を模していたが、
時折聞き取れない唸りを混ぜた。

「偶にァ付き合いねえ、太るわえ」
『断る。……と言いたい処だが』

「らくしゃさ」と呼ばれた馬のようなものは、目の前の青年と大柄な虎を見据えて、【嗤った】。

『趣向は悪くない』

松明の一つが、より大きな音で、――爆ぜた。

■稲妻@千歳

歌うように連ねた口上が空気を叩く。
ちりちりと肌を焼くものは松明の熱気か、楼主の気迫か。
ただそこに在るだけで空気が変わる。
青年の中に残っていた、のっぽさんが今更ながらに、目前の彼を独り占めできる幸運を知った。
笑みにはならない所作で目を細める。
この瞬間、彼の中の、のっぽさんは死んだ。

かげろう、いなずま、みずのつき。
彼らの邂逅はそれに似ている。

歩二つ狭まった距離。
楼主の足元の蠢きに警戒を促す。
「あれは」
気だるげに見つめるだけだった獣がうなり声を上げる。
「・・・そう、でしたねぇ」
虎が皺を寄せて睨み付ける先には、涼しげな様子とは裏腹にねっとりとこびり付く闇の匂いがあった。
思い起こせば、目前のそれと使役するこれは、元は同じ店で手に入れたもの。
霊獣、神獣、聖獣、魔獣。
さまざまな獣が檻に身を潜め眠っていた、その中の二匹が相対する。

朱の明星、日出ずる葦原、天翔る飛鳥。
東征将。
今でこそ名を与えられたが元よりこの獣は精霊を貪る外道の身。
それは強い同属嫌悪なのか、はたまた只の負けん気なのか。
松明の悲鳴を引き金に虎が駆け出した。
鋭く空気を吐き出して、前屈になり抵抗を減らす。
急な動作に右手の長物が速さに追いつけず、地面を引っ掻き線を書く。

否、追いつけていないのでは無い。

右手と得物に蔦が絡み付いていた。
それは常人並みの筋力しか持たない青年を補助するために。
そして強化するために羽織の下で青年の皮膚から『生』えたもの。
駆ける速度と伸びたリーチ、更に推力が加わった時。
得物は癖のある長物から、頭蓋を割る一撃を秘めた凶器に変わる。

断続的だった線を書く音が途切れる。
元より詰められた距離であれば、駆け出してから数秒と掛からぬ瞬きのさなかで。
勢いを殺さぬまま、後方から側面、そして前方へ。
叩きつけるように大きく振り被った。

■繰る糸演戯【蛟】

大斧が、楼主の首を目前にしてぴたりと止まった。
振り被られた勢いその侭叩きつけられれば、楼主は容易に吹き飛んだだろう。
そうしなかったのは、楼主と、大斧と、青年との間にもう一つ――
薄闇に目を凝らせれば光る糸があるが故。
唇に咥えた糸を放して指で綾取りのように繰り、網目を作ってその切っ先を受け止める。
張り詰めたそれは、きりきりと鳴いた。

「おゥ、重い」

そう呟いて不意に弛ませた糸に、押し留める力がなくなると、
斧は再び身を沈めようとする。
ただ一度勢いを止められた斧の行く先に、楼主の頭は最早ない。

僅かの間に純魔は楼主の襟元を喰み、
宙高く飛び上がると黒白の線を描き、
襲い来る虎の爪牙と青年から距離を取った。
構え直す間に指を僅か動かせば、
どういう仕掛けか弛ませた三味糸がまた苧環に纏まる。
純魔の背の上で足を放り投げるとからん、ころんと
下駄が地に落ちた。

「強えなァ、のっぽさん。それと、そのお虎さん」

糸の先を指に絡めて、暢気な声は相も変わらず、
白い脚が真っ黒い馬体に膝を付く。
純魔は少し身を屈めて憮然と鬣を揺らした。

『貴様が弱いのだ』
「否定出来ねえなあ」
『だが、吾は違うぞ』
「……だ、そうだ」

言うが早いか、後足で地を蹴り、
身低く走り出した純魔が目指すのは、青年ではなく四足の獣。
悪魔の名を持つ馬体の魔は二つの角を大虎に向けて疾走した。
虎と馬が交差する手前、その背中から
蜻蛉を切って離れた楼主が青年に向かって糸を放つ。

