2011年01月31日

禊 了




..
「やっと泣いてくれた」
剣を逸らされ、投げ捨てられる。
変わらない声、変わらない態度に緊張が緩む。
身体を押さえつけていた足を退けて、痛々しそうな視線が傷口へ向けられた。
「ごめんなさい、でも安心しました」
騒ぎを聞いて駆けつけた機械人形から白い布を受け取り、したたる血液を押さえる。
「やっとあなたから、生きたいって声を聞けた」
赤い色が聖職者の白い手を汚す。

「・・・ふ、ぁ、う・・・あ、あああああ」
あぁ、あぁ、そういえば、この人は言っていた。
今は剣を預けて有るのだと。
今、偽りの聖職者は剣をとることはない、と。
その彼が剣を振るった。
振るわせてしまった。
「ごめん、なさい、ごめんなさい、ご、ごめんなさい・・・ッ」
「大丈夫ですよ」
「ぅ、あああ、あっ、ごめ・・なさい、ひ、うああぁ、あああああ」
「心を守ろうとしたんですよね、わかっていますよ。
ほら、私には傷一つ無いじゃないですか、だから大丈夫ですよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、あ、アア、ぁ、あああう」

金木犀に混じる鉄。
自分のものではない血のにおいがして偽りを知った。
そう、この人は偽りの聖職者。
有耶無耶の海を心に秘めて、偽りを持って真と合する。
彼の言葉には愛があった。

顔を覆い隠して泣き叫ぶ。
ほんの些細な悪戯が大きな失敗になり言い出せずにいた童子のように。
心が決壊する。
身体がぐずぐずに溶ける。
夏山の千歳を失って、ただの一人の弱い人間になる。
泣きじゃくり続ける頭をぽんぽんと撫でられた。
この心を覆うものをこじ開けようとせず、ただ温かい手が、そこにあった。
あぁ、シャッターの向こうにあった手と同じだ。
その温もりは、私を大切にしてくれる人の御手。

ごめんなさい、優しくしてくれて、ありがとう。

月が沈み夜が明ける頃、私は夏山の千歳に戻るだろう。
こうして一人の人間として、この人の前で泣くことは、もう二度と無いだろう。
だからこの時間は、夜が明けて月が沈むまでのもの。

でも月は必ず、そこにある。
優しさを与えてくださった思い出は、胸の中に生き続ける。
それは光だ。
傍で支え続ける太陽のように、遠く見守る幾つもの星屑のように、弔い続けた墓前の灯火のように。
夏山さん、あなたはあたたかいです。
遠く、遠く、遥か遠い湖面の向こうから、聞こえたような気がした。


夜が明けても。
私を生かす月の光は胸の中に生き続ける。





(了)
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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