2010年01月16日

花眠る

Smiles and Tears

世界はひとつの円となる


..
■二度目の嘘@千歳

窓際に沿ってソファに戻る。
最初から決めていた。
叶って欲しいと思う気持ちに嘘はつけない。
けれど駄目だった時に「あぁ、やっぱり」と嘯いて自衛しようとする心も存在していた。
こんなにも待ち遠しかった宴で、自分の弱さを知るなんて。
「・・・千歳は、ずるっこなのですね」
落ち込みかけたテンションを持ち直そうかとも考えたが、きっと今は無理をしない方が良い時だ。
仔竜を回収して再三ソファに身を預ける。
後半のペア発表までには持ち直そう。
そう決めて・・・それまでの間は気を緩めようと、高く結っていた髪を解いた。

花の香りがする。
グラスの底に残った液体が、青年の心に忍び込む。
「ん・・・」
これ以上の言葉も成らず、どんな顔をすれば良いかもわからず。
ただただ青年はソファの肘掛に身を寄せて、夜が過ぎるのを待っていた。

■春と嘯く@千歳

両思いペアが発表されていた頃、青年は二度目となる控え中の一室にいた。
髪型を元に戻そうと櫛を通すのだが、どうにも上手くいかない。
髪をかきあげる手は震えて、何度も毛束を取りこぼす始末だった。

部屋に待機していた衣装係の侍女には丁重に断って退室してもらった。
今の、この情けない顔を平気で見せるには青年は男性でありすぎた。

どうにか髪を高く結びし直す。
大切そうにリボンを結い、左耳を隠すための髪飾りと薔薇も付け直した。
鏡には、ぱっとしない面映えの男がいる。
「・・・やっぱりタラシなんて嘘ですよ」
親愛を込めてからかってくる友人達を思い直し、小さく笑う。

結果は羽虫を通して、この場で知った。
参加する前から、これが最後のチャンスだと思っていた。
そして、それが叶わないと知った時、その時こそ諦めようと決めた。

「えがお、えがお」
決めていたのだから悲しくなんか無い。
諦めたのだから苦しくなんか無い。
「しの嬢とユキ嬢におめでとう言わなくちゃ」
わらう。
「るちる嬢も千寿嬢も冷やかして」
笑う。
「千歳はどなたと踊るのかしら、楽しみなのです・・・」
ほら、もういつもの夏山千歳だ。
鏡の中には笑顔の男がいる。

普段となんら変わらない、おっとりとした、優しげな、たまに悪戯好きな、のっぽさんの笑顔。
「酷い顔なんかしていたら、折角のダンスなのに女の敵だーって、きっと怒られてしまいますよ、ね」
誰で想定しているのか、その様を思い浮かべて、怖い怖いですと小さく身震いヒトツ。
ようやく調子を取り戻した青年は、最後にマントを翻した。

「・・・さようなら」
鏡の前にはグラスがある。
微かに香りを残しているが、やがて全ては空気に溶ける未来を、ただじっと待つ。
それは青年の心、青年の願い。

およそ誰にも知られる事も無く、その部屋の扉は閉じられた。

■最後のダンス:梅

最終夜、最後のペア発表。
そこに並んでいたは二年前のこの場所で、三曲目に並んだ名前だった。

煌びやかな星屑達が悲喜交々の声をあげる掲示板の前で立ち尽くす。

ズキンと胸が痛む。

跳ねる胸に手を当てて瞳を閉じる。

(大丈夫・・・私は春風なのでしょう?いつもの様に笑えばいい・・・)

宴の最後にこれ以上ないパートーナーなのですから。
思いっきり笑顔で素敵な時間を過ごしましょう。

しばしの後目を開くと、にっこり笑ってホールへと駆け出した。

■はなねむる@千歳

無くしたものがある。
誰かを思いやる心、誰かに大切にされる心。

手放したものがある。
憧憬の眼差し、手紙の残り香、胡蝶の夢。

心が何処か欠けたまま、この大陸に足を踏み入れて、もう何年も過ごしてきた。
何度か、奇跡や運命や偶然のようなものを目撃した。
達観した思いと小さな感動が綯い交ぜになって喉が詰まる。
その人間らしい感情の揺れを忘れぬようにと、手記に書き留めてきた。