常には宴席で、或いは艶席で音を奏でる糸は、
此度妖力を籠められて
時に針のように鋭く、
時に鞭のように撓り、
時に楯のように堅く、
時に羽根のように柔く変化する。
正しく千変万化、然れどもその本質は変わらない。

そして今放たれた糸は青年の手首に巻き付こうと
波打って伸びていった。

■陽炎@千歳 

一度、制止させられたとて大斧の流れを止めることは叶わない。
そしてそれは青年にとって悪い方向へ働く。
正に目前で浮かび上がる身体とは対称的に、目標を見失った力に引きずられた。
ころん。
乾いた音をたてた下駄と同じように青年は虎から地へ落ちた。

身体を庇うように丸まり転がったため自然、虎とは距離が離れる。
賛辞ともからかいとも取れぬ声は、そう距離も無い筈だったが頭上、遥か遠い。
見上げた青年と見下ろす楼主の構図に、背筋に熱く冷たいものが走った。

片や強く儚く美しい天上の徒花。

主人が落下したことを意にも介さず、応戦の構えを崩さない虎の元へ魔獣が突進する。
その馬上から楼主が火を反射する何かをこちらへ投げ付けていた。
アレはマズイ、青年のものではない声が脳内でガンガンと警鐘を鳴らす。
立ち向かおうとしていた虎が二本角に触れるだろう、その瞬間。

「『散』れ!!」

腹から出た叫びと共に虎の姿が霧散した。
行き場を失った魔獣と楼主の間に距離が出来る。
だが迫り来る糸は止まらない。

だから左手を差し出してやった。
糸が絡み付くのと全く同時に左腕が膨張したように見えただろう。
蔦が『生』まれる。
それは左手の代わりに糸に絡み取られ、呆気なく千切れ塵となった。
手袋のように蔦を身代わりにして左手を抜き去ったのだ。
そして手元に残った蔦は更に量を増やし。
「『元』へ」
大柄な虎一匹飲み込める大きさになった蔦の束から、毛並みヒトツ乱れていない虎が現れた。

片や這いつくばって泥水を啜る夏草。

虎に捕まり再び騎乗する。
得物は距離を置いて地べたに転がっていた。
だが不安は感じない。
多少、質量を削ぎ落とした蔦こそが青年の本領だからだ。
左腕を向ける、どんな攻撃も狙撃してやる、という意思表示で。
奥歯を噛み締めるとじゃりっとした固い食感。
どこか本能で感じていた、こうでなくてはツマラナイ、と。
そして、見下ろされて燃えるだなんて、やっぱりちーた様の見解も間違っていないのかもね、とも。

■【蛟】

目の前の獲物が霧と化し、訪れるはずの手応えを得られなかった馬体の純魔は、
舌打ちにも似た声を発した後即座に踏み止まる。

一方楼主も、放った糸の先に思った程の重みを感じず、
手元に繰れば儚く散った蔦の残骸が僅かに着いてくる。
青年の左手の膨らんだ蔦の中から再び虎が出てきた時には、
素直に感嘆の声を挙げた。

裸足で踏みしめる地面は、この季節氷のように冷たい。

「酒でも持ってくりゃようありんしたなァ」

再び手のひらで苧環になる糸は、楼主の目には白く見える。
松明の篝る火も薄暗い中で白く見える。
落ちた影は黒。
唸る虎と、それに跨った青年の姿は薄い黒、か。


「あれも御辺の同胞(はらから)かえ?」

呟いた声の応えは、足元から。
いつの間にか再び闇の中に潜った純魔の声だとは、容易に知れる。

『我に同胞などおらぬ』

憮然に響く声にそうかい、と返し、つ、と糸を長く一本伸ばした。
伸ばした糸は足元の影に沈んで行く。
まるで釣り糸のように伸びたそれはある長さまで沈むとぴん、と張った。

