2011年02月17日

椿の護る傍らで

ただ、夜が明けるのを眺めていた。..



離れの一室、椿の一輪挿しが飾られた縁側の部屋。
火鉢の傍に、その青年はいた。
優しい湯の香りに包まれて、ぼんやりしながら障子を見つめている。
薄紙越しの朝日を。

青年の膝にはガラスの小箱があった。
自室に届けられていた今年、唯一の贈り物。
遠く広がるマリンブルーは心臓を象徴した愛の大義をしていた。
それを白い指先で、なでる。

まだ、小箱を暴いて中身を口にする気にはならない。
脈動する首筋に触れる。
仄かにあたたかい、この身体は羽織に守られていた。
新調したばかりの、淵がエメラルドグリーンで彩られた気に入りの羽織だった。

ゆるく笑みが零れおちる。
何時だって、何処だって、変動の中で変わりない日々を送ってきた。
失った者の多くは人間に該当した。
妹のように可愛かった彼女達、兄のように精悍だった彼等。
髪を飾る羽束に触れる。

失ったものの中に自らの感情はどれだけ在っただろうか。
手に入れたものばかりが多くて、手元から減った十の内の一など気に止めるのは難航した。
十を全て失ってしまえば解り易いのだけれど。
腹に手を置く。
この皮の下に詰まったものが、失ったものなど知らないと主張していた。
足先から脳まで続く。

少なくとも皮の内側にあるものは、何も失ってなど居ない気がするのだ。
最初から欠けて足りていないのだから。
何をどれだけ手に入れても埋まりはしない。
しかして、それは、だからこそ、夏山千歳なのだ。

煙管を取り出す。
火の入っていないそれを口にする。
煙の代わりに、白い吐息が口元を隠した。

目を瞑る。
左手の中指が希望の意味を教えてくれた。
目を開く。
雪景色に散ったものが生きろと訴えてくれた。
だから、そう、何も恐れることは無い。
どれだけ人を殺しても、どれだけ心を殺しても。
いままでも、これからも、誰かの笑顔があることで私は生きてゆく。
業を重ねて、行き続けてゆく。



だから、私は、忘れない。



ただ一人、夜が明けるのを眺めていた。
二十四を迎え、一ヶ月が過ぎた冬の朝の出来事だった。
posted by 夏山千歳 at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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