2010年05月24日

雪解けの季節に君に綴る事 (軽い手紙)

「こっちは・・・暑いな」
強い日差しに男は眉をひそめる。
サングラスの下には痛みを堪えるような赤色があった。
日を避ける、もう片手には黄ばんだ便箋。
何枚もの紙が透け、厚みを持ったそれを大切そうにポケットにしまった。


よう、久しぶりだな
元気にしてたか

・・・?

お前さんは会う度に変わった格好をしているが、モルモットの仕事とやらは随分と変わっているんだな
まぁ、その様子だと楽しい事も多いようで安心したよ

(薄く笑い、子供にするよう頭を撫でる

手紙ありがとうな
いや、あいつの代わりに、じゃなくてな
兄として感謝している

あっちも、なんだかんだでお前さんと話が出来て嬉しいようでな
書いては書き直しての繰り返しで中々、筆が進まないと歎いていたよ
・・・でも嬉しそうだった
うん、お察しの通り、あいつからの返信だ
受けとってくれ・・・あぁ

(開封しようとする手を止めて

かなり長い内容らしいし、恥ずかしいのもあるそうだから後で確認してくれ
万が一、不備があったら言ってくれりゃ良いから

さて
そろそろ医師殿から返して貰わなきゃならんし失礼するよ
ん?何をかって?
俺のダイジなものさ・・・なんてね

(悪戯っぽく目を細める

(トレードマークのサングラスは常とは違うものだった

それじゃあ、また


(黄ばんだ封筒にはムロマチ語で宛名が記されている

柳 伽藺様へ

(前回と変わりなく所々いびつだが・・・丁寧で癖の無い字だった


(開封してみると、手紙と共に小さなクローバーが幾つか入っていた


..

そちらは汗ばむ日々が続くと聞きますが、お元気ですか。
こちらはまだまだ寒いです。
ようやく日差しに春が見え始め、ここから穏やかな初夏を迎えるのだと聞きました。
きっと、そちらはもう美しい新緑の季節なのでしょう。
空も澄んだ蒼なのでしょう。
気持ちが浮上するにつれて身体も軽くなったように感じます。

遅くなってごめんなさい、お返事ありがとうございます。
確かにティーラから受け取りました。
この手紙も、きっとあなたへ届けてくれると信じて筆を走らせています。

お互いに一言では語りきれない程、色んな事があったのですね。
かの竜を抜き出した時の事。
おぼろげですが覚えています。
あなたの事を大切に想っている友達ばかりだったのが印象的でした。
今、思い返せば、そう思える部分しか知らなかったし、見せられていなかったし、見なかったのだとは思いますが。
それでもあの当時は私も、その一人になりたかったのだと思いましたし、なっていたのであればいいな・・・なんて。
少し贅沢な気持ちが付随します。

私の事を、また友と呼んでくれて・・・嬉しかったです。
だからこそ重く身勝手な感慨が胸を苛みます。
あなたにとって私が恋人であった事は、無いに等しいのです。
あなたにとって私は、ただの保護対象だったのです。
そして私にとっても、あなたが恋人であった事はありませんでした。

これは恋人として上手くいかなかったから、友人として上手くいった時期へと記憶を書き換えたいんだろう。
そういう気持ちがある事は否定できません。
友と認めてもらって嬉しかった、その理由のひとつがこれなんだと思います。
勿論、単純にあなたを(恋慕としてではなく個人として)慕っていた事が前提となりますが。

そう、私にとってもあなたは恋人ではありませんでした。
その原因を長く否定をし続けてきたため確信に近い答えがあります。
かの芸者の女性に仄かな恋心を寄せたのも。
有翼の青年に、よくよく懐いたのも。
あなたの所有物となりたいと我侭を言ったのも。
私は恋に恋をしていたからなのです。

私が恋に憧れたのは、ひとえに愛されたかったからなのです。
彼らに想いを寄せたのは、彼らが魅力溢れる人物だった事が大きいです・・・いえ。
私は彼らを選定したのでしょう。
その意味において、私の審美眼は確かであり、私の行為は愚か極まりました。
愛されたいから恋をする。
愛したいから恋をする。
それに関しては道理だと思います。
きっかけがあって恋に目覚める事のほうが圧倒的に多いでしょうが、恋ありきの恋も存在するのです。
けれど私の愛情への欲求は、多方面に向いていました。

私を愛してくれるなら、石ころだって良かった。
それが本音です。

この醜い本心から、ずっと目を逸らしてきました。
彼女だから、彼だから、何よりもあなただから恋をしたのだと硬く信じていました。
多分、それは私の恋を美しいものにしたかったからに他ならないのでしょう。