「まァ、珍しくもねえよ、そんなんは」

楼主はとん、と軽く地を蹴って後ろに飛んだ。
接近戦では勝ち目はなく、
常套策では負けが見えているこの勝負に穴を穿つべく、
もう片方の糸の端を、再び青年に放つ。

同時に更に長く弛ませた糸は、虎を捕らえようと大きな環を描いた。

■転じる@千歳

着水するように影に潜る純魔を、息も詰まる思いで見届ける。
青年の周囲を小さな灯りが照らして消えた。
『探知は?』
「いえ」
青年の周囲で声があった訳では無い。
魂に響く右業の兵。
だから青年の形式上でしかない否定で、同時に真意を知っただろう。
アレは人間の道理が通じる生き物では無い。
「下手に追えば化かされる」
楼主の白い足が地面を蹴ったと同時に、糸の侵攻が再開した。

辺りはもう薄暗く、雲間から月が御身を覗かせる。
糸から逃れるように虎が楼主へ飛び掛るよう跳躍。
包囲から完全に逃れ切れるとは思っていない。
またも霞となって逃げよう等とは言語道断。
そうなれば青年が糸に引き裂かれるだけだろう。

この虎は霊獣となってから日が浅いため、肉体の概念が強い。
姿を消しても現すためには道理が必要となってしまう。
傷が有れば傷を認識してしまう。
なるべくなら傷つかないままで居て欲しかった。
虎は青年の『足』なのだから。
そして、それを捨ててまで欲したものは何か。

欲しかったのは瞬間だ。

騎乗から幾本もの蔦が楼主に伸びる。
いや、伸びるなどとは生温い。
身を守る術を放棄し、鋭く、硬く、速く。
特化させたそれらは肉を貫くため迫り来る槍。

「そのかいな、頂いたり!!」

量を放棄し質を取る。
そう、迎え撃つと示したのだ。
糸が絡みつこうとする危機は、先に楼主を貫いてしまえば危機とならない。

■【蛟】

「いっ、てぇ」

声は楼主。
幅の広いのが災いしたか、蔦の槍を受け、
びりびりと音を立てて破れていく着物の袖に軽く眉を寄せる。
襦袢も共に引きちぎられて、空気に晒されたその腕には擦れたような傷が見える。
徐々に紅いものが流れ始めた。

「なんだそれ、そんなんにもなんのかえ」

感嘆の声を挙げた。
貫かれたのが災いなら、それが鋭すぎたのは幸いだった。
治りも早かろう。

青年に向けられた糸は、迎撃の衝撃で反れてしまったが、
虎に向けて放たれた糸は、虎の左後足を捕らえていた。

「あァしかし、痛えな、のっぽさん」

そんな恨み言は、仕合の中では何の意味もないのを知りながらも。

糸を引く指に、虎の重みを感じる。

「わちきァ武闘派じゃねえんだよねえ」

青年を狙い損ねた糸の端を指先に遊ばせて、楼主はそう愚痴めいた。
ただ糸は先刻のように苧環には戻らない。
指先から糸を辿れば、糸の端、虎に巻きつく糸、
その先は、長く、地面の下に。
地面の下に、蠢く、影。

青年と虎の魔獣とは違い、共闘を嫌がるきらいのその純魔は、
本当なら自分だけで相手をしたかったのだろうけれども。

『弱い』
「否定出来ねえなあ」

青年と虎の注意が自分だけに向かっている間、
糸を咥えた純魔は地に潜り、――――
今再び楼主の手に、もう一方の糸を戻した。

「いと、てな結ぶものだ」

辺りに目をやれば、舞台よりは小さな範囲で円を作り、
その縁を着物の仕付けのように留める三味糸。
表と裏を潜り、陰と陽とを繰り、
糸と糸の端が楼主の手で結ばれると、その瞬間にその場に結界が発生した。

敵とみなしたものをぐいぐいと、地面に引き寄せて綴り留める重力。
青年と虎の動きは、いくらかは制限されるだろう。
しかし楼主の手の糸は結界に使われて、今は無手だ。

指先に流れてきた血を舌で舐め取って、
楼主は嫣然に笑った。

「心配するない、三味線の糸、てな三本あんだよ」

ゆっくりともうひとつ左手で苧環を解いて、その糸はじわりじわりと
青年の足元に絡みついていった。

■触れられぬ物を従える者@千歳

確かに肉を貫いた手応えを感じた。
腕を振って蔦を引き抜く。
ぱたたた。
まるで雨の降る簡易な音で、弛んだ軌道で地面に線が描かれる。
青年の後方で地面を打つ音が聞こえた。

