2009年11月11日

あけのほし、よるのとばり 続

..
小さく浮かべた無神経な笑みは彼だからこその特権だろう。
生まれる予定など無かったのに自我が目覚めた、その瞬間から人生を半ば放棄していた身体に振り回されて、その痛みから人を信じる事が出来ずにいた。
彼は彼の「前身」への憎しみを捨てきれずにいる。
「イドは臆病者だよ、でも俺は嫌いじゃ無かった」
甘えているとも甘やかされているとも取れるだろうが、限度は弁えているのなら良いと思って放置していた。
彼を甘やかすような人はこの世に何人も居るまいし、年下には弱いのも自覚している。
「あんたも嫌いじゃ無い・・・結局、詰めが甘いのは俺も一緒なんだな。
それを許して欲しいのかもしれない」
かつては腰より長かった麦穂色の髪も、すっかり短くなって縦横無尽に跳ねていた。
頑なに切ろうとしなかった「前身」とは違い呆気なく切り捨てたサトライ。
早くに亡くした母親に似た風貌を捨て切れなかったイド。
その変化に心苦しさを覚えて瞼を伏せた。
「許しが、欲しいのか」
布地の上から懐に眠る金環をなぞる。
「いらないって言ったら嘘にはなるけど、いいんだ。
俺にはもう、あのイドの言葉さえあれば良いから」
信じるって決めたんだ、罪悪感からなのかもしれないけれど。
笑いこそしなかったが、その表情は朗らかで彼はもう彼の人生を歩んでいる事を思い知らされた。
あぁ、また。
自分一人だけが取り残されている事を強く意識する。
誰も彼もが時を進めようとする中で自分だけが変わろうとしない。
「俺は海を越えて北に行く、あんたは大陸に戻るんだろう」
戻る、という単語は厭に適切だった。
多少の馴染みのある大陸へ行く事は、過去へ遡る事に等しい。
自分は過去へ戻り、止まった時計のネジを見付けられるのだろうか。
ネジは・・・存在するのだろうか。
「あぁ、もしかしたら今生の別れになるかもしれんと思ってな」
「うわ、不吉」
もうイイトシなんだからそういう冗談やめようぜと眉をしかめて距離を取られる。
苦笑を返しながら時計を取り出し、船の出航時間を確認した。
「ま、互いにくたばんないよういこうや、またなサトライ」
「え、ちょ、ティーラ!!」
背を向けても挨拶くらいさせろよと喚く声に口元が緩んだ。
「・・・良かったな、宮。
あいつ、元気そうで」

うん、ほんとに。

胸ポケットの囁きを撫でて海を一望する。
波間を駆け抜ける白因幡は船をゆっくりと大海原へ運び出した。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 火の鳥の手紙、又は手記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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