私は特別、沢山の人から愛されているように見えたあなたへ憧れました。
あなた自身は満足していないと、その口から、その行動から、その態度から悟ってもおかしくはなかったというのに。
あなたへ向けられる数多の愛情に、憧れて止みませんでした。
・・・あなたが受けて感じたものを私が断定するなどおこがましい事ですが、それでもあなたには心許せる友人や家族の存在があったのでしょう。
そしてそこから向けられる愛情は、あなたが彼らに愛情を注いだからこそ受けられたものなのでしょう。
あなたは私にも愛を注いでくれました。
けれど私はあなたに愛を返す事ができませんでした。
私は愛だけではなく、もっとわかりやすい恋も欲しくて。
誰でもいいから下さいと、口を開いて餌を待つように欲しがるだけの・・・子供だったのです。

だから私からあなたへの感情も恋ではありません。
それなのに恋人だった、なんて呼んで貰うのはおこがましいとしか思えないのです。
本当に身勝手な感情です。
あなたが健やかに育てと願ってくれた、その相手の本心は、こんなにも薄汚いのです。
けれど漸く、この本心を口に出し認める事が出来て、私は良かったと思います。

長々と言い訳ばかりを連ねてきましたが、私はこう思うのです。
私の罪は、あなたや友人らに恋を・・・庇護を求めら事ではない(それは褒められたものではない事も確かですが)。
私の恋は誰かのためにあるものではない、私のためにあるものなのだと。
利己的な欲求を認めず他人のせいにしてきた、その姿勢が罪だったのです。
だから、その事について謝ります。
もう私の謝る言葉など耳にしたくは無いと思われるでしょうし・・・もしかしたらあなたの望む謝罪とは、てんで外れているのかもしれません。
ですが、これが私の出した結論だという事を、どうかお許しください。

あなたへの恋に恋をしてきました。
そのせいであなたを沢山、傷つけてしまいました。
あなたを愛せなくて、ごめんなさい。


あなたと手紙のやり取りをしていて気づいた事があります。
私という存在はあなたにとって過去の亡霊なのでしょう。
こうやって手紙のやり取りをしている先には、幼く無邪気めいていた子供の姿しか想像できないのでしょう。
心境の変化は綴りましたが、身体の変化は綴っていませんからね。
どうぞ興味がありましたらティーラに尋ねてください。
そして、それがあなたの中の過去の亡霊を打ち砕く一端となってくれたら幸いです。

私達は二人して、相手に罪悪を感じています。
それだけの事を互いにしてきたという事実も確かにありますが、それ以上に自ら罰を受けたがっているようにも思えます。
それは永遠の平行線にしかならないと思いました。
だけれど私達は相手に罰を求めません。
ならば、きっと私達はそれぞれの感じる罪悪へ、答えを出し、許すのは・・・自分にしかできないのだと思います。
そうして出した答えを相手に伝えたいと願う事もあるでしょう。
伝えられなくても相手が穏やかに暮らしていると知りたい事もあるでしょう。
自らだけでは不安に思うからこそ、些細な確証があってこそ、初めて私達は自分を許せるのだと思います。

私の罪は私が許されたと思わない限りは許されません。
あなたの罪も同様に。
なぜなら私はあなたに罰を受けてほしくないからです。
私があなたに感じた罪は、とうの昔に許されているのです。
あなたは千年の罰に苦しんでいた、そして許されたと感じた。
そのあまりに辛く、そして光有る一文に・・・私が感じた罪も、あなたが内包していた罪も、溶かされたのだと知って、これ以上も無く幸福を感じたのです。

私はあの頃も幸せでした。
ただし満たされる事が幸せならば、あの頃は幸せではありませんでした。
今は幸せです。
満たされる事が幸せならば、私は幸せです。
静かな場所で雪解けを眺められて、あなたがこの世界に存在していると知れて、あなたと手紙のやり取りができて、あなたに何時か会う事を望まれて。
叶わないと思っていた事、そのほぼ全てが叶ったに等しく、幸せです。

あなたの魂がある事が、あなたをあなただと立証するのです。
かつての肉体が朽ちたとて、あなたが存在して幸せを感じていると知って安心しました。
私にも、あなたの主人と同じような、あなたの望むような愛情の伝え方はできないでしょう。
だからあなたにそういう方ができて、本当に良かったと思います。

雪国の料理は暖かいのでしょうか。
あなたは何でもできる印象があったから、やっと料理ができるようになっただなんて信じられないくらいくらいです。
もてなし名人だったのでしょうね。
あなたの暮らしの話、また聞かせてください。
過去の話も、あなたが話したい時は、どうぞ聞かせてください。
秘密や言う必要の無い事は、心にしまったままで構いません。
私も、もし望まれるなら、可能な限り書いてゆきたいと思います。
イドと呼ばれた一羽の鳥の人生を、忘れないうちに残したいから。

私とあなたの幸せの形は、きっと違うんだと思います。
欲しかったパイの形は一緒だったのです。
でもパイの中身は・・・根本的なものは、きっと違ったのです。
だからあなたの幸福を信じてください。

どうか末永く幸せに、あなたに風の導きを。




追伸

ティーラから話を聞いて、少し自惚れた事があります。
もしかしたら、あの頃の俺の言葉は、あなたに届いていたんじゃないかって。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 火の鳥の手紙、又は手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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