恨み声を挙げる楼主に向かって、ゆっくりと微笑む。
「・・・大丈夫ですよ、楼主様とあろう方の御身に傷は残させません」
手元まで跳ねた血を舐め取る。
「千歳が全て『治』してさしあげますよ」
蔦が絡まり合い、萼のような形の内側から仔竜が顔の覗かせる。
「傷跡も残りません、致死の傷であっても即死でさえ無ければ、全て千歳が『治』しましょう」
花の仔竜は、胡乱な瞳のまま口を大きく開く。
「お着物は直せませんけれど、それもまた新たな花の紋となって楼主様を彩りましょうね」
裂けると思えるほどに開いた口から、手品のように剣が『現』れた。
隠し持っていた氷の名の剣を取り出し構える。
切っ先を楼主に向けた。

どこかうっとりした様子の青年は、確かに夏山である。
魔を従い、魔を喰い、代わりに魔に肉を奉げる、夏山の千歳だった。

一気に畳み掛けようと虎が地面を引っかいた、その時に気付く。
楼主は後足を拘束したのに、虎を傷つけようとしていない。
痛みに気を取られているから、非力だからか、諦めたからか。
その全てが違う。
足元からの悪寒に怯えて、その場から引こうとした。
が、全てが遅かった。

「いと、てな結ぶものだ」

その声と同時に、見えない何かに縛られるのを砂埃が教えた。
虎から転げ落ちて地面に這い蹲る。
「な・・・っ!?」
剣は軽い音を立てて、無情にも手を伸ばしても届かぬ距離に落ちた。
再び見上げる形となった楼主へ鋭く視線を向けた。
「重、力・・・を」
終止符を打てる目前に自由を奪われた悔しさだろう、がりがりと何度も地面を引っかく。
ますます蠱惑的な笑みを浮かべる楼主が、三本目の糸を青年に向けた。
蛇が命を狙うよう、ゆっくりと、しかし確実に。
追い詰められた焦りか、引っかくのを止めながらも、短く切られた爪の合間に土が入る。


青年も虎も身を起こそうとしては、地面に縫いとめられる。
早々に息を荒げた青年は抵抗を止めたが、虎は諦めを知らない。
ますます鼻先に皺を寄せながら、唸り声をあげて楼主の元へ近づこうと努力していた。
一方、青年は地に爪立てた掌から、密かに何本かの蔦を生やす。
硬い地面は粘土のように、重力に従った蔦が分け入った。
広場の何箇所かに蔦を伸ばし・・・準備は完了する。

「制限が、あるものを・・・そうでなくする・・のは、無理があり・・・ます」
抵抗のポーズを見せないのはフリでしかなく、同時に真実だ。
蔦に全神経を集中させているから他の行動は一切、取れない。
「無尽蔵の蔦は、手品に、見えますか」
重力に従っている間なら、他の抵抗も出来ただろうが、此処からは逆らわなくてはならない。
「鋭い武器になるもの・・・は、ずるく見え・・・ますか」
みしみしと圧迫される肺が、問いかけを困難なものにする。
しかし楼主がそうしたように、青年もまた自らに集中してもらわねばならなかった。

羽虫の精霊が知覚した箇所に誤りは無い。
確認を終えた青年は薄く笑った。

「そう、見せねばならない、のです!!」
地に潜ませた蔦を一気に天へ向ける。
広場の何箇所かで爆発が起きたように、何本もの蔦が生え出でた。
その内の一本は楼主の足元で、しかしギリギリ掠りもしない位置に出現する。
それを見た者はこう思うだろう。
あぁ、あてずっぽうであれど、青年の懇親の反撃は外れた、と。
強化された蔓草による一瞬の抵抗は、すぐさま重力に負ける事となった。
全ての蔦が大きな音を立てて強く地面に叩き付けられる。

真意はそこにあった。

その中の一本が重力に従い、遠く離れた大斧を打ち付ける。
反動で大斧は高く飛んだ。
精霊でもある虎を、蔦をも屈服させる結界だ。
その効果範囲は「楼主に敵意を持つもの」ならば何者を問わないのだろう。
しかし、そうでないものなら、どうなる。
高く飛んだ大斧は、まっすぐ楼主に向かって落下した。
偶然、必然、運命、奇跡。
そのどれをも従えた者が、この仕合の勝者だ。