この青年は人一倍、執着が強い。
けれど離れる時の痛みを恐れて、踏み込むような事は滅多にしなかった。
優しい関係を望み、そうあるべきだと信じていた。
信じていた。

見上げた先の名前に青年の表情が変わる。

そっと人波に紛れて退き、少し離れた壁際に留まる。
誰がパートナーになろうと笑顔で迎えられると過信していた。
対になっていた名前の彼女であろうとも、飄々とした仕草で、ちょっと気取った台詞で。

けれど、駄目だ。
息が詰まる程の執着を抱いたのは、何時からだろう。

壁にもたれて胸を押さえる。
笑顔になっておきたかった。
彼女の前でも、何時もの夏山千歳でありたかった。
元々、冷たい手が緊張で更に色を失う。
「・・・ぁ」
ふと思い出す、去年に贈った早咲きの桜。
「結局、見られ、ませんでした・・・ね」
ぎこちないが笑みを取り戻し、少女の姿を探し始めた。
春を告げる花の名前の。


ホールをうろうろしていると人混みの中、高い位置に羽飾りを見つけました。
初めて会った時と全く同じシチュエーションに気付いて一人で笑い出した。

でも二年の時間は全て同じと言うには長いかもしれません。
私はあの羽飾りを知っているし、かける言葉ははじめましてじゃなく・・。

「千歳さんっ」
その人をよく知っています。

「フラれコンビになっちゃいましたね、えへへ・・・」
照れ笑い付きの冗談が始まりの挨拶。

「でも宴の舞台で千歳さんと踊れるなんて私は果報者ですねっ。」

思いっきりの笑顔とリボンの巻かれた手を貴方に。

「私と踊ってくれませ・・くれますよね、ふふっ」


「千歳さんっ」
耳慣れた声は弾んでいる。
振り返れば、跳ね気味の赤毛、異国の装束。
清楚なリボンが大きくない手を彩る。
「ぁ・・・また、探させちゃいました、ね」
満面の笑みを浮かべた少女。
「ふふふ、千歳もフラれちゃいました、タラシの汚名返上とはいきませんで」
軽口は、擦れていなかっただろうか。
笑顔は、下手くそでは無いだろうか。
「私こそ梅のお嬢さんと踊れるなんて、望外の幸せにございますよ」
眩しいほどの笑顔と言葉に、同じだけのものを私は返せているのだろうか。

断定の言葉は、きっと積み上げてきた信頼と友情の証だろう。
くすぐったさと温かさが胸に広がる。
「千歳なんかで良ければどうぞ・・・」  
差し出された手に、手を重ねようとして躊躇する。
触れる直前のまま止まった手に、不思議そうに見上げられて。
そのまま、視線は下げられる事となった。

「千歳・・・さん・・・?」
その場に片膝をつき、頭を垂れる。
何時だって誰かと踊る時には、これが最後のダンスだと思ってきた。
全力を尽くそう、全力で楽しもう。
それが相手への敬意だと信じて実行してきた。
長く共に歩んだ結晶生物の少女であっても、その信念は揺ぎ無い。

このダンスも、これが最後で無いと、どうして言い切れる。
叶わなかった思いに感じた歯痒さを、決して忘れたわけではないのに、どうして『何時もの夏山千歳』を演じようだなんて思ったのだろう。

「メイ、ホア・・・嬢」

手を取る、小さな掌を。
「貴方の今宵一時を私に下さい」
口付ける、白い手の甲に。
「夢でも幻でも構いません、忘れてくださって構いません」
見上げる、真剣な眼差しで。
「その代わり、この一時を生きる貴方を私に下さい」


