2011年01月28日

禊 捌




..
「・・・なんで、あなたが、あの場に・・・?」
気付いていないのだろう、この青年の涙を堪える声は存外にわかりやすい事に。
柔和な殻に守られた強がりに胸を焼く。
「運命の人だからですよ」
「あは、また、そんなこと仰って」
「冗談のつもりは無いのですが、何故か皆さん、そう仰るのです」
半ば本気の溜め息をつけば小さな笑いの空気を感じる。
そこに偽りは感じなかった。

ぽんぽんと、不揃いのリズムが部屋に響く。
途切れた会話の気まずさに、青年はレモネードを一口すする。
外からも内からも身体を温めれば、この健康な身体はおのずと回復するだろう。
しかしそれは心の奥底まで届かないのでは無いだろうか。
あの月光の届かない湖底のように。
「まことに」
搾り出すような呟きが漏れる。
「あなたの視線は心臓に悪くございます、ね」
諦めたように項垂れる。

きっとこの青年はわかっているのだ。
自分の心を彼が読めるように、彼の心を自分が読めることに。
互いの思考の癖は似ている。
だから、それは彼にとっての切り出しなのだと悟った。
「・・・あれは禊なのです」
どこまで晒してくれるのだろう。


「私は、故郷の家族の身体に起きた変異を治癒するべく、この大陸に参りました」
ちりちりと後頭部を焼く。
聖職者のまなざしは、何時だって含みを持っていた。
もしかしたら何よりも雄弁なのかもしれない。

「義妹は五つの頃より一切の成長が止まりました。
叔母は酷い時は秒単位で人と獣の境を変化するようになりました。
私の白妙は、骨が歪み、肉が抉れ、腹から下を失いました」
それに突き動かされる。
唇がとめどなく言葉を紡ぐ。
「白妙にとって治癒は息をするより簡単であっても、解呪は専門外でした」
心揺さぶられる。
「ましてやマナを垂れ流す程の傷を負い、治癒の能力の質も低下しております。
私への負担の強さと引き換えに保っているようなものです」
そこまで一気に告げて、一呼吸を置く。

目を瞑れば、傍らの火鉢と背後の身体から温もりを感じた。
「治療の手立てとなる・・・かもしれない一端を、私は見つけました。
安穏たる手法ではありません、でした、が」
全ての命運は自分にかかっている。
改めなくとも心得ていた現実は、何時も心に重く圧し掛かる。

背後のまなざしが問いかけた。
理解している、ここまで言えば、次の疑問など。
「ですからあれは覚悟の表れの禊だったのです。
本来的には・・・あれで終了する筈で、イレギュラーから救っていただけて感謝の気持ちも尽きません」
しかし、あえてずれた回答をした。
理解している、こんな浅い言葉では聖職者を騙せない。
だからこそあえてを理解して、踏み込まないでいてくれる優しさに淡い期待を抱いた。
けれど。
「ならば何故あの時、抵抗なさらなかったのですか」

・・・鳥が鳴く。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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