2011年01月23日

禊 参




..

闇夜に衣が浮かび上がる。
真っ白な厚手の、肌を露出しない衣は彼が聖職者である事を示していた。
しかし彼は偽りだと公言する。

空を仰ぐ。
聖職者は月の満ち欠けに敏感だ。
誰のことも、何のことも、考えていないと知る、ただの衛星のヒトツに心動かされていた。
折りしも今日の月は満ちた翌日。
夏には十六夜と呼ばれ、酒を掲げる理由になる。

聖職者には今まで積み重ねた人生から告げる声がある。
ある友人のことを思うと、終ぞ胸騒ぎがしていた。
彼の深緑の青年の、おっとりした笑みは美点だと思う。
うやむやな態度の中に全てをしまいこむ様は、嫌いではなかった。
しかし欠点とは思わなくとも、悟ってしまう時もある。

それは、これまで人と触れ合った先にある、直感だった。

深い森を抜けて、湖に辿り着く。
ひらけた場所であるせいか、いっそう強く風が吹きつける。
思わずマフラーを手繰り寄せた。
沸き立つ心を抑えきれずに赴いた夜の散歩だったが、失敗したかもしれない。
そも目的地も定まっていない徘徊に意味は無いのかもしれない。
沈んだ心持で、月下に目を向けた。
そこには胸騒ぎの元凶の背中があった。

「・・・夏山、さん・・・!?」
驚愕がそのまま声となって現れる。
「どうして、そんな、危ないですっ、そこは深くなっていて!」
薄い衣一枚で、何事かを呟きながら入水する。
そこからは生きようとする意志が見られなかった。
聖職者は焦りを感じる。
「駄目です、早く、上がって!夏山さん、夏山さんッ」
まさか、そんな、でも。
茫洋とした瞳を思い出す、青年の瞳にはいつだって死の影があった。
しかし、それは本来的には誰にだってある。
小さな違和感が小骨のようにつっかえながらも、何時ものことだと思っていた。
「夏山さん、夏山さん、夏山さん、千歳さん・・・!!」
だから見過ごして、しまったのか。
一瞬だけ躊躇して、ケープとコートを投げ捨てる。
湖面に分け入ると激痛が襲った。
しかし胸の内で熱く訴える言葉が、逃してはならないと、告げていた。
この機会を失えば永久の別れになるのだと。
だが水を吸った絹の重みは、対して身軽な青年との距離となる。
「千歳さん!ちとせさん!ちとせ」

夏の山が湖面に沈んだ。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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