貴女を縛るものから、貴女を解き放つと決めたばかりなのに、ごめんなさい。


これが終わったら無かった事にして構わないんです。
夢幻の出来事として、何時ものように軽口と戯れを交わす友人同士に戻って、良いんです。
ごめんなさい。
どうしても貴女と踊りたかった、また貴女と、この舞台で。

ずっとそれを望んで止まなかった・・・。


「ぁ・・・また、探させちゃいました、ね」

「はい、また探しちゃいました。」

続くいつもの軽口にほっとした時、触れかけた手が止まり若草色の草原が降りてくる。


その言葉は、したばかりの決心を容易く崩し、心が壊れる音がした。


私は届く保証もない自分のわがままより、私を支え大事にしてくれる人との時間を選んできた。
他の誰かとペアになって宴が終って。
少しは泣くかもしれない、でも『あの人の望みは私以外の誰か』、そう思い込めば私は笑って旅立てる。

「なのに・・・なぜ最後が貴方なのですか?・・なぜ忘れろなんて言うのですか?」
俯いて小さく呟くと一粒の雫が頬を流れた。

静かに始まるステップ。壊れたままの心に笑顔を貼り付けて語りかける。
「ふふっ、最後にその眼差しは反則ですよ? もう・・駄目です・・。」

「・・初めての宴が終わる頃、送った手紙を覚えてますか?」
桜の文香に乗せた最初で最後の『あいしてる』。
これ以上は困らせてしまうから、求めないからと、ただそれだけ伝えた想い。

「私はずっと、かたくなにそれを守ってきました。」
私に入る余地なんてないって思った。旅人の貴方の邪魔をしたくなかった。
何より嫌われたくなかった。

ともすれば零れそうになる言葉を全部閉じ込めて。
その度に月明かりの下一人で泣いて、夜空に消えていった言の葉達。

その一つ一つが涙になって零れ落ちる。

「旅先で貴方の足跡を見つけるたびに『逢いたいよ、逢いたいよ』って」

花咲く春の草原で、虹のかかる紅い砂漠で、巡る星屑の宴で。
縁が交差するたびに『そばにいたいよ』『大好きだよ』って。

「精一杯の笑顔の裏でいつもいつも声にならない愛を叫んでた。」

「ずっとそばにいたかった。」
「その声で名前を呼んでほしかった。」
「愛してるって伝えたかったっ。」

拭っても拭っても止め処なく涙が溢れて来る。心の奥底に守ってきた物が決壊する。
ステップは止まり、ただ立ち尽くし泣きじゃくる。

「・・・友人達は言ってくれます。控えめで清涼、春風のよう。でも私はそんな娘じゃないのです・・・。」
辛さに負けて親友の少女や言霊士様に泣きついた弱い自分を思い出す。

「大切な想いを自分で殺し続けるのは嫌・・・悲しいのに笑うのも嫌・・・」

紅い花弁は散っていく。
気の利いた言葉も出てこない。気持ちを詩に紡ぐ事もできない。

出てくるのは止まらない嗚咽と身勝手な想いばかり。傷つけておいて。

遠ざかっていく心がただただ悲しかった。
二人が描く円は決して交わらない美しい螺旋の円。

それでも私はもっともっと愛したかった。


彼らの始まりは危うい足取りだった。

スローテンポな最終夜。
宴の魔法にかかった人々は、すっかり慣れた様子でリズムに合わせて踊り始める。
そんな中にあって彼らのステップは拙い。

茶化して、その手を取っても良かった。
冗談と気取った台詞を交えて、大仰な仕草で、ただ楽しく過ごすだけで良かった。
互いの心にしこりを残したまま。
嫌、そんなの嫌だ。
絶対に後悔すると解っているのに、これが最後かもしれないのに、どうしてその選択肢が選べよう。

