2010年07月07日

桂・Y・ポット 壱

帰ってきた。
ティーラさんが帰ってきた。


..

僕は桂・Y・ポットといいます。
八珠堂威紺の息子です。
母は既に亡くなっています。
僕は遊郭の落とし子でした。
行き場を無くした僕は、未成熟な間にお店に出されるか、用心棒として働かされるか、もしくは殺されるか。
そのどれかを待つだけの子供でした。

哀れに思ったのか、あの人の差し金なのか。
傭兵のおじさんの手引きでお店から逃げ出して、あの人に会わせてくれました。
あの人とは、僕の実の父親です。
でも僕は、あの人が嫌いです。
母の存在を忘れて生きてきた、あの人の事が嫌いです。
あの人も、きっと僕の事が嫌いなのでしょう。
対面してから三日と経たずに、別の人の所へ引き渡されました。

だけど、それは僕の人生の分岐点だったと、今ならはっきり言えます。


まっくらやみだけが僕の世界でした。
昔は。
まっしろな中にいる赤い色が僕の全てです。
今は。

ティーラさんが帰って来る。
それだけで何よりも楽しみになって、美味しいご飯も、新しい本も、霞んでしまう。
落ち着かなくなってしまう。
本当は街の外に子供だけで行っちゃいけないんだけど、見張りのおじさんがいるから大丈夫だよね。
街道までならいいよね。
「桂坊、教官のお出迎えかい」
「はい、あ、おばさんから水筒とお弁当を預かってますっ」
バスケットを手渡すと雪掻きをしていたおじさんが頭をがしがし撫でてくれた。
嬉しいけど、ちょっと痛い。
ティーラさんの手はもっと優しい。
冷たいし堅いけれど、ふわふわ撫でてくれるし、ぎゅっと抱きしめてくれる。
あ、でも、十回に八回はたんこぶのできる拳骨も、あの手だな。

なるべく道の真ん中を歩く。
あったかい紅茶の入った水筒(ちゃんと桂って書いてあるよ)をお腹に当てて。



「ティーラさん、ティーラさん、ティーラさん!!」
「かっ、桂、待て、転ぶぞ」
雪掻きを終えたばかりの街道に明るい声が響く。
山の麓にある出来たばかりの温泉街、そこから少々離れた街道に少年はいた。
艶やかな緑の髪、生意気盛りの目元も愛嬌がある。

「危ねぇっての・・・町から出るなって、あんだけ言ったろうに」
「だってティーラさんが帰ってくるんだよ!」
「いちお、ちょくちょくは帰ってきてンだろうが」
「育ち盛りには足りないんです」
「確かに少しはでっかくなったかな?」
「むぅ、少しじゃないですよー!もっとよく見てくださいよー!」
「嘘、嘘・・・何時も寂しい思いばっかさせて、すまない」

厚いコートの内側に少年を収めて髪に顔を埋める。
青年は日の匂いに安堵したように微笑む。
少年は草の匂いを感じて、もっとと言う風に抱きついた。
「ティーラさん、出張お疲れ様です」
「・・・あぁ、ただいま」
青年は、青年と呼ぶには老いているが、壮年と呼ぶにはまだ青い。
疲れたような薄い笑みが少年にとって馴染みがあり、同時に胸の奥を痛める。
薄倖の青年にどうか優しい時間を与えたいと強く思う。
自分に足りない力と、降り注がれる庇護に歯がゆさを感じてならなかった。
「お帰りなさい」
少年は精一杯の笑顔と無邪気な子供らしさで迎える。
たまにしか帰ることの出来ない青年が、せめて寛ぎ休めるように、子供の役割を果たそうとしていた。

年始まで一月を切った、寒さの厳しい季節。
ぎこちなくも互いに愛情を注ぐ、不器用な親子の姿がそこにあった。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 火の鳥の手紙、又は手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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