2009年11月03日

手紙 参


..
少年は罪を犯した。
その部族の誰も責めやしなかったが少年の中でそれは罪以外の何物でも無かった。
翼の成長の未熟な十に満たない童子は飛ぶ事を許されていない。
強風が常の村だったから余計にそういう風習が根付いていた。
けれど風習は何時か破られる。
その少年が初めてだったわけではない。
ただ他の子供と同じように、ちょっと飛んでみただけだ。
ちょっとだけ有翼人種の誇りと特権を待ちきれないだけだった。
1メートルにも満たない高さを体感した童子は、強風に煽られ谷底へ身を落とした。
咄嗟に引き寄せようとした母を道連れにして。
不幸な事に翼を持たない・・・他の人種だった彼女を。

父が谷底に降り立った時、母は既に物言わぬ人と成り果てていたが、愛しの息子はかろうじて息があった。
しかし二人の変わり果てた姿に茫然自失のていで座り込んだ、その瞬きのような時間に。
落石が起き、判断力を失った父は避ける事も叶わず亡くなった。
頑強な翼を持つ父、狩猟の際にはリーダーとして堂々と振る舞っていた父。
彼を持ってして救えなかった少年を危険な谷底から救ったのは、少年の兄だった。
物静かで思慮深く優しい兄。
彼の翼こそ、ようやく飛ぶ事を許されたような、か弱いものだったのに。
周囲の大人の目を盗み、深く長く遠い谷の底まで少年を救いに羽ばたいた。
その軽い身体は何度、強風によって岩壁に打ち付けられただろう。
許されたとは言え未熟な羽は子供二人を抱えて飛ぶには、どれだけの負担が掛かっただろう。
奇跡のような過程を得て少年が目を覚ました時に残されていたものは・・・大地に埋葬されていた父母と、骨が歪み飛ぶ事の叶わなくなった兄と、自分の命だけだった。

それから十五歳の春を待ち、少年は村から旅立った。
父譲りのボウガンの腕と母譲りの楽天さだけを手荷物にして。

あの「事故」から兄は少年への愛を異常なほどに深くした。
嘆いたり罵ったり、いっそ判りやすく不安を表してくれたら周囲はどれだけ安心しただろう。
しかし兄は責める事などせず、ただただ寛容に過保護になっていった。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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