2009年11月05日

手紙 伍



..
骨ばった細い指が左足首の金輪をなぞる。
「おれね、しあわせだったよ」
赤く熟れた目元を薄い暗がりが隠す。
闇は少年に優しかった。
陽の当たる場所に晒されれば骨と皮しか残らない肌も、泣き腫らした顔も、闇の中なら曖昧にしてくれる。
「だれにも言えなかったけど、ちゃんとね、しあわせな時間があったよってコレが証明してくれるんだ」
深緑の石がついた繊細な金のアンクレット。
少年は足枷と呼んでいたが、青年は決して縛り付けるためのものには見えなかった。
慈しみを持って作られたものにしか見えなかった。
「おれ、わるいこなのに、しあわせだったんだよ」
けれど、それを少年には言えない。
足枷なのだと信じている少年には重過ぎるか、はたまた軽すぎる事実だ。
少年は笑みを零す。
言葉は時間と共に幼く、拙くなっていく。
心がゆっくりと崩壊していく様を看取る。
信じられない軽さを両腕に抱き、青年は声を殺して泣いた。

自分を責める事でしか相手を肯定できず、それによって不信を買い、愛情と信頼を擦り減らす。
信じたい、しかし先に信じて欲しい。
少年にも、少年の恋した人にも、信頼を分け与えられる余分は無かった。
だからこそ相手を失う事を恐れて、叱咤する事が出来なかったのだ。
今でも肯定できないからこそ「しあわせ」な記憶と自分の「罪」のみを肯定するのだ。
相手の否を肯定できないから・・・。
その連鎖こそが本当の罪だと気付けずに。

そうして身も心も崩れていった少年は、雨の降る夜に失踪した。
錯乱する体力も残されていなかったのに、駆り立てられるように冷たい街へと走り出ていった。
イェリルル・ドレニア。
祖を滅ぼす元素。
無意識下の欲求。
エス。
それがイドと呼ばれた少年の最後だった。

少年の発見は羽虫の精霊の力により、たやすかった。
ただし、その肉塊は既に少年では無かった。
彼が彼たる精神・・・イドの記憶・・・を失った、空っぽに近い子供だった。
彼は暴行により痛む身体と心に錯乱して、雨の街に消えていった。
ならば子鳥は何処へ行ったのだろう。
長い事、青年は子鳥の行方を知る事が出来なかった。
探ろうと思えば探る事もできた。
けれど一時であれ、対価のためであれ、情けをかけた相手が死に近い形で失踪した事にショックと悲しみを隠せなかった。
「それ」と再開できたのは夢の中でだった。
肉体を失い精神と魂へと剥離した存在と成っていたのだ。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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