彼女の心を傷つけると知っていて、尚、私はこの選択肢を選んだ。

「・・初めての宴が終わる頃、送った手紙を覚えてますか?」
「えぇ、勿論」
少女からの初めての手紙を思い出す。
密かな愛情と儚い恋心に彩られていたラブ・レター。
健気な思慕をしたためたそれに対して明確な返事を出来ずにいた。
「私はずっと、かたくなにそれを守ってきました。」
あの頃の自分は恋情を恐れて愛情を信じられずにいた。
壊れそうな心を掻き集めて、形を保っているだけで精一杯で。
自分からは愛情を注げられる自信も無く、枯渇するまで愛情を欲しがるだけになるだろう。
その自覚があったから、全ての愛情を曖昧な形で拒んでいた。

「精一杯の笑顔の裏でいつもいつも声にならない愛を叫んでた」
止まることを知らない涙が少女の頬を赤くする。
華麗な足裁きも、今はよろけて見る影も無い。
途方にくれた迷子のように、目前の瞳が少女自身を責め立てる。

「ずっとそばにいたかった」
「うん」
「その声で名前を呼んでほしかった」
「うん」
「愛してるって伝えたかったっ」
「ん・・・」

悲痛な告白にヒトツずつ相槌を打つ。
吐露する先を選べなかった言葉を、ちゃんと聞いているよと伝えたい一心で。
踊り続けられる筈も無く、立ち続ける事も辛いだろうに、縋りもしない気丈さが悲しかった。
「控えめで清涼、春風のよう。でも私はそんな娘じゃないのです・・・。
大切な想いを自分で殺し続けるのは嫌・・・悲しいのに笑うのも嫌・・・」
擦れた語尾に終わりを知る。

今、目の前にいるのは元気で明るい紅・梅花では無い。
ただの弱い女の子だった。

「・・・ね、千歳が意地悪をするのは、ただの冗談や戯れだけじゃないんです」
これまで押し込めていた少女の言葉も涙も最後まで全て聞きたいと思った。
だから言葉を挟まず、流れる涙も、そのまま見送っていた。
ハンカチを取り出し頬から目尻までを拭う。
泣き顔を隠すように抱き込みながら。
「酷い事をしても私から離れてゆかない事を確認しているのです。
でも貴女は何度、意地悪をしても・・・何時でも笑顔でいてくださいました」
貴女の思慕は知っていた。
けれど、その裏に隠された想いが、そこまで強く悲しいものだとは知らなかった。
共にあれる事が嬉しくて気付けないまま、邂逅した縁を過ごした。

春の花畑では無邪気に戯れていた。
虹のかかる砂漠では存在を遠くに感じるも刃を交わす事は無かった。
二度目の宴では・・・。

「ねぇ、梅花嬢、貴女に贈ったドレスは、私と踊るために仕立てたのですよ」
ペア発表の度に少女の名前を探した。
三度目のランダムダンスには期待で胸が膨らんだ。
社交場で見かけた姿に、どう話しかけようか頭を悩ませた。
「私の仕立てたドレスで、もう一度、私と踊って欲しかった」
自分の名が見られるフィナーレは意地と笑顔で乗り切った。
無論、新たな出会いや旧知との親交にも心躍らせた。
けれど本当に期待する所は。

「そんな事、口に出せや、しなかった」
私は意地っ張りだからと、涙声が少女に囁かれる。
「そのくせ、この会場で貴女の名前を二度、書きました」
そして今年で最後にしようと思っていた。

不意に少女を抱き上げる。
涙に濡れた顔を胸に寄せるようにして会場から隠す。
「梅花嬢、メイ・ホア、梅のお嬢さん・・・」
横抱きのまま、小さくステップを踏む。
「貴女の泣き顔が見たかった。
千歳は、どうしようもなく泣かれでもしないと恋情を理解できず愛情を信じられない、から」
それは七色の雫を落とす。
「こんな酷い千歳だから、忘れてくださった方が貴女は幸せになれる、そう思いました」
少女の髪に顔を埋める。
ぽたり、暖かいものが染み入った。
「なのに今は貴女の笑顔が見たいのです」
あやすように揺らしたまま、窓際へと歩を進める。