■【蛟】

意図したものは、意図してはずす事が出来る、が。

その反動は意図したものとしても
斧の軌道まではその外にある。
況してや、心を持たぬもの、である。

がつっ、と鈍い音が響いた。

迫る気配に気付いた楼主は、大斧の刃の強襲こそ咄嗟に凌いだが
旋回する斧の柄は庇いきれなかった右側から頭に打ち付けられる。
衝撃で飛ばされた身体は、松明の一つにぶつかり、
辺りが少し暗くなった。

未だ結界は存在すれども、
青年の足元を縛めていた糸はすっかり緩んでしまった。

ややあって、楼主が左腕で身を支えて起き上がる。

「ァあ、っつ、」

頭を振り、思わず右腕を押さえると、鉄の匂いが広がった。

「――ァあ、これも血か。着物、駄目になっておるんだろうなァ、
ちくしょう」

そんな事を言いながら、ゆらりと立ち上がって、大きく息を吐く。
元々スタミナも根性もない身は、常にない身体と魔力の酷使で絶賛疲労困憊中。
持久力は期待できない以上、瞬発力と奇策を弄してみたものの、
決定打には欠け、勝負はついていない上に
商売ものの身体は文字通り満身創痍だ。

「……ゥ、頭がくらくらする」

頭も痛いが腕も痛くて集中できない。
これでは糸の結界も、持ってあと僅か。
戦い慣れた一人と一匹は、その縛めが解かれた瞬間に向かってくるだろう。
それがきっと、勝敗を決する瞬間。

■水の月@千歳 夏山千歳 2010/02/01 14:01:44 

鈍い音が絶える事の無い華を咲かせた。

楼主の頭を割った大斧は、すぐ傍らに落ちている。
松明も同様であり、その一帯だけが濃い闇に覆われていた。
頬を伝って着物に染み込む血の色が夜目にも鮮やかに映る。
集中はとっくに途切れているのだろう。
重力の枷が先程よりも緩くなり、呼吸も困難になりかけていた肺へと酸素が急激に送られた。
「ッ、かは、げほっ・・・!!」
盛大に咽て、それが収まっても肺の痛みは鈍く残る。

剥き出しにした敵意が徒となったのだろう。
内臓に負荷がかかりすぎたが、この程度で済んで幸いだった。
何時でも起き上がれるよう、片肘を付く。
「私を・・・縫い止めれば、良かったのです」
ずん、と今だ拘束される重みに頭痛がした。
徐々に解かれて、この様だ。
怪我の功名かもしれない。
「首を狙えば良かったのです」
片膝をつき、蹲る程度まで身体を起こす。
視線も定かではない楼主の拘束は、もう数秒も持ちはしない事が明らかだ。
「動脈を狙えば、あるいは絞めれば」
ふ、と。
空が飛べそうな程、身体が楽になるのを感じた。
無論、そんな幻想は叶いやしないけれど。

ゆっくりと、その場に立ち上がり左腕を差し出す。
何度も地面に転がされ、はたまた蔦に貫かれ、千切れた羽織の隙間から蔦が『生』える。
伸ばし合い、絡まり合い、捻じれ合い。
塔が倒れるような緩やかな角度で楼主の首元に突きつけられた。

辺りは無音。
火花が散る音だけが耳に響く。
「・・・そうすれば貴方は勝てた」
青年は傲慢に言い切る。
延長線の先にある身体は、急ぎの治療を要するまでとなっている。
だが、そこに油断して闇夜に近づく愚行は犯せない。
灯りを背負った青年の、足元の影を警戒するように虎が擦り寄った。

片や暗闇に佇む、血にまみれた水花。

片や篝火に潜む、修羅となった蔓草。

楼主の咽喉に蔦が絡みつく。
それは優しく、絞めもせず、しかし逃さず。
「捕まえました」
互いに触れ合おうと叶わなかった一戦で、ようやく直に捕らえた、と。
薄暗い喜びを隠そうともせず相好を崩す。
青年の目は三日月に似ていた。

