2009年11月01日

手紙 壱

そうして空蝉宮は産まれた。


..
寝覚めはとても苦しいものだった。
「・・・ふ、っ・・!」
涙に濡れた頬を拭う。
鈍痛で思考は鈍っていたが胸の内を占める痛みは確かだった。
哀しい、哀しい、哀しい。
膨大な量の記憶が訴える、自分のものではない追憶。
あまりに短かった蜜月の共鳴が胸を裂く。
「てがみが、いりますね・・・」
青年は悟る。
胸の内に眠る成鳥の旅立ちの時を。
そしてそれを見届けるのは自分の役割ではない事を。


いとしい、と小さく鳴く。

彼の恋は彼の彩りのすべてだった。
歪んだ関係から始まった恋情は、しかし確かに純愛だった。
キスを恐れ、慈愛と思いやりと独占に満ちていた。
ならば何が間違いだったのかと問えば、幼過ぎた事が間違いだったのだろう。
恋は罪では無いのに。
愛は罰では無いのに。
そう早とちりした幼さこそが間違いだったのだろう。


その少年を知ったのは、この大陸に来る以前。
花街の小さな娼館に立ち寄った時の事だった。
娼館を装った情報屋。
アリュイと名乗る(否、彼女の名乗りをそう聞き取ったに過ぎない)セイレーンが時を従える魔族を右腕とし、過去を覗き必要な情報を与えると言う。
それは真実とは限らず、彼女は事実のみを与える。
あの「事件」を改めて検証したい。
朧がかった記憶ではない、鮮明な事実のみを求めて青年はそこに足を踏み入れた。
「治療師さんは心の傷も治せるの?」
情報への対価(金銭に魅力を感じないと言われた)を相談していた時に呟かれた一言だ。
曰く、心を病んだ子鳥を拾ったものの持て余している、望まれて店に出したものの情緒不安定で扱いにくいらしい。
「肉体と違いはっきりとした損傷の深度、治癒の経過はわかりかねましょう。
それでも私は治らぬ傷は無いと信じております」
今でも一言一句思い出せる。
その力を過信していたわけではない、ただただ思想に縋っていた自分。
治らぬ傷は無いと思わねば・・・郷里にて待つ最後の家族を救えると信じなければ、折れそうだった現状。
その思いから出た言葉だった。
「ならばあなたには、あの子鳥を預けましょう。
・・・傷が癒えるまでとは言わないわ、そこまであなたの時間を頂けないもの。
ただ一時、子鳥を慰めてやってくださいな」
これが放浪生活の中で居場所を与えられた数少ない機会のひとつだった。
posted by 夏山千歳 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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