雪が降る。
今年も人工の雪が降る。

「他の方の傍らじゃ嫌、千歳の傍にいる貴女の笑顔が見たいのです」
三度目となる美しく愛しい光景を見上げる。
温暖な気候である永寿に降るそれを、人工だからって美しくないとは思わない。
むしろ、そうあることに、心揺さぶられた。
母が娘に示した愛を。
「貴女の笑顔が見たくて、貴方と踊りとうございました・・・」

青年の腕の中には、眠るように泣き続ける梅の花があった。


「・・・ね、千歳が意地悪をするのは、ただの冗談や戯れだけじゃないんです」
柔らかい感触が零れた涙を拭っていく。

「酷い事をしても私から離れてゆかない事を確認しているのです。
でも貴女は何度、意地悪をしても・・・何時でも笑顔でいてくださいました」

そっけない態度に悲しくなった事もありました。
でもそれでも私は倖せでした。何も伝えられなくても手を伸ばせなくても。

ただ近くに居れるだけで私は倖せでした。

優しく淡い色の桜のドレス。去年その姿を見て貰う事は出来なかった。
今年も準備をしていた。けれど選んであげられなかった私は、どんな顔をして着ればいいのかわからなかった。

そして私が自分の弱い心を守る為に作りだした、『他の誰か』が彼を傷つけた事を知った。

「うっうっ・・・ごめんなさい・・ひっ・・」
ただ一言だけ、啜りあげる声の間からそれしか言えなかった。

体がふわりと浮きあがる。

「こんな酷い千歳だから、忘れてくださった方が貴女は幸せになれる、そう思いました」

(嫌・・・愛する人の事を忘れて生きてゆく、それが倖せだなんて思えない)

言葉も出せず胸の中で首を振る。光る涙が床に落ちてゆく。

夢にまでみた言葉。
二年前の3曲目、その終幕と共に指先が離れてから、今この瞬間までの間。
ずっとずっと聞きたかった言葉。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
なのに胸に顔をうずめたまま、それだけを繰り返す。

傷つけた事に。ドレス姿を見せてあげれなかった事に。
貴方の優しさから自分勝手に目を背けてしまった事に。

微笑んであげられない事に。


散ってしまった花は戻らない。もう笑う事なんて出来ない。

だから今だけはこのままに。

静かに降り積もるこの雪がいつか溶けて、やがて春が来る頃。


きっとまた花は咲くから。


腕の中の少女はひたすら泣きじゃくっている。
小さな子供に戻ったように、ごめんなさいと繰り返し繰り返し呟いていた。
「うん・・・ん・・・」
小さく相槌を打ちながら、赤毛に鼻先を寄せる。
少女の名を冠する清涼の薫りだけではない、少女自身の甘い香りがした。

「大丈夫ですよ・・・。
こんなに愛を訴えていただいて、どうしてそれを厭う男がおりましょう」
意味が伝わらなくても構わなかった。
「傷ついたとて、それも千歳が誰かに・・・貴女に愛情を頂いた印なのです。
どうしてそれを煩う事がありましょう」
声が届かなくても構わなかった。
「こんな千歳なんかを精一杯想っていただいて。
その恋が終わったとて、どうしてそれを嘆く必要がありましょう」
眠りについた少女の、遠い遠い深淵に、全ての意味が通らなくとも良かった。
例えるならば子守唄のようにあり、彼女の悪夢をほんの少し払ってくれれば、それで良かった。

「悪い男に騙されたとでも、叶わぬ想いを望んだ夢でも、宴の魔法が見せた幻でも、良いのですよ」
こうなると想定していながら、その選択肢を選んだ。
何故なら過去の存在の消去を恐れたから。
「不器用な若さが生んだ懐かしい思い出でも、いっそ忘れてしまっても」
二人だけの過去は、片方に認められないだけで容易く消え去る。
だから二人だけの記憶を、大多数の記憶にしたかった。
すれ違いだらけの二人が居た事を、世界の何処かに記しておきたかった。
「貴女の望む記憶にしていただければ、良いのです」
そんな事を望んでおきながら、詭弁だと思った。