■【蛟】

白い髪の間から出で、青白い肌の上に走る紅い糸は太さを増し、
頤で滴り落ちた。
むき出しの肩にも蔦の槍で貫かれた傷が幾つか、
二の腕から下は傷からの血で、赤い布を巻きつけているかのように見えるだろう。
楼主には、鉄の匂いと味が、それが血だと教えた。

「・・・そうすれば貴方は勝てた」

青年の言葉に、ふ、と哂う。
じわりじわりと這い出てくる蔦は鎖のようだ。
ぱちり、と爆ぜるのは、残った松明。

「慣れねえ事ァするもんじゃ、ねえやな」

唇の合間からは、細い息。
声はあくまでも飄々と、喉元を押さえられた今の状況でも変わらない。

小指をくい、と動かせば
しゅるしゅると音を立てて糸が引き戻される。
楼主が覚る事はないが右の手の平に納まった三味糸は血の色。

手を抜いていたのかと言われれば否。
勝つつもりがなかったのかと言われても、否。

ただ殺すつもりでやらなければ勝てる勝負ではなかったのだろうし
青年の方は常の穏やかさを封印して修羅となってくれた。
では己は何故「そう」しなかった、と言われれば、
答えは多分、一つ。
脳裏に浮かんだ言葉に、もう一度、楼主は嗤った。
その言葉は、誰にも言う事はないけれど。


「――否、わちきが弱いからさ」

魔力の消費は、体力の消費に勝るほどの倦怠感を齎す。
時間にすればそれほど長くもない時間だったろう。
まだ自由になる左手を軽く挙げて、楼主が言った。


「や、参った」


その瞬間に、第二組の勝敗は決した。

文弱の徒を謳う身において
嘗てないほどの傷を負って、
血も多く流して、
一張羅の着物も駄目にした。


それでも、まあ。


「悪くない趣向でありんした……、っと、ぉ」

緩められた蔦と辺りの空気の中、そう呟いて、
楼主の身体は力を失い、膝から崩れた。
既に純魔の姿はない。

「ほほ、腹癒せに喰われなかっただけよしとしなんしょ……」


嗚呼、今はもうただ眠い。
酒呑んで寝てえな……

■終幕、又は蛇足といふもの@千歳 

首を絡め取られた楼主に抵抗の構えは無い。
ため息のような笑みと瞳が戦意の喪失を雄弁に語っていた。
何事かを呟いて糸を手繰り寄せる。
美しく輝いていた線は、すっかり赤い血潮で濡れていた。
白い左手をゆるく上げて。

「や、参った」

その時、東西南北に散らばる広場の一組、玄武の方角にて。
最も始めに刃を交えた彼らが、初めて仕合の終わりを告げた。

巻きついた蔦が塵となって消えるのと全く同時。
緊張が途切れたのか、細い肢体が脆く崩れる。
「東征ッ」
焦った声は、すっかりけんの取れた青年のもの。
虎は易々と駆け寄り、支える力を失った楼主を受け止めた。
「医務班・・・っ!
ン、痛ぅ・・頭を打っておりますから、揺らさない、ように」
思わず出した大声に顔をしかめる。
遅れて近づこうとするも、肺の痛みが長引いているのか、青年の足取りも重い。
「清潔な布、と、お湯を」
それ以上は声にならず楼主の傍らに膝をつく。
頭部と肩口に両手を置いて口の中だけで呟く。
青年の周囲が仄かに発光し、暗闇の中に白い獣の顔が浮かんだ・・・ように見えた。

脂汗を浮かべる青年の表情とは対照的に、楼主の呼吸が安定する。
失った血液ばかりは補充しようが無いが傷の多くは見事に塞がれた。
傷跡も、後ほど再度『治癒』を行えば残りはしないだろう。

それを見届けてから安堵したように息をつく。
ふっと景色が遠のいた。

医療班が駆け寄る頃には、青年も楼主の腹に伏して気を失っていた。
生命に関わる部位、後遺症の危険性のある箇所のみを『治』した所で青年は力尽きたのだ。
試合中の宣言を守ることで、最後の夏山は流れの旅人たる彼に戻る。
それが彼の誇りだった。

posted by 夏山千歳 at 04:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/195408637
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック