2011年01月29日

禊 玖




..

「・・・自殺にしか見えなかったでしょうね」
「そうじゃ、ありません」
薄い背中に手を置く。
全てを曖昧に溶かして、ただ甘やかしても良い。
表面上のやり取りで流しても良い。
「蔦も、羽虫も、あなたを助けようと必死でした。
なのにどうして肝心のあなたが抵抗しなかったのですか」
しかし踏み込んでしまった。
あの牽制で青年の中の、踏み込んで欲しいという切望を知ったから。
それに対して無責任に手を差し伸べやできないけれど。
「あそこには、氷雪の剣が、ありました。
夏山さんなら御存知の筈ですよね。
抵抗の手段はあった筈だ、なのにあなたは死を選んだ」

この青年に、どうしても知って欲しいことがある。

「あなたは、あなたが居なくなることで哀しむ人々の存在を、知らなすぎる」
青年の根底にあるものを識った。
それは異常なまでの不信だ。
青年は信じていない。
青年が周囲に与える幸福を、青年が周囲にもたらす心痛を。
だからああやって容易く生を放棄できる。
「あなたは、あんなにも、あたたかいのに」
自分なんか居なくなったって、誰も心動かさないと信じている。

「私は、夏山千歳が死ぬのは嫌です」
その根底にあるものは、自分の心を護る為に出来上がった、異常なまでに頑なな不信。
そして同時に、その不信にもがいて発せられる同調に、どうしようもなく心惹かれた。
彼のあたたかさには、傷みが伴っている。
信頼を欲するも信頼を向けられない後ろめたさが。
ようやく青年の本質を識ることが出来た。
この声は大多数の一人の呟きとして処理されるだろう。
それでも光の届かぬ深淵で嘆く欠けた心に、届けば良いと願った。
あなたの価値を知ってください。

「死なないでください、千歳」

脆い心を抱えて生きる、寂しがりのあなたが発する同調は、必ず誰かを救います。
見返りを求めているのも知っています。
その見返りは、どこまでも深い愛欲で、自己嫌悪に彩られているのも知っています。
だから見返りを求めながら、その見返りに気付かないのも、受け入れられないのも知っています。
そのあなたに死ぬなと、生きろと言うのは酷なのかもしれません。

背に置いていた手を離す。
自分が踏み込めるのはここまでだと線を引く。

そう、あなたの存在はあたたかい。
あなたは信じてくれやしないが、何度だって口にしよう。
水底から舞い上がる光のように。
暗闇に怯える震えた声のように。
不信に苦しみ、信頼を畏れる、やわらかいあなた。
守れるものなら守りたかった。
しかし、この手であなたを守るには、抱えているものが多すぎる。

だから口にしよう、祈りを込めて。

「千歳、あなたは私にとって、あたたかい」
信じてもらえなくとも、何度でも。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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