梅の花を手折ってしまった事実を残したいと望みながら、いつの日か新芽が顔を覗かせるまで優しい夢を見てほしいと願った。

「こういった場で悪いのは男と相場が決まっております。
それでも貴女は・・・貴女の思いで、自分自身を責める事を止まないでしょうね」
三年かかった。
青年自身の心を修復するまで、少女の思慕に答えを出すまで、愛情を与える決意が出来るまで。
その想いが届かなくとも生きてゆけると確信するまで、三回目の宴を迎えるまで、かかった。
「曖昧なままにしておけなくて、ごめんなさい。
その上で私は貴女の気持ちを知りとうございました」

一度だけ、彼女の手の甲に触れた唇は、冷たいまま。

「ありがとうございました、千歳は梅花嬢と出会えて心から幸せです」
これまでも、これからも。
穏やかな笑みを浮かべたまま落涙する。



花は散る、花は咲く。

それは永久に変えられぬ世界の道理。

やがて春を迎える新芽にも、いつか開花の時が来る。



最後まで好きと言えなかった、けれど、それで良かった。

■はなねむる、その後@千歳 

落ち着いたのか、泣き疲れたのか、話す気力も無いのか。
腕の中の少女を休ませるため、青年は控えの一室を借りていた。
ずっと胸に押し付けられていた表情は伺い知れない。
わざわざ暴く必要も感じられず、またそんな度胸も無く、少女の顔を直視せぬままソファに横たえて、毛布をかける。
扉の前に控えていた侍女から水の入った桶を受け取り、硬く絞って少女の目元を拭い冷やした。

横になる少女の傍らに座って頭を撫でる。
暖炉の薪のはぜる音がする。
侍女達の気配りのおかげでこの部屋は暖かい。
「ベルを鳴らせばお城の侍女がいらっしゃるでしょう。
右を扉の外に待機させておきますから、何かございましたらお呼びくださいな」

泣かせておいて放置するのもどうかと思ったが、恐らく今は一人になりたい時だろうと当たりをつける。
今更、謝罪も感謝も言い訳にしかならないような気がした。
この場においてこれ以上の語る言葉が見つからない。
「・・・それでは失礼致しますね」
音も無く扉は閉められた。

長く暗い廊下を歩く。
階段のヒトツに腰掛けて、瞼を閉じる。
会場に残してあった羽虫の精霊が後夜祭の様子を伝える。
「ふふ、ユキ嬢もちーた様も凄いです」
きっとこの場に誰かが来ても、涙の後が色濃く残る顔は、夜に紛れて見えない。
そしてどこか吹っ切れたような青年の笑顔も。
月明かりはおぼろげな輪郭のみを照らす。

涙はもう出なかった、あの場で自分は満足してしまった。
だから枯れてしまったのだろう。
「ひえひえで気持ちいいのです・・・」
廊下は気持ち良い所の冷えでは済まず、青年の身体から容赦なく体温を奪っていく。
けれど、青年にとっては一人でいられる空間が心地よく、火照った頭を冷ましてくれる場所が必要だった。
「フラれちゃいました・・・いえ、フっちゃったのかし、ら、ね」
うつらうつら、張り詰めていた意識が緩んでいく。
「お顔洗ったら千歳も戻って後夜祭を見届けましょ・・」
瞑った瞼の裏に、多くの笑顔が見られる。
大切な想い出をくれた優しい人達。
笑顔も涙も喜びも悲しみも、宴を構成する数多の星屑となり、また来年へと繋がっていく。

Smiles and Tears
世界はひとつの円となる。

その円に自分が組み込まれている事が嬉しかった。
また来年も、此処で過ごしたいと思った。
「なんてね・・・来年の事を言えば・・・なんとやらで・・・・」
マントを抱き寄せて立ち上がる。
まさかこんなところで眠ってしまうわけにはいかない。
遠のく意識をかき集めるように、ぺちんと頬を叩く。
青年の表情は、それまでの夏山千歳のものと相違ない。
けれどそれは、そうあるべきと作ったものではなく、自然に浮かび上がった表情だった。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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