2011年01月25日

禊 伍




..
青年の喉に、腕に、腹に、脚に。
幾多の線が絡みつく。
蔓草は青年にとって守護するものの筈だ。
なのに何故、青年の命を奪いかねない行為を取るのか。
・・・いいや、違う。
青年の皮膚から生え出る蔓草は、確かに線の、触手の侵攻を抑えようと展開していた。
水底から伸びる触手が、青年を引きずりこんでいるのだ。
取っ掛かりの無い水中では不利らしく、蔓草の攻防は青年を傷つけない程度に留まり、決定打に欠けている。
青年自身に抵抗の様子は見られなかった。
焦りが聖職者を駆り立てる。
それこそどうして自分があの触手に対抗できようか。
見捨てられる筈もないというのに。

不意に、視界の隅に煌きが映ったのは、天啓か。

青年の首から生えた蔓草の束の中から、柄が覗く。
鋭い反射は鈍色の水中にあって白さを失わない刀身。
かつての宴で、社交場の華の名の元に贈られた。
青年の所持する名刀、氷雪の刃だった。
――剣、だ。

しぬな、と、魂が叫ぶ

その存在を確認するや否や、がむしゃらに手を伸ばす。
引き抜けば、鞘から抜刀するのと変わらない軽妙な手応えを感じた。
青年の身体を掴み、支点を作る。
蔓草と混じり絡みつく触手を、両者の区別無く引き裂いた。
触手の切断面から青黒い体液が噴出する。
一方、蔓草はそのまま塵となって朽ち果てた。
蔓草の切断による青年への影響が無いことを悟ると、今度は触手を掴み、躊躇無く突き刺した。
水が震えて、触手の声無き絶叫が響き渡る。
その隙をついて青年を引き寄せる。
何本かの蔓草が聖職者に絡みつき、支えの心配は要らぬことを知ると、急いてその場を背にする。
ただ全力を振り絞って、湖面に向けて推進することに集中した。

無呼吸と焦燥と恐怖から、湖面に着くまで何十分もかかる錯覚があった。
三度目、深く空気を吸った瞬間の安堵は、そうでない事実を示している。
追っ手の気配は無い。
青年を仰向けにして、陸地へと引き寄せる蔓草に身を任す。
血の気を失った顔が視界に映る度に、抱きしめそうになる衝動を抑える。
岸に押し上げてから青年を抱え、念のため湖から距離を取った所で仰向けに寝かせた。

軽く頬を叩いて声をかけるが反応は無い。
意識を失い呼吸も脆弱だったが、脈は確かにある。
水を吐かせれば、おのずと意識も回復した。
恐らく霊獣に心臓の停止は防げても、物理的な窒息への対処は出来なかったのだろう。
「夏山さん、聞こえますか、ANです、アリヤナシャANです」
ようやく時が流れ出したように青年の身体が大きく震えだした。
「けほッ・・げ、ほ・・・」
吐き出すものが無くなったのか、咳き込んでも乾いた音だけが控えめに響く。
「・・・ぁ、ん・・・殿・・AN殿?」
「えぇ、ANです」
「なん、で・・・」
それは此方の台詞だと、寸の所で飲み込む。
今は心身を落ち着かせるのが何よりも先決だ、と自分に言い聞かせた。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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